第2話 パパ友

 次の日の朝。魔王は妻とともに、幼稚園に向かっていた。


「えへへ。お父さま。今日はー、お昼にからあげがでるんです!」

「おお。そうか。それはいいな」


 魔王と手をつないだ魔威斗は、心から嬉しそうな笑顔でおしゃべりをする。

 魔王はそれを微笑ましく見守りながら、小さな息子の手を優しく握りしめた。


(この幸せを守るために、私はがんばらなくてはな)


 魔乃はうとうとしながら魔輝に抱えられていた。


「魔輝、荷物をもう少し持とう。魔乃と荷物もじゃあ、大変だろう」

「ありがとう。だが、これくらい平気だよ。私も魔族だからね」

「そういう問題じゃない」


 魔王はそう言うと、魔輝の手から荷物を奪取だっしゅする。


「ふふ。君は優しいね」

「魔輝だからな」


 そんなこんなで、幼稚園が目と鼻の先まで迫る。

 心なしか、魔威斗の足取りが軽くなったような気がする。

 幼稚園が楽しみで仕方がないのだろう。いいことだ。


 だが、反対に魔王の足取りは少しずつ重くなる。


(もう、はきているのだろうか。いや)


 魔王は、あいつに会いませんように、と心の中で祈りながら、最後の角を曲がる。


 瞬間、魔威斗がぱあっと顔を輝かせ、魔王の手を離す。

 あっ、と思ったときにはもう遅い。

 魔威斗は、大好きな友だちを見つけ、彼の元まで一目散に駆けていった。


勇威人ゆいと!」

「魔威斗!」


 会うのを楽しみにしていたのは、魔威斗だけではなかったらしい。

 勇威人も、魔威斗を見るなり顔を輝かせ、満面の笑みで彼を迎えた。


 それは、いい。

 魔威斗が仲の良いお友達を見つけられたことは素直に嬉しい。心の底から嬉しい。

 だが、問題は、勇威人の親にあった。


「やあ。勇茉ゆま、おはよう」

「あら~、魔輝ちゃん。おはよお」


 魔輝の、ママ友同士の挨拶を聞きながら、魔王はギギッと音が鳴りそうな挙動で正面を見据えた。

 そこには悲しいかな、予想通りの人物が、いた。


「あー・・・・・・・おはよう、ござ、い、ます」

「あ、ああ。・・・・・・・おはよう、ござい、ま、す」


 金髪に海色の瞳。勇威人の父親であるその人――――勇者が、パパ友として魔王の目の前に立っていた。


「こらっ、もうちょっと愛想良くしないか」

「そおよ~、パパ同士なんだから、笑顔で。ねっ?」


 勇者を前にむすっとしていると、ペシッと頭を魔輝にはたかれた。

 目前では、勇者も勇茉によって笑顔で凄まれていた。


「お父さま、勇威人のお父さまと仲良くないの?」

「父さん!魔威斗のパパと仲悪いの?」


 父親たちに、息子たちの不安げな瞳が、刺さるっ。


 魔王と勇者は、なんとか顔に笑みを貼り付けお互いを見る。


「きょ、今日も良い天気です、ね~」

「そ、そうだな!」


 そして、チラリと息子たちの様子をうかがった。


「よかった!お父さまたち、仲悪くないんだね!」

「魔威斗、早く遊びに行こうぜ!」

「うんっ」

「あっ、おにーたま、ゆいと、まってよお」


 元気に幼稚園の遊び場へと駆けていく子どもたちの背に、父親たちはほっと息をつく。

 さあ、さっさとこの場を離れて家に帰ろう、と思ったのもつかの間。

 魔輝と勇茉。ママ友のおしゃべりが開始した。


「ねえねえ、魔輝ちゃん。運動会のときのお弁当の中身、もう決まった?」

「うーん、それがまだなんだ。かわいくキャラ弁にすればいいのか、シンプルに好きなものをつめてやればいいのか」

「そうなのよねえ。わたし、キャラ弁とか細かいの苦手だからあ。でも、勇威人には、よろこんでほしいし・・・・・・・」

「そうだなあ。好物をつめてやるだけでもいいが、せっかくなら特別感をだしたいよなあ」


 うーん、と首をひねるママ友。

 一方、魔王と勇者は、早くこの場を抜け出したくてたまらなかった。

 積年の好敵手ライバルが目の前にいるのだ。落ち着く方が無理だろう。

 なんなら、何度か離脱を試みているのだが、お互い妻にがっしりと洋服をつかまれているためそれも断念していた。


「あ。そうだわ!」


 勇茉が、いいことを思いついたと言わんばかりの叫びを上げる。

 魔王と勇者は、ふつふつと嫌な予感が湧いてくるのを感じながら、次の言葉を待った。


「ねえ、魔輝ちゃん。運動会当日、お弁当をもちよって一緒に食べない?もちろん、運動会を見るのも一緒に!」

「おお、それはいいな!それなら、お互いに得意なものだけを作っていけば良い」

「そうそう!ふふ、今から運動会が楽しみね!」


 いや、地獄だろうそれは!?


 パッと勇者を見ると、魔王と同じ事を思っていたらしい。

 青い顔をして自身の妻を見ている。

 そして、魔王と勇者は目を見合わせた。


(ここは一時休戦だっ。いいな!?)

(ああ。仕方ない)


「なあ、勇茉っ」

「ま、魔輝」


 お互い、自分の妻に声をかけようとした。その時


「えっ、今年の運動会、魔威斗たちと一緒にお弁当食べられるの!?」


 足下から、喜びに満ちた声音が聞こえた。勇威人だった。

 隣に並んでいる魔威斗も、心なしかキラキラとした瞳をしている。


 あっと思う間もなく、魔輝が彼らの前でしゃがんで目線を合わせた。


「そうだ。今年は一緒に運動会でお昼を食べるんだ」

「やっっっっったあああああ!」

「うんっ。嬉しいっ」

「ふふ。よかったねえ。勇威人」


 微笑む魔輝と勇茉。喜び飛び跳ねる魔威斗と勇威人。よく分かっていないが、兄たちに紛れて喜ぶ魔乃。


 これはもう、反対の意を唱えることなど


「いいよな?」

「いいわよね?」


 妻たちからの無言の圧力に、夫たちはこくりとうなずくことしかできなかった。

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