第19話 偽装カップル囮捜査

 時は昼過ぎ……太陽が少しだけ西の空に移動し始めた頃。俺は、住宅街の路地をリーゼロッテと腕を組んで歩いていた。ちなみに、リーゼロッテは某スポーツブランドのジャージ姿だ。俺のジャージを着ている訳だが、本来がスポーティな見た目だけあってなかなかに似合っている。


「も、もっとくっついた方がいいのではないか……?」


 俺の腕をぐいっと引き寄せ、体を密着させてくるリーゼロッテ。


「……別にそこまでくっつかなくてもいいだろ」

「しかし、カップルを演じている訳だからな。や、やはり恋人らしく……体を寄せあった方がいいだろう」


 リーゼロッテがその豊満な胸をむぎゅむぎゅと俺の二の腕に押し付けてくる。こいつ……わざとやってんのか?まあ、リーゼロッテの言う事にも一理あるしな……と思い渋々歩いていると、突然リーゼロッテが公園の横で足を止めた。


「よし、それではこの辺りで……き、キスでもするとしようか。こ、恋人だからな……っ」


 突如、俺の肩をがっしりと掴んでくるリーゼロッテ。そのまま俺の顔に唇を近付けてくる。


「うおっ……!」


 俺は慌ててリーゼロッテのキスを回避する。


「な、なぜ避ける……!」

「いや、恋人同士だからって言っても急にキスしたりしないだろ」

「そ、そういうものなのか……?」

「いや……まあ、俺にもよく分かんないけど」


 少なくとも日本では、恋人同士だからと言ってあまり大っぴらに外でキスしたりとかはしない……はずだ。


「とにかく、恋人同士だからとかこうしなきゃいけないとか意識せず普通に歩こうぜ」

「しかし……」

「下手にカップルらしく振舞おうとか考えたら、逆に不自然になるだろ」


 というか、今の時点でかなり不自然な気がする。


「適当に雑談でもしながら歩いてた方が恋人らしく見えるって」

「そういうものだろうか……?」


 渋々、と言った様子で納得したリーゼロッテ。俺達は再び並んで歩き出す。


「よし、それでは『理想の王とはどうあるべきか』という議題について話し合うとしよう」

「いや、それはそれでおかしいだろ……」


 雑談しようとは言ったけどさ……話の内容が重いよ。こんな所で急に王族らしい部分を出すんじゃない。



 なんだかんだ言いながら、俺はリーゼロッテと並んで3時間ほど住宅街を歩いて回った。『理想の王とはどうあるべきか』なんて重い話はせずに、好きな食べ物だとか異世界ゼバルギアでの思い出だとか、適当に思いつくまま話をしていたらあっという間に時間は経過した。すでに太陽は大きく傾き、辺りは徐々に暗くなり始めている。


「しかし、あの時の『魔導令嬢』の言動には私も驚かされ……」


 と、かつての旅の思い出を話していたリーゼロッテだったが……突如、その会話が中断される。不意に、前方の狭い曲がり角から人が姿を現したからだ。服装はパーカーにジーンズそして……黒い帽子を被り、マスクで顔を覆っている。ニュースで話題になっていた不審者の情報と風貌が一致している。


 その背格好からして、おそらくは男性だ。しかし顔が見えないため若いのか年を取っているのかはよく分からない。


 俺達は僅かに緊張しながら、男に向かってそのまま歩く。今この周囲には他に人影はない。男が俺達を襲うならば今は絶好のチャンスだ。


 そして、俺達は男とすれ違い――その瞬間、俺と男の目が合った。もしもこの男が一連の事件の犯人なら、ここで俺達に掴みかかってくるはずだ。しかし、何も起きない。この男が犯人じゃなかったのか……?


 しかし、何らかの理由があって俺達を襲わなかっただけかもしれない。この男の後をつけた方がいいだろうか。そんな事を考えていると……背後からボソリと声が聞こえた。


「見つけた」


 小さな……しかし、邪悪な喜びに満ちたその声に、俺の背筋にゾクリと冷たいものが走る。「見つけた」と、男はそう言った。そうだ……考えてみれば、一連の事件の犯人は、誰かを探していたはずなんだ。だからこそ、カップルを襲いその顔を確かめていた。では、誰を探していたんだ?それは、黒髪の男と金髪の女。


 リーゼロッテは言った。「都合のいい事に、君は黒髪で私は金髪だ」と。だが、その前提が全く逆だったとしたら?つまり……この男が、最初から俺とリーゼロッテを探していたのだとしたら……。


「リーゼロッテ、逃げろ!」


 俺は叫ぶと同時に、男に向かって振り向いた。だが、男の体から黒々とした液体が溢れ出し、周囲を俺たちの体ごと包み込む方が一瞬早かった。

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