死ンデレラ

居石信吾

死ンデレラ

 昔々ある所に、死ンデレラと呼ばれる娘が、継母と二人の姉と共に暮らしておりました。意地悪な継母らは死ンデレラを虐めて家庭用原子炉の死の灰の掃除をさせるので、彼女は死の灰被り死ンデレラと呼ばれているのでした。


 ある日、王子様は長年争う帝国との決着をつける為、強者を選抜する武闘会を開くことにしました。


「死ンデレラ、貴女は留守番よ! だって貴女は何の取り柄もないからね!」

 王国の子女たる者、自らを兵器と成し王家の藩屏はんぺいとなるべしというのは、死ンデレラも実の親から聞かされ育ったので、忸怩じくじたる思いがありました。両親は死ンデレラを人間兵器にする前に護国の英霊となったのです。


 継母達は戦化粧をし、チャリオットに乗ってお城へと出陣して行きました。

「ああ、私も武闘会で踊りダンスマカブルたいわ!」

 死ンデレラの血が騒ぎますが、ライトアップされるお城のコロシアムを眺めることしかできません。


「行けばいい」


 室内からの声。見ると部屋の隅に、ズタボロの僧服を纏った男が蹲っているではありませんか。


しからん、化生の類か!」

 死ンデレラは蹴りを放ちます。しかし男は悠然とかわすと、死ンデレラの脚の上に立っていました。

「俺は旅の僧、フェアリーゴッドファザーと云う者よ。くすぶる気を頼りに来てみたが、お前さん何故武闘会に出ないのだ?」


 死ンデレラは事情を話しました。聞き終わると、フェアリーゴッドファザーは真言を唱え出したのです。

「ノウマクサンマンダバザラダンセンダマカロシャダソワタヤウンタラタカンマン、喝ッ!」

 すると死ンデレラに異変が起こりました。肌は緑色になり、筋肉が肥大化しました。


「嗚呼!」

 体から湧き上がる力に、死ンデレラは震えました。


「資格は得たり。ただ気をつけるのだ、その力は子の刻を過ぎると己が身をも滅ぼす。それまでに……全試合勝ち抜け」

「応!」

 死ンデレラは獰猛に笑うと、カボチャのチャリオットに乗って出陣しました。


 ●


 折しもお城では一回戦が終了し、赤ずきんが人狼の心の臓を抉った所でした。

 観客の興奮も最高潮。あちこちで殺し合いが多発していますが、王子様はそれを見て満足げに頷きました。


 そこへ衛兵が慌てて駆け付けます。

「失礼致します。正門をカボチャで鎧ったチャリオットが突破。第二門も先ほど抜かれ、まもなく会場に……」


 ずどおおん、と爆音が響き渡り、衛兵の声を遮ります。殺し合っていた観客も流石にびっくりして音の方向を見ると、そこには身の丈八尺を超える緑肌の偉丈夫が戦闘服ドレスに身を包んで立っているではありませんか。足にはガラスの靴。まさかあれで戦うつもりか? 鼻で笑い嘲る者もいましたが、その乱入者が音もなく一歩目を踏み出すと忽ちのうちにその顔は期待へと変わりました。何たる強大な功夫クンフー。こいつはやるかもしれねえ。


「故あって参戦が遅れたが、これより登録戦士全てを我が足元に平伏させる!」

 乱入者、死ンデレラは大音声でそう宣言します。


『ターゲット捕捉。いつでもいけます』

 会場のあちこちに潜ませたスナイパーから王子に無線連絡が入りました。

「よい。これも一興、やつの好きにさせよ」

『御意』


 王子は立ち上がると死ンデレラに尋ねます。

「貴様、名はなんという」

「──覇留吼はるく

 それは偉大な両親の名前を繋ぎ合わせた、もう知る者もなく呼ばれることもない死ンデレラの真名でした。


「では覇留吼よ、これより第二回戦を始める。まずはそこな赤ずきんと死合え」

 これほどの騒ぎになっても悠然と佇んでいた赤ずきんが、手にした人狼の心臓を捨て、一歩踏み出しました。


 ぴぃん、と殺気がリング上を満たします。先に仕掛けたのはもちろん死ンデレラでした。上半身をパンプアップさせ、全力で殴りかかります。

 爆音と共に粉塵が立ち込めました。しかし、手応えがありません。死ンデレラは目を見開き驚愕しました。なんと、ダイナマイトに匹敵する威力を誇る彼女のパンチを、両腕を使っているとはいえ、小さな少女の赤ずきんが受け止めているではありませんか。


 そして赤ずきんの身体の変化が始まりました。真言をかけられた死ンデレラの様に筋肉が膨れ上がります。違ったのは、そこから更に剛い毛が生えてきたところでした。

 そうです。彼女こそ人狼にして人狼殺し、国内外に恐れられる不死殺部隊ワンマンアーミー、赤ずきんだったのです。


僥倖ぎょうこう! 即死ではつまらん!」

「悪いがこちらは即死させるつもりだ。負けいぬの様にけ」

 赤ずきんは手刀を構えると、無慈悲なる貫手を急所、即ち心臓へ向けて放ちました。これこそが〈銃〉と呼ばれる赤ずきんの必殺技であり、今まで数多の人狼を屠って来たフィニッシュムーブなのです。


「憤ッ! 破ァッ!」

「ぐっ!?」

 しかし死ンデレラは瞬間的に闘気チャクラを心臓に集めると、爆発的に鼓動させその反動で赤ずきんの手を砕きました。

「馬鹿な……!」

 蹌踉めく赤ずきんを、死ンデレラの追撃、神速のラリアットが襲い赤ずきんの頭を名前通りに変えました。


「勝者、覇留吼!」

 観客たちは再び血潮を燃やし、殺し合いを再開しました。王子も満足げに手を叩きます。


「次ィ!」

 死ンデレラが吼えると、新たな戦士がリングに上ります。


「スノーホワイト、参る」

 スノーホワイトと名乗った女性は純白の戦闘服ドレスを着ていました。あちこちほつれ、破れているのは彼女が歴戦の猛者である事を雄弁に物語っていますが、返り血一つついていないのは果たしてどうしたことでしょうか。


「如何な仕掛けがあろうと関係ないわ!」

 死ンデレラが選んだのは最速にして最大出力のタックル。天を震わし地を砕く、鎧袖即砕の魔技です。


「愚か者めが」

 スノーホワイトのドレスの破れ目を突き破って、何かが飛び出しました。

 死ンデレラの強化された動体視力が、それが林檎ばくだんを口に詰め込まれた七体のからくりミニオンズであることを看破します。

 ミニオンズは次々と死ンデレラに取り付き自爆。これこそが返り血を一切浴びることなく数多の敵を葬ってきた、スノーホワイトの邪悪なる戦法なのでした。


 しかし。


「……な!?」

 爆風を突き破って、死ンデレラが突進して来ました。幾つか不発があった? 威力が足りなかった? 様々な可能性がスノーホワイトの脳裏を過りますが、彼女はその時間を使って逃げるべきでした。

 死ンデレラはスノーホワイトの頭を掴むと、林檎を絞るかのように握り潰し、純白のドレスは赤黒く染まりました。


 スノーホワイトの名誉のために申し添えておくと、彼女は攻撃において何一つミスはしておりませんでした。彼女に足りなかったのは一つだけ。それはこの世には自分よりも遥かに格上の化け物が存在するという、想像力だったのです。


「勝者、覇留吼!」

 観客たちは更に燃え残った闘争心を燃やし、殺し合いをヒートアップさせました。


「次ィ!」

 死ンデレラが吼えると、新たな戦士がリングに上ります。


「次の戦士はALアーエルという。声が出ないが、実力は確かよ」

 王子からALと紹介されたのは短剣を持ち、血塗れの足を引き摺る尼僧でした。死ンデレラの眼は彼女の異常さをすぐに見破りました。


 


「征くぞぉ!」

 巨大を震わせて驀進してくる死ンデレラを前に、ALは瞬間的に身体をありえない方向に倒しました。死ンデレラのタックルが空を切ります。そこへ、触れた生物を全て泡へと溶かす恐るべき死の短剣が襲いかかりました。


 何故ALにそのような動きが可能だったのか? そうです、それは彼女が下半身を魚の尾鰭に変え、その力強い筋肉で実現したわざだったのです。

「妖怪変化! 噂に聞く暗殺僧・八尾比丘尼か! 面白い! やはり死合いには出てみるものよ!」


 死ンデレラはしかし、豪快に笑むとガラスの靴で短剣を弾きました。その拍子に靴は王子の席まで弾丸のように飛びますが、傍に侍っていた騎士がなんなくレイピアの鋒きっさきに絡め取ると、恭しく王子へと差し出しました。

「ほう、これは美事な」

 ガラスの靴の表面についた毒は、込められた死ンデレラの闘気によってみるみる蒸発していきます。その様を眺めた王子様は感心しました。


 さて、死の短剣を防がれた八尾比丘尼は第二の攻撃を繰り出そうとしますが、手の内を一度見せてしまった暗殺者の末期はいつも同じです。死ンデレラは尾鰭を掴むとそのまま振り回してリングに何度も叩きつけ、とうとう八尾比丘尼の上半身と下半身は千切れ、その永く死に塗れた生に終止符を打ったのでした。


「勝者、覇留吼!」

 半数にまで減った観客達はもはや声もなくリング上を見つめます。


「次ィ!」

 死ンデレラが吼えると、新たな戦士がリングに上ります。


 次もまた女性。しかし彼女には見覚えがありました。そう、彼女こそは王子様の妹君、この国の王女様であられせられたのです。

「どうも。リングの上では〈いばら姫〉、と名乗ることにしていますの」

 衛兵が五人がかりで運んできた巨大な青銅製の十字架を片手で悠々と担いだ彼女の頭には、荊で出来た冠が乗せられていました。


「覇留吼、見せてちょうだいな、武の頂を。わたくしも手加減なしでいきますわ」

 王女は大十字を右手で担ぐと地を這うが如く腰を落とし、左手をぶらりと垂れ下げました。

「ならば眼を見開いているとよろしい!」


 二人は同時に駆け出しました。しかし今回先手を取ったのはいばら姫でした。

「イヤーッ!」

 十字架を使った回転薙ぎ払いで、死ンデレラに痛烈な一撃を見舞ったのです。この武闘会で初めて死ンデレラが吹き飛びました。額を拭うと、血がべったりとついています。

「これよ! 求めていた物は!」

 死ンデレラは壮絶な闘気を纏い怯まずに立ち向かいます。一方でいばら姫もまた裂けるまで口角を釣り上げ、国が密かに契約していると噂されていた深淵の獣のオーラを纏いました。二人の凶気に当てられて、何人もの観客が頓死しました。


 そこから先は丁々発止、一進一退。

「イヤーッ!」

 いばら姫が大ジャンプからの十字架突き出し攻撃を繰り出せば、

「喝ッ!」

 死ンデレラは瞬間的に高めた闘気を腕に集めて弾きます。

シャーッ!」

 死ンデレラが見た目からは想像もつかない華麗なるフットワークから繋げて空気を歪ませるほどのワンツーを放つと、

「イヤーッ!」

 いばら姫は十字架からミサイルを発射して相殺しました。


 嗚呼。楽しい。なんと楽しい時間なのでしょう。しかし物事にはいずれ終わりが訪れます。


 ゴーン……ゴーン……子の刻を告げる鐘の音です。

 ドクン。死ンデレラの心臓が強く拍動しました。しかしそれは試合中の様な力強い生命力を感じさせる物ではなく、蝋燭の最後の輝きの様な、終わりを予感させる音でした。


「ぐっううう!」

 死ンデレラは膝をつきます。訝しんだいばら姫が攻撃の手を止めます。

 なんたる屈辱、そして侮辱でしょう。かような無様を晒し、いばら姫との楽しいダンス《ころしあい》を中断させてしまうとは。無念さと不甲斐なさで死ンデレラは許されるならばその場で腹を切って詫びたいほどでした。


 ゴーン……ゴーン……。

 鐘の音が鳴るたびに、死ンデレラが得た筋肉が、闘気が、みるみる萎んでいきます。

 この会場の何処かには継母や義姉たちもいます。このまま元の姿に戻ってバレてしまえばただでは済まないでしょう。しかしそれよりも、ようやく巡り会えた好敵手にして、忠誠を捧げるべき王家の血脈たるいばら姫を失望させる事こそが、他の何にも変えて恐ろしく死ンデレラには思えました。


ッ!」

 死ンデレラは電球の様な召喚具を取り出すと、舌打ちのような口寄せ呪文を唱えます。残り僅かな闘気を練り上げ呼び出したのは数多の鼠たち。忍法・窮鼠隠れの術です。

 こうして死ンデレラは衛兵たちの追求を振り切ってコロシアムから逃げることに成功したのでした。



 シンデレラが疲労困憊になって家の暖かな死の灰の上で寝ていると、覇留吼の乱入のせいで出番がなかった継母達が帰ってきて階下で荒れていました。

「母上様! なんだらぁあの覇留吼とかいうんジャリは!」

人間台風ヒューマノイドタイフーンみたいなやつじゃったのお! 姉ちゃん!」

「あなたたち! 騒ぐのはおよし! 王子様が奴に600万$$ダブドルの懸賞金を賭けた! 燻っていた我が一族が跳ねるチャンスなのよ!」


 死ンデレラは驚いて耳をそばだてました。何でも、死ンデレラがお城に残してきたガラスの靴がぴったり合うものには莫大な報酬と共に王国最大の栄誉たる対帝国戦の一番槍を任せられるというではありませんか。


 死ンデレラはいばら姫と共に帝国兵どもを挽肉に変える己の姿を幻視し、武者奮いをしました。その時、僅かな残滓の闘気が漏れ出して、鋭敏な感覚を持つ継母は、死ンデレラこそが覇留吼であると悟りました。

(なんてこと。今まで牙を隠していたというの? いや、感じ取れる闘気の質は同等だけど、量が圧倒的に差がある。死ンデレラはが覇留吼だったとしても、あれは命を燃やす程の無茶苦茶なパワーアップだったに違いない)

 ならば、娘達に分がある。


「臨・兵・闘・者・皆・陣・列・在・前!」

 継母は九字を切ると、死ンデレラの部屋を封印してしまいました。

「明日王子の使いがガラスの靴を持って訪れるわ! 貴女達! 絶対に選ばれて一番槍の栄誉に浴すのよ!」

「でもよお。足のサイズ全然違うんじゃが」

「ほうじゃのぉ、姉ちゃん」

「つべこべ言い訳しとんじゃねえぞタワケがあ! 今から鍛えてデカくしな!」


「ぬううう!」

 死ンデレラは部屋から出ようとしましたが、今の力では継母の封印を破ることが出来ません。無念の涙が死の灰を濡らしました。


 そしてそのまま夜が明けて、王子の使いがやってきました。

 なんと、その一行の中にはいばら姫もいるではありませんか。彼女は最も長く覇留吼と手合わせした武人として、間近で見極めるために同行したのでした。


「舐めていますの!?」

 回転十字架薙ぎ払いで姉妹が吹き飛び即死しました。

 足の大きさを肉体操作で誤魔化そうとしたのです。


「ところで奥様。この家にはもう一人娘が居ますわね?」

「姫様、お戯れを。我が愚女はその二人のみ。戸籍にもそう書いてありますでしょう?」

「この家には原子炉がある。なのにその二人にも貴女にも死の灰の汚れがない。それに二階の封印はなんですの?」

 いばら姫の指摘に、継母は歯噛みしました。汚れにまで気が回らなかった……!

「封印の中にいるのは見せるのも恥ずかしい我が家の汚点。姫様の御眼を汚……アバーッ!?」

 いばら姫が二階に向かおうとするのを、継母が遮ろうとして十字架の錆になりました。王族の行動の邪魔をすべきではなかったのです。

「見るかどうかは私が決めますの」


 改めて二階へ向かおうとした刹那!


 ずどおおおん! 爆音がして、家が揺らぎました。封印が内から弾け飛び、二階の床が抜けて降ってきました。ガッ! ガガガガガガッ! いばら姫とお付きの騎士は瓦礫を全て弾き飛ばします。

 もうもうとした埃が晴れた時、瓦礫の中に立っていたのは……なんということでしょう。身の丈八尺を超える緑肌の偉丈夫、覇留吼だったのです。


 フェアリーゴッドファザーが再びやってきて死ンデレラに真言を唱えたのでしょうか?

 いいえ。死ンデレラはただ、己の闘気を燃やし、存在を燃やし、命を燃やしたのでした。幼き頃の両親の教えと、近くで発せられたいばら姫の闘気が、それを可能にしたのです。


「いばら姫!」

「覇留吼!」

 二人が互いの名を呼び合ったその瞬間でした。国中にサイレンが響き渡ったのは。ついに帝国との戦争が始まったのです。


「ここにいたか、妹よ」

 戦装束に身を包んだ王子様が、白いM1エイブラムスの車上から声をかけました。

「それに、覇留吼も」

 王子様は凄絶に笑みました。王国民が見たらその血潮の最後の一滴まで捧げる事を誓い、敵が見たらあまりの恐ろしさに魂が抜けてしまう、素敵な笑顔でした。


「覇留吼、征きますわよ! あの夜の続きは戦争が終わってからですわ!」

「応!」

 死ンデレラ……いいえ、覇留吼は力強く応えるとカボチャのチャリオットで、王子様といばら姫を従えて先陣を切ったのでした。


 めでたし、めでたし。

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死ンデレラ 居石信吾 @Icy-Cool

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