その男は蘇生する

雪村あずき

その男は蘇生する

 「死体、死体、白骨死体......ったく、嫌な仕事に就いちまったもんだな」


 ダンジョンに挑む冒険者は数多くいるが、そのほとんどはダンジョンの中で亡くなってしまう。

 そんな彼らの死体を回収し、蘇生魔法をかけるのが俺の仕事だった。


 「さあ、起きた起きた。朝だぜ、兄ちゃん」


 「——うわっ!!死んだかと思った」


 「死んでんだよ。蘇生料は銀貨3枚だ」


 「痛い出費だな......まぁ仕方ねえか」


 当然儲かる仕事ではない。

 後から仲間が来て蘇生してくれる予定だったと文句を言うやつもいるし、あまりにも損傷が酷い場合は諦めざるを得ない。

 収入が全く入らない日だって普通にある。

 それが“蘇生屋”だ。


 ◇


 「ときどき思うんだよ。俺が蘇生した人間は、本当に同じ人間なのかって」


 酒場で会った同業者は泣きながら話していた。


 「あんまり考えすぎるなよ。ライナスだって人を助けたくてこの仕事を選んだんだろ」

 

 「ああ、分かってる。俺だって分かってんだ。でもよ......蘇生した娘は......俺を忘れてたんだ。顔も、名前も、全部忘れちまってた」


 空っぽの酒瓶が転がり、床に落ちる。

 すすり泣くライナスの分まで代金を払うと、俺は店を後にした。

 

 ◇

 

 死体も骨だけになると蘇生はできない。

 しかしダンジョンの中に放置し続けるとモンスターに変化してしまうので、できるだけ地上に持って帰っている。

 それを買い取ってくれるのが冒険者ギルドだ。

 

 「にしても最近、死体が多いな。モンスターも増えてんのかね」


 髭面のギルドマスターが呟いた。

 冒険者の遺族に遺骨を売ったりして小銭を稼いでいるろくでもない男だが、金払いは良いのでよく取引をしている。


 「同業者も減ってるからな。この前も1人辞めたよ、精神的に参っちまったらしい」


 「ま、死体ばっかり見てるとな」


 ギルドマスターは嘲るように言い放った。

 ダンジョンに関わる者は、良くも悪くも死体に慣れていく。

 彼はもう、何も感じないのだろうか。


 ◇


 今日も今日とて死体を蘇生していると、1つだけ妙な死体を見つけた。

 

 「——胸糞悪いな、子供じゃねえか」


 通路の脇で倒れ込んでいたのは、まだ10歳くらいの少女だった。

 おおかた親に捨てられたのだろう。

 髪もボサボサで、眠ったように死んでいた。


 「誰......?」


 「蘇生屋だよ。安心しろ、金は取らねえ」


 俺の言葉を聞くと、少女はがっかりしたように顔を伏せた。

 

 「なんで助けたの?可哀想だと思ったから?」


 「可愛げが無えなぁ......勘違いするな、たとえお前がしわくちゃの老人でも俺は助けてる。それが仕事だからだ」


 「お金が貰えなくても?」


 「当たり前だ。死体を品定めする蘇生屋を誰が信用する?」


 うまく言い返したつもりだったが、少女は首をかしげた。

 

 「私はお父さんに連れてこられたの。何も言わずに着いてこい、って言われて」


 冒険者の子供か、と頭を抱えた。

 子持ちの冒険者はたまに見かける。

 大抵すぐに辞めてしまうので、基本的に何度も会うことは無いが。


 「全く、子供をダンジョンに放置するような輩がここの冒険者ギルドにいたとはな」


 「なんか、蘇生......?の仕事をしてるって。

冒険者じゃ無かった気がする」


 寒気がした。俺は覚えている。

 小さな娘がいる同業者を。

 生き返らせた娘が記憶を失ったことに絶望し、酒浸りになった男を。


 「......嬢ちゃん、お父さんの名前って」

 

 「えっと、ライナス。ライナス・ベイカー」


 信じたくなかった。

 だがあいつだ。同姓同名で、職業さえ同じ人間なんて存在しない。

 

 「......あの野郎」


 捨てたのか?娘が自分を忘れていたから?

 酒に溺れて、生活に困りはじめたから?

 分からない。俺には家族がいないから。

 死んだ人間はたくさん見てきたからか、恐ろしくもなんともなかった。


 でも今は、あの男が恐ろしい。

 意思を持たない死体とは違う。

 そこには『悪意』がある。

 意思を持って、『悪意』が動いている。

 

 「嬢ちゃん、会いたいか?君のお父さんに」


 「別に。たいして覚えてないし、そもそも昔からほとんど家にいなかったもん」


 「そうか......悪いな、こんな事聞いて。とりあえずうちに来るといい。狭い家だが、パンと干し肉くらいは出せる」


 少女は答えなかったが、腹の音は正直だった。

 蘇生は本人のエネルギーを大きく消費する。

 腹が減ってても不思議じゃない。


 「決まりだな。歩けるか?ここはやたら階段が多いんだ、気をつけろ」


 これから俺が始めるのは復讐じゃない。

 正義感に駆られた救済でもない。


 「ねえ、もう一度聞いていい?」


 「なんだ?」


 「なんで私を助けたの?」


 俺は今まで死体ばっかり見てきた。

 肉をくっつけ、骨を売り、汚れ仕事をさんざんしてきた。


 そのうち自分が怖くなった。

 もし人を殺しても、俺は何も感じないんじゃないかと。

 

 だから人との関わりを避けた。

 知り合いはいても、友人は作らない。

 親しい人が死んだ時、俺は悲しめないかもしれないと思ったから。


 でも、そうじゃなかった。

 俺は、ちゃんと悲しむ事ができた。

 知り合いが子供を捨てた事実に。

 そんな奴と知らずに関わってきた過去に。

 

 「......仕事だからだよ。俺の仕事は責任が重いんだ」


 だが彼女には隠しておこう。

 今を生きる人間に、死者過去の話は必要ない。

 

 

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その男は蘇生する 雪村あずき @snowda1fuku

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