第35話「交錯する報告――二つの脅威」

 六日目の昼下がり。4階と地上の偵察チームが合流し、拠点であるビル地下へ戻ってきた。

 扉を開けて警備室跡に入り、簡易テーブルを囲む形で、ヒロキと柿沼ら“地上側”メンバーが待ち構えている。俺たち“4階制圧組”もぐったりした身体を引きずりながら着席する。

 橘や北村、リナ、小野田、藤崎がそれぞれ思い思いに水筒やタオルで汗を拭い、呼吸を整える音だけがしばらく響いた。


「……さて。まずそっちの状況から聞こうか? 俺らも伝えたいことは山ほどあるが、たぶん地上の偵察もヤバかったんだろ」

 俺(ハジメ)は体を壁に預けながら、ヒロキや柿沼の顔を見やる。ふたりとも疲労の色は深いが、表情にはどこか“急を要する”雰囲気が漂っていた。


「うん……分かった」

 ヒロキは回復士のバッグを下ろし、柿沼と目配せしてから口を開く。

 「結論から言うと、やっぱり地上も安全じゃない。むしろ……“外でも人型の異形”が確認された可能性が高い」



 ヒロキと柿沼によると、ビル近隣の主要道路を遠巻きに観察しながら偵察していたところ、犬型やゴブリンを超えた存在——人型の影が建物の屋上を伝って動いていたのを見かけたらしい。

 遠目だったので細部は分からないが、背丈は2メートル以上、腕がやけに長く、その動作は人間の範囲を逸脱していたという。


「うわ、まじかよ……」

 北村が露骨に嫌そうな顔をする。

 俺たちも4階で“人型異形”を倒した経験があるから、あれが市街地に溢れだしたと考えると寒気がする。


「しかも、周辺に生存者らしき影も見えなかった。少なくとも、救援しようにも見当たらないし、住み着いてる別の拠点は確認できなかったんだ。もしかすると、どこかに隠れてる人はいるかもしれないけど」

 柿沼が悔しげに言う。足の痛みもあって、満足な探索はできなかったのだろう。


「じゃあ結局、近くに助けを求めてる人は見つからなかったんだね……」

 リナは肩を落とす。

 ヒロキは首を振り、「うん。でも、正面玄関付近の扉にはあの“かすれた血痕”がさらに広がってた。多分、夜のうちに何かが再度そこに来て、動いてる形跡がある」と続ける。


「……4階だけじゃなく、外も厳しいってわけね」

 橘が唇を噛む。

 小野田は工具袋を膝に乗せ、「一体、どこまで侵食されてんだ……」と呻く。




「じゃあ、次はそっちの話を聞かせてくれ。4階のほうもどうせ無事じゃなかったんだろ?」

 柿沼が真剣な目で尋ねる。俺は皆と視線を交わしてから、深呼吸して口を開く。


「あぁ……正直、予想以上だった。4階の会議室奥から地下に繋がる通路みたいなのを見つけて、さらに“地底の巣”のような空間を発見したんだ」

 その一言に、ヒロキや柿沼が「はぁっ!?」と驚愕の声を漏らす。

 リナや北村、橘、小野田、藤崎も同調するように説明を付け加え、短くかいつまんで状況を話した。


4階奥で鍵のかかった会議室を開け、裏の設備室を抜けた先に土のトンネルがあった


大量の骨が散乱し、明らかに“捕食者の巣”らしき場所


まだそこに主がいるかは不明だが、人型の異形や爪痕を残すような巨大生物が住んでる可能性もある



「……嘘だろ。ビル内部でそんな地底空洞が……?」

 ヒロキが頭を抱えるように呟き、「こっちは外からも危険、そっちも内側からも危険って……どうしようもないじゃないか」と声を落とす。


「まさに二正面作戦になるな……。七日目まであと一日ちょっと。どれを優先するか考えないと」

 北村が唾を飲む。

 リナは暗い表情のまま俯き、「地下の巣を放っておいたら、背後からやられるかもしれないし。かと言って、外も放っておけないし……」と困惑している。



「正直、どちらも脅威だ。地上の人型異形が数を増やしてビルを襲う可能性もあるし、4階奥の地底ルートから大型モンスターが出てきたら最悪だ」

 俺は短くまとめる。

 橘が腕を組み、「なら、攻めか守りか——どっちを優先?」と皆を見やる。


「攻めるって言っても、巣の奥に乗り込んで“主”とやらを倒すなんて、現状無理じゃねぇか。ここに残ってるメンバーだけでは大規模作戦は厳しい……」

 小野田が難しい顔で首を振る。拠点内にも負傷者が多いし、装備も限られている。


「守るって言っても、どこをどう塞ぐ? あの地底通路を完全に封鎖するには爆破とか大掛かりなことが必要だし、外側も扉だけじゃ怖いだろ?」

 ヒロキが溜息をつくように問う。

 実際、バリケードを築いても本気で突進する大型異形を止めきれるかは怪しい。



「……ねえ、こんなのはどう?」

 沈黙を破ったのはリナ。地図をテーブルに広げる。

 「地底側を、何とか“最低限”封鎖する。ドアや通路付近にトラップを仕掛けて、警報音とか火炎瓶とか……入ってきたら気づけるようにするの。で、地上側の見張りも強化する形にする」


「つまり、どっちも完全には潰さず、時間を稼ぐってことか? 七日目を乗り切るまで……」

 橘が確認し、リナは「うん」とうなずく。


「すぐに大規模な“殲滅作戦”なんて無理だし、私たちは七日目を越えるのが最優先。もし日が変わって急に強敵が襲いかかるなら、せめて早めに気づきたい……」


「なるほどな。モンスターが通路から出てきたら警報トラップが鳴るようにして、バリケード増強。地上の扉も同じ発想で警戒……」

 柿沼が納得した様子で頷く。「確かに、無茶に突っ込むよりは現実的だ」



「じゃあ、今日はその方向で動くか。地底通路の入り口を重点的に塞ぎ、できるだけ防衛用の仕掛けを作る。外の扉もバリケードを固めて、怪しい時はすぐ撤退できるように」

 俺は皆に確認をとる。

 小野田は「よっしゃ、俺に任せろ。工具と素材でトラップくらいは作れる」と気合いを入れ、北村は「盗賊系の器用さ活かして仕掛け設置も手伝う」と言う。


「問題は時間と体力だ。俺たち、もうクタクタだけど……七日目まであと一日しかねぇ。急いでやるしかない」

 橘が苦い表情でまとめる。

 ヒロキが「回復術は何度か使えるけど、MPが回復するには少し時間が必要だ。無茶しすぎない範囲で頼むぜ」と釘を差す。


「ありがとう、ヒロキ。トラップ作業は小野田と北村、あと柿沼や橘も手伝ってくれ。リナ、藤崎、俺は拠点内の補給と見張りの交代を回す。これでどうだ?」

 俺が分担を提示すると、全員が賛同の意を示した。誰も異論はなさそうだ。いまは最善と思える策を選ぶしかない。



「……よし、決まりか。七日目に備えて、ギリギリまでやれることは全部やる。もし大群が来たら、拠点を放棄してでも生き延びるしかないが……」

 北村が唇を噛む。リナや藤崎も横で俯くが、逃げ道を塞ぐわけにはいかない。最終的に全滅を避けるために、拠点放棄もあり得るという選択が頭をよぎる。


「でも、まずはトラップとバリケードの強化ね。地底と地上、両方を警戒……分かったわ」

 リナが気丈に答え、「私、士気アップだけじゃなくて雑務もやるから言ってね」と仲間に伝える。


「ありがてぇ。俺たちも怪我しないよう注意して作業する。……もし異形が襲来したら、ハジメ、頼むぜ」

 小野田が投げかける視線には、大型異形との戦闘を想定している意志が見える。ユニークスキルを期待されている部分は大きいが、俺自身も乱用できないジレンマを抱えている。


(でもまあ、やるしかない。七日目に備えて、今ここで防御を固めるのが最優先だ)



 こうして俺たちは、地底ルートの入り口を封鎖するために4階会議室の裏設備室と、地上扉を補強するためにビル正面へ、それぞれ材料やトラップを運び込む作業を始めた。

 トラップといっても、発音式の金属罠、火炎瓶や紐と缶で警報を鳴らすような原始的な仕掛けだが、それでも無いよりはマシ。


「七日目にどうなろうが、とにかく今は生き延びる……そこだよな」

 柿沼が足を庇いつつ段ボールを抱え、北村と小野田が鉄パイプや木板を運んでいる。

 リナと藤崎は警備室跡で補給品を仕分け、ヒロキや橘が連携して全体の配置を考える。俺は必要なところを見回りながら作業を手伝う。


「皆、くれぐれも単独行動はしないでくれ。異形が潜んでたら大声で呼んでくれ。すぐ応援に駆けつける」

 俺はチーム全員に再三念押しする。


「分かってる。どのみちこの体力じゃ、分散作業はキツいし……2~3人一組で行動しよ」

 リナが安堵の息を漏らし、藤崎は真剣な表情で「了解です」と応じる。



 こうして六日目の午後、俺たちは雑多な資材や工具を活かして、地底への道を簡易バリケードと罠で塞ぎ、地上正面も新たな警戒ラインを敷く形で分担作業を始めた。

 血と死臭にまみれた4階奥や、外で出現した人型異形……どちらも脅威だが、目を背けてもどうにもならない。


「……六日目の夜、何が起きるか分からん。けど、これだけやれば、少なくとも不意打ちされることは減るはずだ」

 橘が地図を眺めつつ、仲間たちに声をかける。

 小野田は「うん、多少音が鳴る仕掛けを作れたし。すぐには破壊されないと思いたい」とうなずく。


「ハジメ……これで、本当に凌げるかな。恐いよね」

 リナがふと力の抜けた口調で言う。士気アップの詠唱を連続で使うのは精神的に消耗する。俺は苦笑しながら肩を叩く。


「分からない。でも、これが今の最善だ。今日一日で全部解決なんて無理だし、あとは七日目をどう耐えるかだな」



 夕方が近づく。外は再び暗さを増し、完全停電のビルには夜が忍び寄る。

 地底ルートのトラップ作業や扉バリケードの補強を大急ぎで進め、ようやく一段落した頃には全員がくたくただ。誰もが苦しい表情だが、口には出さない。


「……これで今日は終わりか。みんな、お疲れ。しっかり休んで、明日の七日目に備えよう」

 北村が最後にハンマーを下ろし、大きく伸びをする。小野田も「俺ももうダメ……寝る」とぼやく。

 リナと藤崎は疲弊が限界で、そのまま座り込んでいる。ヒロキや橘が彼らを支え、警備室跡へ戻る足取りを助けている形だ。


(俺も……ユニークスキルを出さずに済んだ今日の作業だけでもかなりキツい。明日はどうなるんだ……?)


 胸に不安を抱えながら、俺は一同に「夜の見張りだけしっかり回そう」と声をかける。夜間警戒を怠れば、罠やバリケードを突破されるかもしれないからだ。


「よし……みんな、交代でしっかり仮眠しよう。俺が先に見張るから、二時間後に代わってくれ」

 仲間たちは無言で頷き、それぞれ仮眠場所へ。こうして、チュートリアル六日目の夕方から夜へと移り変わる。明日は七日目——“本番”の時が来る。


(地底と地上、両方をトラップで凌いで、何とか乗り切るしかないか……。ユニークスキルも、乱用したら身体がもたない。頼む、みんな無事でいてくれ)


 闇が拠点を覆い始めるなか、俺は入り口の見張りをしながら祈るような気持ちを抱く。

 外の人型異形、地底の巣……そして、神の宣言した“真の開幕”。

 七日目こそが本当の死線だ。ほんのわずかな準備時間しか残されていないが、この夜を越えて、なんとしても明日を迎えなければ——。


――こうして六日目の太陽が沈み、ビルは再び闇に沈む。

やるべきことはやった。この先の運命は、神すら嘲笑うかもしれないが、俺たちはギリギリまで足掻くしかない……

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