第2話 これは暴力ではありません。教育的指導デス


「……さて」




『本当に大丈夫ですか? っていうか、モブキャラって……』というリリーを部屋に戻し、私は広い自室で一人ベッドに体を投げて天井を見つめる。見知らぬ癖に見知った天井、そんな天井を見つめながら、私は一人考え込む。




「……アリス・サルバートか」




 アリス・サルバート。サルバート公爵家の一人娘にして、我儘令嬢。誰がどう考えても悪役令嬢はこっちだろう、というカンジなのだが……製作スタッフのインタビューに寄れば、『いや、常識で考えて公爵令嬢と平民がライバルっておかしくないですか? どう考えても勝てないでしょ?』という意見により、セリフが『ジーク様は私のモノですわ!』『おーっほほほ』しかないキャラクターになってしまった残念な子である。っていうかスタッフ。カレーとパスタとみそ汁が常在する中世欧州世界観に常識とか説くな。もっと拘るところ、あっただろう。




「……」




 んー……にしても、アリスか~。普通、こういう転生ものの相場ってリリーか、ヒロインじゃないの? アリスって……




「……問題は、これからどうするか、だけど」




 転生自体はまあ、良い。いや、良くは無いんだが、今更ごねても拗ねてもどうしようもないだろう。生産性の無い事は考えない様にする質だし。




「……じょ、情報が無いんだけど」




 普通、こういう場合のテンプレと言えば、『悪役令嬢にならずに、平和に生きていく』か『いっそ開き直って悪役令嬢として生きていく』なんだが……残念ながらこのアリス、セリフを二つしか搭載していないポンコツ令嬢だ。まさにモブ中のモブ、どうしたものか……




「お待ちください、ジーク様。お嬢様は具合が悪いのです」




「……煩い」




 と、突然扉が『どーん!』と音を立てて開く。驚いてそちらに視線を向けると、そこには金髪碧眼の、まるで天使の様な美しい少年が立っていた。




「……ジーク様」




「リリーから倒れたと聞いて、見舞いに来てやった。有り難く思え」




 スモル王国第一王子、ジーク・スモルがそこに立っていた。慌てて寝転がっていたベッドから飛び起き、スカートの端をちょんと摘まんで頭を下げる。




「……わざわざのお見舞い、ありがとうございます、殿下」




 こ、こんな感じ? 貴族の生活なんて知らないから、これで合ってるかどうか分からないんだけど……




「……」




 ……あれ? やっぱりおかしい? 少しだけ不安になり、顏を上げると、そこには目を真ん丸に見開いたジークの姿があった。は、はれ?




「……殿下? どうされましたか?」




「……あ、ああ。少し、驚いた。お前もその様な挨拶が出来るのだな。立派な淑女の様だ」




「……そうですか?」




 良かった。間違って無いのか。なら――




「まあ、何時まで続くか見物だがな。何処で化けの皮が剥がれるんだ? うん?」




 ――うん?




「……殿下? あの……」




「事実、そうだろう? お前は所かまわず私の姿を見れば腕に抱き着いていたでは無いか。耳元できーきーきゃーきゃー、煩くて仕方なかった。直ぐに『ジーク様、お花を見に行きましょう』だとか、『ジーク様、お紅茶でも飲みませんか』と……私の都合も聞かずにな。そんなお前が淑女など……ちゃんちゃら、おかしい」




「……」




 ……おい。どんだけはしたないんだ、私。でもまあ、今の年齢……リリーとジークの子供っぷりを見ればそういう行動もするか。




「なんだ? リリーの真似でもしているつもりか?」




「そういう訳では……」




「リリーの佇まいを真似ているのであれば、褒めてやろう。あれは出来た女だからな」




 リリー、をべた褒めのジーク。なるほど、リリー、ちゃんとしてたんだな。っていうか公爵令嬢なのに慎み深くないアリスが問題なのか。




「……まあ良い。お前も今日から私の婚約者だ。正直、気に喰わんが……陛下が決めた事だ。くれぐれも、私に恥をかかせるな」




「……婚約者……」




「なんだ? 忘れたのか? 今日はお前の七つの誕生日だ。お前の誕生日に私と婚約することは陛下と公爵で決めた約束であろう」




「……ああ」




 そっか。今日は私の誕生日なのか。それで、今日からジークの婚約者で――








「……ふん。気に喰わん。どうせ婚約するならお前より、リリーの方が良かった。あれは良い女だしな。どうせ、これもお前の我儘だろう? この我儘令嬢め」








 ――おい。婚約者前にしてなんて事言うんだ、このクソガキが。




「なんだ? 不満か?」




「……いえ」




「……ふん。私はお前など好みでもなんでもない。ないが、父上の命令だからな。仕方なくお前と婚約するが……別にお前の事など愛していない。いや、愛していないどころか好きでも嫌いでもない。正直、路傍の石ころと変わらん。何の感情も抱いていないし、なにも思っていない。これっぽっちもな」




「……」




「まあ、お前は次期王妃だ。精々、俺に恥をかかせるなよ?」




 そう言ってふん、とそっぽを向いて背中を向けるジーク。うん……




「……お待ちください、殿下」




「……なんだ? お前の見舞いはした。これで義務は果たしただろう? 全く、面倒な事だ」




「……お見舞い?」




 ……ああ、不味い。うん、これはアレだ。きっと、この体が七歳のせいで精神が七歳児に引っ張られてるんだな? そうに違いない。




「そうだ。まさか、見舞いの品が無いとでも言いたいのか? どこまでも図々しい女だな。だから――」








「――これの何処が見舞いだ、このクソガキがぁ!!」








「――ぐふぅ!!」




 振り向いたジークの腹に、私のドロップキックが炸裂。体を『く』の字に曲げて吹っ飛ぶジーク。おお。七歳児の体はよく飛ぶね~。どうだ! 参ったか!!

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