第2話 悪役令嬢に転生した干物女は焼き鳥を食べたい。

「あー、焼き鳥食いてぇ……」


 悪役令嬢クリティアに転生したことに気づいて三日。

 美人は三日で飽きる。

 セレブ生活も三日で飽きる。



 私が転生したのは、悪役令嬢のクリティア20歳。

 一個下の弟がいるから家督の問題はナッシング。


 普通に令嬢生活を楽しめれば良かったんだろうけどさ…………………。

 侍女に退室してもらって、私は一人どでかいベッドに寝転がる。



「あーーー…………ビール飲みたい。塩焼き鳥でモツ煮を流し込みたい、たこわさびのせた白米食べたい…………」


 完全なる日本食シックである。

 ホームシックならぬ日本食シック。


 毎日出てくる銀座のフレンチみたいな食事を、脳みそが拒絶している。


 いや、美味しいのよ。すごく。この家のお抱え料理人は腕がいいね。


 でも貧乏舌の私に合わない。


 スーパーの半額シールが貼られた焼き鳥をレンチンして頬張るのがイイんだよ。


 侍女にお世話されてコルセット締められてドレス着て、高級レストランのフルコースみたいなもんが毎食出てくるおセレブな日々が、1ミリも! 私に合わない!


 あー、辛い。セレブ生活辛い。

 だるだるに伸びたスウェット上下着て、横になって焼き鳥頬張ってテレビ見たいわぁ。ビールと枝豆を添えるとなお良い。


 あ、家を出ればいいんだ。

 


 私はすぐさま今世の父上、ディアブロ・フローレンスにかけあった。

 御年45。立派な領主様である。

 クリティアの水色の髪は父上譲りなようだ。


「お父様。私、自立したいですわ。ひとり暮らしさせてください」


「そんなことできないよクリティア。お前は我が家の可愛い娘だ。放り出せるわけないだろう。ロブソンに振られて傷心なのはわかるが自暴自棄になっては駄目だよ」



 ごめんよ父上。何を勘違いしているかわからないけれど、傷つきようがねぇんですわ。

 初対面の人間にいきなりサヨナラ宣言されてポカーンよ。


「いいえお父様。傷心してはいません。私、自分のことを自分でしたいのです」


 着替えのお手伝いをされたくないし、入浴手伝いされたくないし、なんなら自分で料理用意したいわ。


 今朝、自分で作りたいって言ったら料理人が「ぼくはクビってことですか、そんなに不味かったんですかお嬢様!!!!」とボロ泣きしてしまった。

 料理は使用人の仕事であり、調理場は令嬢が立ち入っていい場所じゃない。


 いや、ごめんて。

 あなたの料理が不味いのではなくて、私の貧乏舌がマズいんです。

 自分で料理させてもらえないとか、めんどくさいな貴族の令嬢生活。


 あー…………ワサビ茶漬け食べたい。


 いや、まてよ。

 

 料理研究とかなんとか、それっぽい理由をつけてみるか。




「私、今日から料理研究家になりますわ!」


 貴族の令嬢でも働いている人はいる。

 料理人いわくいつも出しているのはこの国の定番料理。


 つまり我が国に和食はない。

 海外では日本食ブームが起きるように、この世界で焼き鳥をはじめとする日本食を発表して広まれば、屋敷でも普通に食べられるようになるんじゃないか。



 前世はひとり暮らし歴17年。

 私が自分で作らなければ酒のアテはないのだ。

 やったるわ!


 昼食は鳥のポワレだかコンフィだかオサレすぎて覚えられないものだったから、鳥肉自体はある。


 メイドの給仕服を借りて袖を通す。ドレス着て料理したら汚れるもんな。


「お、お嬢様、包丁を握るなんて危なすぎます! あぁ、神様お嬢様を助けてください!」


 使用人達が床に膝をついてガクブルしている。

 包丁持っただけでこの反応、どんだけ箱入りなんだよ貴族のお嬢。


 白ワインにひたして臭みを取った鳥肉を小さめに切り分けて、串に刺して……塩を振って焼く!

 焼けばいいんだよ、とりあえず。

 網に乗せてじっくり焼き上げ、調理場に香ばしいかおりがただよう。


 青ざめていた使用人達も意外そうな顔だ。

 本当なら甘じょっぱいタレを塗りたいけれど、異世界に醤油はねぇ。


「できた! 焼き鳥!!!!」


 ようやくお目にかかれたのね、私の心の栄養。


 運がいいことにこの国には麦酒ビールがある。


「ビールと一緒にいただくのよ!」


 かーー、うんめっ!!

 カリカリで肉汁ジュワで、生きててよかった!!



 使用人達も恐る恐る口にして、泣いて喜んでいる。


「とり肉をワインに漬けて、味付けが塩だけなのにこんなに美味しいなんて!! 串に刺してあるから手も汚れない!」

「これなら本を出せますよ、お嬢様!!」


 みんな喜んでくれた、よかったー。

 これで今日から夕食に焼き鳥出してもらえるわね、ふへへへ。

 焼き鳥をむさぼっていると、侍女が封筒を持って入ってきた。



「お嬢様。ロブソン男爵からお手紙です」


 元婚約者かー。せっかく焼き鳥を楽しんでいたのに。

 仕方なく手紙を広げると



【マイエンジェル・クリティアへ


僕は君を失ってから毎日辛いよ、天界を追放された堕天使もこんな気持ちだったんだね。どうかまた僕に微笑みかけておくれ、クリティア。君の微笑みは……】


 5枚に渡ってびっしり綴られていて1枚目の冒頭で読む気が失せた。

 わーー。この世界にも復縁要請お花畑ポエムロミオメールってあるんだ。引くわ。


 手紙は細かくちぎって火にくべた。

 そんなことより焼き鳥食べよ。

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