不幸の上の幸せ

川崎杏南

不幸の上の幸せ

「死ね...!!」


私は大きな手から間一髪で逃げ出した。

あれに当たったら潰されて、間違いなく私は死んでしまう...



私を殺そうとした人を見ると苦しそうな顔で腕を掻いていた。



...私は人の血を吸ってしか生きることが出来ない。


いや、生きることはできる。

生きているだけなら人の血を吸う他にも方法はある。

でも、生きている喜びは愚か、実感さえも持てなくなってしまう。


何も、人に悲しい想いをさせたい訳じゃない。




私が私でいたいだけ_






「あ、あの子にしようかな。」


私は髪の綺麗な横顔が美しいなお姉さんを見つけた。




そもそも私は人が嫌いではない。

むしろ好きだ。

...好きな人の血が吸いたい。



私はお姉さんの白く細い腕に静かに止まった。



ごめんなさい。



謝罪をして血を吸おうとした瞬間_




「お腹すいてるの?」





お姉さんはこちらを見て私に話しかけている。

まずい...殺される...


私は経験から命の危機を感じ、急いで逃げようと飛び立った。






「待って!殺さないから待って...!」




私が振り返るとお姉さんは笑顔でこちらを見ている。




_私はお姉さんの元に飛んで行った。






私は〝息をする〟ということにあまり執着がないのかもしれない。

でも生きているならば〝生きる〟ということにこだわる。


だから、お姉さんになら殺されても良いと思った。



...違うな。

ただ、あの笑顔に強く惹かれただけ...


ただそれだけ_




お姉さんと私の奇妙な共同生活が始まった。

お姉さんが出かける時はついて行き、帰宅したら一緒に家に入る。


そして血を吸いたくなったら吸わせてもらう。

会話は出来ないが、私はお姉さんと過ごせる毎日が幸せだった。




「天気いいね。ここで吸う?」




よく晴れた日の午後、私とお姉さんは公園にいた。

私はお姉さんの腕に止まると血を吸った。

申し訳なさはあるが、お姉さんを思うほどに血を吸いたくなってしまう...




「あ!!!可愛いそう!!」





通りかかった男の子の集団の1人がこちらを指さして叫んだ。


「あのお姉さん血吸われてる!!」


私の胸は締め付けられる。

隣の男の子もその言葉に続いた。



「あいつらって俺たちを不幸にすることしかしないよな!」




私の幸せは...生き甲斐はいつも人の不幸の上に成り立っている。

人を不幸にしたい訳じゃないのに...


でも不幸の上でしか私の〝生きる〟ということは存在出来ない。



私だって、人として生まれてきたかった...




私はお姉さんの顔を縋る思いで覗き込んだ。


...あ。


お姉さんは必死で笑顔を作ろうとしてくれていたが、その表情はとても笑顔と呼べるものではなかった。


私はお姉さんから離れると一切、振り返ることなく余っている力を全て使って飛んだ。



出来るだけ速く、出来るだけ遠くへ。

ここがもう何処だか分からなくなるまで。



もう二度と戻れないように_







私は今日も息をしている。


そして、かろうじて生きている。

沢山の味のしない血を吸いながら。


自分は加害者だということだけ忘れないように。



だが、ふと思ってしまうのだ。






私は一体、誰を恨めばいいのだろう_

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

不幸の上の幸せ 川崎杏南 @an0127

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ