紅い夜に鈴が鳴る
未田@12.01新連載開始
第1部
第1章『わたしの日常』
第1話
都会の方にある私立の女子校に入学して、三週間ほどが過ぎた。
ゴールデンウィークが近い。この時期になると一年生はクラス内外問わず、大体のグループが出来上がっていた。放課後になった今、教室はとにかく騒がしい。
「伊藤さん、一緒に帰らない?」
「カラオケ行くけど、鈴ちゃんもどう?」
隣の席に座る伊藤さん――
伊藤さんはハイトーンカラーのショートボブに、ブレザーの代わりに白いパーカーを羽織っていた。格好だけでなく雰囲気自体が明るく、人当たりも良い。クラスで一番小柄なこともあって、マスコットのように皆から愛されている。入学が遅れてきた割に、もうめちゃくちゃクラスに馴染んでいた。
というか、超かわいい。人気者だと思いながら、わたしは鞄を持って席を立った。
「ごめーん! 先約あって!」
伊藤さんもまた立ち上がり、扉へ歩いていくわたしの腕に抱きついてきた。
わたしは内心ドキッとしたけど、振り返ることなく平静を装い――伊藤さんを引きずるように、教室の扉を出た。
「またねー」
そんなわたしを他所にヒラヒラと手を振る伊藤さんが、地味にウザい。
昇降口で靴を履き替え、校舎を出る。
「ねー、クレヤってばー。なにー? ひょっとしてー、拗ねてるの?」
校門へと歩いていると、隣の伊藤さんからニヤニヤと顔を覗き込まれ、わたしはつい背けた。
反射的な態度だったけど、冷静に考えてみれば図星だ。
「なーにが先約よ。本当はわたしなんかより、あの子らと遊びたかったんでしょ?」
「そんなことないって。えーしの中で、クレヤが一番だって」
「どうせわたしのこと、面倒な女だって思ってるくせに」
「え? いや……まあ、その……」
「そこは否定しなさいよ!」
やっぱり、わたしのことそんな風に思ってるんだ!
……確かに、自分でも面倒臭い性格だと思う。こんな些細なことで腹を立てるなんて、情けない。
「はー。そりゃ、あんた以外に友達できないわよねー」
校門を出たところで、脱力気味に溜息をついた。
わたしは未だに、どのグループにも属していない。ぼっちというより、周りからは空気のように扱われているのかもしれない。意味合いは違うけど『高校デビュー』を盛大にミスった自覚がある。いったい、どうしてこうなったんだろう……。
「クレヤはレベル高すぎて、逆に近づきにくいんだよ」
「は?」
「お淑やかで上品だし、背高くて眼鏡かけてるし、黒髪ロングの姫カットだし……普通はイタイのに、クレヤはばっちり似合ってる美人さんじゃん。窓際の席で物憂げにしてるのがここまで様になる子、えーし知らないよ?」
ていうか、ホントに十六歳? と首を傾げられる。
正確には誕生日がまだだから今は十五だけど、敢えて言うほどではないため黙っておいた。
伊藤さんが言うには、つまり年齢の割に大人びて見えるらしい。素直な意見とも、ポジティブなこじつけとも、どっちにも捉えることが出来る。
疑うとキリがないから、どっちが本当なのかわからない。というか、そもそも……一般的には喜ぶべき意見なのかすら、わからない。でも、この年齢で年増と言われているわけじゃないにしろ、わたしはあまり嬉しくなかった。
「あんたと一緒だから、余計にそう見えるんでしょうね。これからは、離れましょう」
「いやいや、えーし関係ある!?」
「大アリよ。わたしはあんたの引き立て役じゃないの」
身長、雰囲気、そしてたぶん性格も――わたしと伊藤さんは、何もかもが正反対だった。こうしてつるんでいることすら、おかしい。本来は交わらないタイプだと思う。
でも、どれだけ嫌っても離れられない事情が、お互いにあった。
「ていうか、わたしもかわいい系がいい……。あんたみたいな格好したい……」
「うーん。もうクールキャラで定着してるんだし、方向転換ムリじゃない?」
「え? 定着しちゃってるの? マジで?」
本当なら、地味にショックだ。今さらイメチェンしたら超浮くだろうし……それに、友達欲しくても出来ないやつだし。本当、どうしてこうなったんだろう。
「眼鏡が悪いのよ、眼鏡が」
原因はきっとこれだろう。
今すぐにでも外したいところだけど、外せないためツルをクイッとした。我ながら、最高にダサい仕草だ。
「眼鏡? なんで?」
「ちっちゃい頃からずーっと眼鏡かけてたら、キャラが眼鏡に合わせにいくのよ」
「へ、へぇ」
にわかに信じられないといった様子で、伊藤さんが頷く。
わたしとしても、非現実的な話を信じられないけど、そうとしか思えなかった――自分はあくまで被害者であると、信じたかった。
「それじゃあ……えーしもクレヤみたいに眼鏡かけて育ってたなら、インテリっぽくなってたかなぁ」
伊藤さんがドヤ顔で眼鏡クイッの仕草して見せるけど、ウザいのにかわいいのがズルい。
「そうなんじゃない? 知能指数が十ぐらい上がってたわよ……たぶん」
「マジで!? 眼鏡すごいな!」
もちろん、そんな効果無いだろうけど……。
「ていうか、わたしよりあんたの方が頭良いって……最高に皮肉よね」
少なくとも、授業の小テストはいつもわたしより良い点数を取っている。伊藤さんは諸事情で入学直後の新入生テストを受けてないけど、もしも受けていれば良い線いっていただろう。
相対的に劣るというより、そもそもわたしの成績は学年の中の下ぐらいだ。やれクールキャラだとイジられても、明らかに実態が伴っていない。
ついでに、お淑やかでも上品でもない。割と適当でガサツな人間だと、自分では思う。
結果的に出来上がったのは、根暗でコミュ障な陰キャだった。本当に頭が良いなら、不可抗力でこうなってしまった
「いやー。だって……しょうがなくない?」
わたしの成績が良くないのは自己責任だと思う。それでも、困ったように苦笑する伊藤さんが、なんだかムカついた。伊藤さんの柔らかい両頬を、片手でガシッと掴む。
「むぐっ」
「こんな
「
伊藤さんがコクコクと頷き、わたしは手を離した。
かわいくて、頭が良くて、運動も出来て、この子いったい何なのよ――と嫉妬の叫びをあげたいところだけど、一応は事情を理解している。それでも、なんだか自分が惨めになってくる。
「やっぱり、あんたじゃダメかも……。今からでも、他の人に変わって貰おうかしら」
「えっ、ちょっと! なんで!? えーしまだ、何もヘマしてないよね!?」
確かに、失敗はおろか『任務』の支障も今のところは無い。
なんとなく、わたしが気に入らないだけだ。もっとも、そんな事由が通るわけがないけど……。
「ただの冗談よ」
「クレヤの場合、目が笑ってないから、ジョークだってわからないんですけどー」
スタスタと電車の駅へ歩いていくわたしに――伊藤さんが焦りながら追いかけてくる。
気に入らなくても、この子を捨てられない事情がわたしにはある。傍に置いておくしかないなら――結局は、向き合わなければいけない。
「いいこと? あんたはわたしのお友達だけど……わたしに尽くしなさいよ?」
おかしなことを言っている自覚がある。それでも、わたしと伊藤さんは実際、なんとも奇妙な関係だった。
「はいはい。それで――今日はこれからどうすんの? バイト無いんでしょ?」
訊ねられ、わたしはスマホを取り出した。
今日の休み時間にずっと見ていたウェブサイトの画面を、伊藤さんに向ける
。
「新作飲みたい」
チェーン店のカフェの、季節限定メニューが発売された。ネットで話題になり、SNSでは次々と写真が上がっていた。それに参加するのが『女子高生でやりたいことリスト』のひとつだ。
伊藤さんはスマホの画面を見て、微笑んだ。
「いいね。お供するよ」
「ええ。行くわよ、ベル」
わたしは、伊藤鈴こと――ベルが差し出してきた手を取った。
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