ポケットの中には、爆弾

松本タケル

第1話

 俺は今、2024年の日本にいる。


 トレンチコートの襟を立てながら、ブルっと身を震わせた。


 日本に、これほど寒い時期があったとは驚きだ。


 ああ、暖かいコーヒーが飲みたい。


 路地の影から、先に視線を向ける。


 鉄製の門越しにグラウンドが見えた。『小学校』と呼ばれている場所だ。


 ポケットから情報端末を取り出して、位置を確認する。


 ここで、間違いない。


 下校時刻とやらは、間もなくのはず。ターゲットが出てきたら追跡開始だ。


 心臓から押し出される血流量が上がっている。このミッション開始前の高揚感は、嫌いじゃない。


「帰宅路を守ること。変な人が出るという報告があるので、一人にならないように」


 門を両手で開いた女性の先生が、列になって出て行く子供たちに何度も声掛けをする。


 俺は情報端末……この時代では、スマートフォンと呼ばれる端末に模したそれを確認する。画面には、一人の少年が表示されている。


――サトウ・マサル 八歳。


 この時代では、一般的な姓名。第二学年に所属。


 数十名の生徒が出て行ったが、ターゲットは見当たらない。


 見逃したか?


 そんなはずは……と思ったとき、遅れて少年が出てきた。


 厚手のダウンコートに、黒いリュックサックのようなものを背負っている。


「見つけたぞ、サトウ・マサル」


 小さく呟いた。


「マサル君、今日もお母さんは仕事? 一人で大丈夫?」


「ええ、この後、学習塾に英会話。終わる頃には、母が帰宅する時間なので」


 利口そうな少年だ。白い歯を見せる彼に、先生も思わず笑みをこぼした。


――俺は、だまされんぞ。


 少年は、先生に手を振って別れると、一人で歩き始めた。悟られないように距離を取って尾行を開始する。


 情報端末で地図を確認。この先には、商店街と駅がある。


 一瞬で情報を確認してから、少年の後ろ姿に目を移す。


 俺は失敗したことがない。クリアしたミッションは、軽く100を超えている。


 報酬は随分と上がったが、その分、難易度が高いミッションが増えてきた。しかし、今回は楽勝だ。


 幼い少年から、彼が所有する『ある物』を回収するだけ。命がけの死闘や、脱出劇は必要ないだろう。人通りの少ない場所で眠らせればよい。そして、奪ったあとに記憶を消すだけ。


 未来のテクノロジーは本当に優秀だ。時代を行き来できるし、記憶だって改ざんできる。この時代の人間には、手に余るものだ。


「おい、どこだ?」


 気をそらした瞬間、少年を見失った。消えた? そんなはずはない。商店街に差し掛かり。歩く人の数が増えている。


 速足で見失ったポイントにたどり着き、視線をあちこちに動かす。


 ふう。


 俺はため息をついた。


 少年は、ネオンがチカチカする店の中、ガラス張りの自動ドアの先にいた。店名の下に『ゲームセンター』とある。


 俺は、後を追ってゲームセンターに入りながら、情報端末をポケットから出して『塾』とは何かを調べた。やはり、彼の言う『塾』という場所ではない。


 言動が一致しない。もしかして……操られているのか?


 車の走行音、楽器の音、耳をつんざく電子音が不快だ。若者たちは、楽し気にゲームに興じていた。何が楽しいのか理解できない。


 少年を探す。彼は正面にディスプレイを携えた座席に腰をおろしていた。車のレースを疑似的に楽しむ装置のようだ。


 柱の影に隠れて様子を伺う。


 しばらくすると、彼の背後に数名の男女が集まり、レースを観察し始めた。


 相当な腕前なのだろう。ということは……しばらく、この場所から動かない。


 これを機に、ミッションを再確認しておくことにした。


 情報端末を操作して、差出人の無いメッセージを開く。


――指令を伝える。行先は2024年の日本・東京。君には、ある物を回収して未来に持ち帰ってもらいたい。それは、サトウ・マサルという少年が保有している。サイズ、隠し場所などは不明。ある物が何かは、機密であるため記載できない。彼が大切に保管しているはずだ。追跡して隠し場所を探れ。それは、君の運命すら変えかねないものだ。このミッションは、一流のエージェントにしか依頼できない。幸運を祈る。


「メッセージは自動消去される……じゃなくてよかった」


 この時代の映画でそんなフレーズがあったのを思い出した。


 それにしても、エージェントとは使い勝手の良い言葉だ。実際は、名もなき使い捨て。任務中で死んでも同情すらされない。匿名の指示に従って任務を遂行するだけ。


 この時代の映画に出てくる『スパイ』と呼ぶほうが適切だ。メリットは、報酬が高いことと、エキサイティングであることだけ。

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