正義殺し〜ヒーロー専門の暗殺者〜
和泉歌夜(いづみかや)
第1話 感動のフィナーレになるはずだった。
全世界が救世主ルートに歓喜していた。彼の一撃は宇宙怪物ギャザリラの弱点を突いて絶命した。怪物の血肉が世界中に雨となって降り注いでいたが、それは人類が再び平和を取り戻した祝福の雨だった。
世界中が彼の名前を叫んだ。ルートはピッチリとした服装にマントを付けていた。そのマントをたなびかせながら多くの民衆が待っている都市へと向かった。
彼の近くにはドローンが飛んでいた。小さなレンズは彼の勇姿を全世界に届けさせていた。誰もが彼に夢中だった。戦争をしていた軍隊でさえ、この未曾有の危機を救ってくれた英雄に感謝の歌を捧げていた。
ルートは誇らしげな顔をして飛んでいた。彼の心の中は世界を救った達成感と誇りに満ちていた。そして、怪物達に怯えなくてもいい日常が来る事を心から喜んだ。
ルートが目的地である都市を上空から見下ろすと、多くの群衆が彼を快く迎えてくれた。彼に見えたかどうかは分からないが、泣き出す者もいた。
彼は群衆の歓声に応えようと手を振りながらゆっくりと降りていった。どこからか、女性のレポーターが叫んでいた。
「ご覧ください! 地球の危機を救ってくれた英雄ルートが激闘を終え、舞い降りて来ました――」
その刹那、一発の銃声が聞こえた。その音が世界から音が奪ったかのように一際大きく聞こえた。弾は光の如き速さで救世主の眉間を貫いていた。
ルートは自分の身に何が起きたのかも分からないまま無と化し、力を失った彼はあっという間に群衆の中に吸い込まれていった。
人々は一瞬どよめいたが、事態を把握していなかったのだろう。何が起きたのか分からず、戸惑っていた。ドローンだけが冷静に自分の仕事を全うしていた。
これほどまでに静かだった都市は今までなかったかもしれない。まるで人がいなくなったかのように誰も声や物音を発さず、無造作に倒れている英雄をボゥと眺める事しかできなかった。
その群衆から百メートル以上離れた雑居ビルの空き部屋の窓に銃口が光っていた。そこには一人の男が遠距離型の銃を持ってスコープを覗いていた。そして、
そして、床に置かれた黒の中折れ帽を被って、颯爽と階段を駆け下りていった。彼がビルを出ても、誰も分からなかった。皆、英雄を一目見ようと集まってしまったため、広場以外は閑散としていて、暗殺者の存在に気づく事はなかった。
男はスマートフォンを巧みにいじると、耳元にあてた。
「俺だ。
男がそう言うと、すぐに目の前に扉が開かれた。どこにも建物はなく孤独に立っている木製の扉に男は何のためらいもなくドアノブを捻った。中は光も見えない闇だった。男はサッと中に入るとドアはゆっくりと閉まり、それと同時に不自然なドアも消えてしまった。
暗殺者の存在に気づいていない群衆は未だに沈黙していた。ようやく口を開いたのはレポーターだった。
「な、何が起きたのでしょうか? 急に銃声が聞こえたかと思えば、その、えっと、落下して……」
この声のおかげで、静止していた時間が動き出した。人々は我に返ったように叫び、戸惑い、怒号を飛ばした。
「死んでる! 英雄ルート様が死んでいる!」
「いや、いや、嘘よっ!」
「そ、そんなはずはねぇっ! 彼は不死のはずだ!」
「そうだ。またなんかの冗談に決まってる」
人々は一瞬現実逃避を試みようとしたが、医師は嘘をついてまで自分のキャリアに傷をつけようとはしなかった。ルートの脈を確認すると、感情を押し殺すように「即死だ。眉間に一発あたっている」と淡々と答えた。
この報告により、人々は歓喜から一転
この悲報は世界中に届き、悲しみに暮れた。その中でも一番涙を流したのはルートの恋人であるキャサリンだった。彼女は豊かなカーブをした髪をかき乱しながら愛する人の亡骸を抱きかかえた。
「ルート、そんな……結婚する約束だったのに……」
キャサリンの宝石のように煌めく瞳から涙が流れ、彼の頬に落ちた。だが、愛する人の涙で奇跡的に一命を取り留めたというおとぎ話は起きなかった。
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