第8話

 ユウキは城の中を歩いていた。周囲の廃墟と化した王国を見て、心が締め付けられるような感覚に襲われる。かつては煌びやかな街並みを誇っていた王国が、今や破壊と崩壊の中で無惨に変わり果てていた。奏多がその手を汚したことに疑いはなかった。それでも、ユウキは納得がいかない。なぜ、あの冷徹だった奏多がここまでのことを……?


 「どうして……」


 思わず口に出したその言葉は、他の者に届くことなく空気の中に消えた。ユウキは足を速め、王宮の一室に向かう。王国の書庫だ。情報を集めるためには、まずここで何か手がかりを掴まなくてはならない。


 書庫に入ると、ほとんどの本が焼け落ちていた。それでも、壁の隅に数冊の古びた書物が残されているのを見つけ、ユウキはそれらを手に取った。ページをめくると、古竜の伝説やシャドーウォーカーについて書かれた一節が目に飛び込んできた。


 「シャドーウォーカー……?」


 ユウキはその言葉に目を凝らした。シャドーウォーカー。それは、奏多が持っていたあのスキルと関係があるのか? だとしたら、その力の源は何だったのか。ユウキは必死でページをめくり、そこに書かれた内容を読み進める。


 「シャドーウォーカー……それは、アザトースによって創られた、概念を操る力。その者は影を操ることができ、物理法則を超越した存在になる。しかし、その力を使いこなす者は、影に飲み込まれ、最終的には自らも消え去る運命を背負う」


 その一文を読んだ瞬間、ユウキは何かが胸に突き刺さるのを感じた。この力の持ち主は、無限の可能性を秘めているものの、その力が暴走すれば、最終的には自らを滅ぼすことになるというのだ。奏多の力が暴走したのは、そのためだろうか?


 「消え去る……?」


 ユウキはその言葉を繰り返す。奏多の目が冷徹で無感情だったのは、もしかすると、彼がその運命をすでに理解していたからかもしれない。自分が持つ力が、周囲を破壊する可能性を感じ取っていたからこそ、あのような決意を固めたのだろうか。


 ユウキはページをさらにめくり、次の部分を読み進める。


 「シャドーウォーカーの力は、決して操る者の意志によって完全に支配されることはない。この力は、概念そのものに働きかけるため、力を使えば使うほど、操り手はその力に引き寄せられ、最終的には力を制御できなくなる。だが、その力を使うことで、何者にも達成できないことが可能となる」


 ユウキはその言葉に頭を抱えた。奏多が持つその力が、いかに強大であるかはすぐに分かった。そして、同時にその力がどれほど危険であるかも。もし奏多がその力を完全に解放し、制御を失ったのだとすれば、王国の滅亡は避けられなかっただろう。


 ユウキは書庫の隅に積まれたもう一冊の本に目を留めた。それには「アザトースの遺産」と書かれていた。ユウキはその本を引き抜き、さらに詳しく読み始める。


 「アザトース……か」


 ユウキはその名前を呟く。アザトースは、混沌の核として知られ、何千年もの間、神々の中でも最も強大で恐れられた存在だと言われている。彼が何を創り、どんな影響をこの世界に与えたのか。ユウキはその内容に吸い込まれるようにして読んだ。


 「アザトースは、シャドーウォーカーの力を創り出した。ただし、彼の目的はその力を直接操ることではない。それは、影の中に眠る力――この世界を動かす真実に触れるための鍵であった」


 ユウキはページをめくり、さらなる驚愕の事実に直面する。アザトースが創り出した「シャドーウォーカー」の力は、単なる力の枠を超えていた。それは、すべての存在が持つ「影」を操り、支配する力。その力を手にした者は、神をも打倒し、世界そのものを塗り替える可能性を持っているという。


 「奏多……」


 ユウキは呟いた。彼がどうしてあれほどの力を得ることになったのか。その力を使いこなすことで何を成し遂げようとしていたのか。そのすべてが、少しずつ明らかになってきた。


 しかし、それでもユウキの胸には、どうしても晴れない疑念が残っていた。奏多はその力を持ち、王国を滅ぼし、今やその存在は伝説として語られることだろう。しかし、彼が本当に望んでいたことは、果たして何だったのか。


 「どうして、奏多はこんなことを?」


 ユウキは思わずその場に膝をついた。奏多がその力を得たことで、何か大きな力に操られていたのだろうか? それとも、彼自身がその力を自ら選び取ったのか。


 ユウキはもう一度その問いを心の中で繰り返した。奏多が選んだ道。それが、彼の本当の目的だったのだろうか。そして、その目的が果たされた時、奏多は何を見据えていたのか。


 「俺は……何をしなければならないんだ?」


 ユウキは思わず立ち上がり、書庫の扉を開けた。そこに待つ答えが何であれ、彼はそれを突き止めなければならないと感じていた。奏多が歩んだ道を理解するために――そして、彼が最後に選んだ道を知るために。

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