第5話
試練を乗り越えた瞬間、奏多は再び目を覚ました。周囲は元の世界へと戻り、森の中に立っていた。空気は澄み、かすかな風が木々を揺らしている。すべてが静寂に包まれていたが、奏多の心には新たに得た力の余韻が残っていた。
「よくやったな」
振り向くと、古竜が静かに立っていた。彼の目には、奏多が新たに得た力に対する深い理解とともに、少しの不安が込められているように見えた。
「お前はついにその力を完全に手に入れた。だが、その力を使いこなすということが、どれほど危険なことか、理解しているか?」
その言葉に、奏多は少し沈黙した。影を操る力――それは確かに無限の可能性を秘めている。しかし、その力が持つ危険性に関しては、古竜の言葉に不安を覚える自分がいた。
「お前は、この力を使って世界を変えることができる。しかし、それがどれほどの重責を伴うものかを、今一度考えてみることだ」
古竜の瞳が鋭くなり、奏多の心に深く響くような声で言った。
「影というものには、すべての存在に宿る。すべての存在には、必ず影がついてくる。それは、ただの光と闇の対比にとどまらない。影は、存在そのものが持つ裏面、目に見えない部分、そして最も深い真実を映し出すものだ」
奏多はその言葉に耳を傾けた。影が、ただの暗闇ではないことは、彼も感じていた。影には深い意味がある――それがただの隠れた部分でないことを、彼の直感は知っていた。
「影は、存在そのものが持つ『裏の顔』だ。だが、ほとんどの者はその裏面を見ようとしない。影に触れることを恐れ、影に取り込まれることを恐れるからだ。しかし、お前は違った。お前はその影に触れ、操ることができる」
「でも……その力がどうして危険なんですか?」
奏多は、やや不安げに尋ねた。彼は影を操ることで、さまざまな可能性が広がることを感じていた。だが、古竜の言葉に含まれる重さが、少しずつその意味を深くしているようだった。
「影を操るということは、世界の『概念』に干渉するということだ」
古竜はそう言って、一歩前に出た。
「お前が影を通じて世界を操るとき、その力は時に世界そのものを歪めることがある。影を使って物理的な法則を変える、時間を操る、命を与えたり奪ったりする――それは簡単にできる。だが、それには必ず代償が伴う。影には『均衡』がある。その均衡を崩すことで、世界の根本が揺らぎ、最終的にはその影が本来あるべき姿を失うことになる」
「均衡?」
奏多は疑問を浮かべながら、古竜の話に耳を傾けた。
「影は、すべての存在が持つ本質的な一面だ。物質的な世界で言えば、影は反射された光と同じように、存在の裏面を映し出す。それが物理的なものならば、意識の裏面は心に宿る『影』だ。お前がその影を使うということは、単に物理的な力を操るだけでなく、心の奥底にある暗い部分に干渉しているということでもある」
「心の奥底……?」
奏多の胸に、何かが引っかかった。彼は確かにその力を使うことで、影を操り、時に自分の心をも操っていた。そして、時にはその力が恐ろしいほどに深く、無限の可能性を広げていた。しかし、同時にそれが自分を飲み込んでしまうのではないかという不安も感じていた。
「そうだ。影を使いすぎれば、心が崩れる。心の弱さ、恐れ、欲望……それらが影として現れ、やがてその影に飲み込まれてしまう。お前がその力を過信し、無限に使い続けると、それに支配されてしまう。影は裏面であると同時に、鏡でもあるからだ」
古竜は、静かに目を閉じて言った。
「お前は強くなった。しかし、どんな力を持っても、心が乱れればその力は暴走する。その暴走によって世界の秩序を崩すこともできる。だが、影を使いこなすことの本当の意味は、その力を完全に制御し、自分の心の奥底と対話し続けることだ。自分の影を恐れず、受け入れ、それに抗わずに操ることができる者こそ、本当の意味で『シャドーウォーカー』と言えるだろう」
「だから、お前に言っておく。この力を持つ者は、常にその力に責任を持たなければならない。世界を操ることは、決して軽い行いではない。お前がその力を使うとき、必ずその結果を受け入れる覚悟を持つことだ」
古竜の言葉は、深く響き渡り、奏多の胸に重くのしかかってきた。その言葉が示す意味は、ただの力を振るうことにとどまらない。影を操る者には、その力の使用に対する深い理解と覚悟が必要だということを、彼は今、心の底から理解した。
「わかりました……」
奏多は深く息を吸い込み、静かにうなずいた。影を操る力を使いこなすことの重要性と危険性、そしてその先にある責任を背負う覚悟が、少しずつ彼の心に芽生えてきた。
「お前がその覚悟を持ち続ける限り、シャドーウォーカーとしての道は続くだろう。だが、決してその力を過信してはならない」
古竜は最後にもう一度、奏多を見つめ、静かな声で言った。
「お前は、影を操る者として、世界にどんな影を落とすことになるのか。その答えを自分自身で見つけるのだ」
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