第3話

 一年が過ぎた。奏多は、古竜との修行を重ね、確実にその力を制御できるようになっていた。最初の頃の混乱した感覚は消え、今では影と一体化することが自然な動きの一部となっていた。


 だが、古竜の言葉通り、その力を使うことには常に危険が伴っていた。何度も力を使いすぎて意識が途切れ、気を失いかけることもあった。だが、少しずつその力の調整ができるようになり、ようやく奏多はその真価を理解し始めていた。


 「シャドーウォーカー……影を操る力、そしてそれを超える力」


 奏多は、深い森の中でひとり黙々と修行を続けていた。古竜から学んだ「影の深層」に足を踏み入れることができるようになったが、それを制御するためには強い精神力と集中が必要だ。


 「お前がその力を使いこなせるようになったとしても、最も大切なのはお前自身の意志だ。お前がその力をどう使うか、それがすべてを決める」


 古竜の言葉が奏多の耳に響く。あれから何度もその言葉を思い出しては、自分を戒め、力を過信しないよう努めていた。


 「これで、ようやく力を制御できるようになった……」


 奏多は、周囲の景色が影に溶け込んでいく感覚を味わいながら、ひとつ深呼吸をした。彼はその影を自分のものとして操ることができる。今では、影を通じて物理的に異なる場所へと瞬時に移動することができるようにもなった。それは、かつて想像すらできなかった力だった。


 しかし、修行はまだ終わりではない。


 「次は……影の力をもっと深く、もっと広く使うためには?」


 その問いが、奏多の心を占めていた。古竜は言っていた。影には無限の可能性が秘められていると。それは単に物理的な力だけでなく、時間や空間、さらには命の流れさえも影を通じて影響を与えることができる可能性があると言った。


 だが、力を使うためには、もっと深い理解が必要だった。それは、奏多の心の深層にアクセスし、そこに眠る無限の力を引き出すことだ。


 そのとき、突然、背後から声が聞こえた。


 「お前、ずいぶんと強くなったな」


 奏多が振り返ると、そこには古竜が悠然と立っていた。彼はいつものように、少しだけ不敵な笑みを浮かべている。


 「だが、まだ終わりではない。お前には、もうひとつ試練を与える時が来た」


 「試練……?」


 奏多は少し警戒したが、古竜の瞳に浮かぶ光が、彼を引き寄せるような力を持っていることに気づいた。


 「お前はその力を使いこなす覚悟ができたようだが、それを証明するために、私はお前をひとつの場所に連れて行く」


 古竜は手を振ると、周囲の景色がゆっくりと歪み始め、次の瞬間、二人は異なる場所に立っていた。そこは、何とも言えない圧倒的な気配が漂う場所だった。


 「ここは……?」


 奏多がその場所に足を踏み入れると、全身に重圧がかかるような感覚が襲ってきた。目の前に広がるのは、深い闇のような空間。無数の影が蠢き、時折その影が奇怪な形を現し、まるで生きているかのように感じる。


 「これは、影の世界……だが、これは試練の場所でもある。ここでお前が乗り越えなければならないのは、力ではない」


 古竜の言葉に、奏多は何かを感じ取った。


 「心だ」


 「心?」


 「その力を使いこなすためには、心を鍛えなければならない。お前の心が弱ければ、その力はお前を飲み込むだろう。この場所で試練を受け、心を鍛えよ」


 その言葉を聞いた瞬間、奏多は悟った。この場所が、ただの修行の場ではなく、心の試練であることを。影の世界で試されるのは、力の使い方ではなく、心の強さだった。


 「お前がどれだけ強くなっても、心が乱れれば、その力は暴走する。だが、もしお前が心を鍛え、力を制御できるなら……」


 古竜は静かに言葉を続けた。


 「お前は本物のシャドーウォーカーになれる」


 奏多はその言葉を胸に刻み、心を静めた。そして、影の世界に足を踏み入れると、試練の始まりを感じ取った。


 この試練を乗り越えたとき、彼はさらに強く、そして成熟したシャドーウォーカーになることができる——そう、確信していた。

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