シャドーウォーカー、それ即ち陰キャなり

tanahiro2010@猫

第1話

 天内奏多は、その日もいつものように机に頬杖をつきながら、担任の退屈な話を聞き流していた。春の陽気が窓から差し込み、昼下がりの教室はどこかぼんやりとした空気に包まれている。


 しかし、次の瞬間——。


 視界が一瞬、白に塗りつぶされた。


 「——なんだ!?」


 まばゆい光の中で意識を取り戻したとき、奏多は見知らぬ広間の中央に立っていた。豪奢なシャンデリアが天井に輝き、壮麗な石造りの壁が彼を取り囲んでいる。目の前には黄金の装飾が施された玉座があり、そこには威厳に満ちた男——この国の王とおぼしき人物が座っていた。


 そして、その左右には彼と同じように呆然と立ち尽くすクラスメイトたち。


 「異世界召喚かよ……」


 事態を理解した奏多は、思わず小さく呟いた。剣と魔法の世界へと召喚される、よくあるファンタジーの展開。しかし、胸の高鳴りを抑えられない自分がいた。


 王は、まるで神託を受けた預言者のように、彼らに向かって告げた。


 「よくぞ参った、勇敢なる異邦の勇者たちよ。汝らにはこの国を脅かす魔王を討つ使命を与えよう」


 そして、彼ら一人ひとりに授けられる「固有スキル」が発表された。


 「炎帝の加護」「雷鳴剣」「神聖の盾」——どれも、強力な響きを持つ名ばかり。しかし、奏多の番が回ってきたとき、王の顔が一瞬困惑に歪む。


 「……『シャドーウォーカー』? 聞いたことのないスキルだな」


 周囲の騎士や文官たちが囁き合う。やがて、王はため息混じりに言い放った。


 「役立たずか……。ならば、ここで処刑するよりは、ダンジョンへと追放するのが妥当だろう」


 突如、奏多の運命は絶望へと変わった。


 そして、何の装備も与えられぬまま、魑魅魍魎が蠢く暗黒の地下迷宮へと放り込まれたのである。


 しかし、それは彼の「終わり」ではなく、「始まり」だった——。


 ***


 冷たい石床に倒れ込んだ奏多は、激しい頭痛と共に意識を取り戻した。どこまでも続く暗闇。カビ臭く湿った空気が漂い、遠くからは不気味な滴る音が聞こえる。


 「……クソ、いきなりこれかよ」


 周囲を見渡すが、光源は一切ない。試しに手を伸ばしてみると、指先が岩壁に触れた。ダンジョンの最下層——追放とは名ばかりの死刑宣告だった。


 それでも、奏多はただ死を待つつもりはなかった。膝をつき、深く息を吸う。


 「シャドーウォーカー……このスキル、何か使えないのか?」


 頭の中でスキル名を意識した瞬間、身体がふわりと軽くなった気がした。同時に、視界の端に仄かな影が揺らめく。


 「……影と一体化する能力、なのか?」


 試しに壁際の影に身を寄せると、驚くことに体が壁に溶け込むような感覚に包まれた。そして次の瞬間、奏多はまるで影そのものになったかのように、岩の隙間を滑るように移動していた。


 「こ、これは……!」


 驚愕と興奮が入り混じる中、突如足元の床が光を放った。転移トラップ——次の瞬間、彼の視界は歪み、目の前が暗転した。


 気がつくと、そこはダンジョンの最深部。巨大な岩の玉座に鎮座する漆黒の竜が、奏多を見下ろしていた。


 「ほう……久しいな、人の子よ」


 その声は地響きのように響き渡り、奏多は思わず息を呑んだ。

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