第一死望
小狸
短編
*
「自分の上位互換の人なんていっぱいいるのに、どうして私が私である必要があるんだろう」
「そこにいるのが、私である意味はないんじゃないか」
そう思うようになってからというもの、就職活動が上手くいかなくなった。
いや、当たり前である。
就活は唯一性を競う場所ではない。よりその環境、会社に即対応できる即戦力が求められているのである。
しかし、就活を続けてしばらくして周りを見ると、どうだろう。
大学生活頑張ったこと、努力したこと、何かをし続けたこと、資格を持っていること。
それを当たり前みたいに開示できる人ばかりではないか。
すごいと思った。
私は、オーケストラのサークルに入り、副団長をさせてもらったけれど、それくらいである。卒論もギリギリに提出したし、生真面目な学生だったとは言えない。
私の周囲の就活生は、皆やる気や根気に満ちあふれていて、ぜひ御社に入りたいと、謙虚さもかなぐり捨てて自己推薦して来る者が多くて、驚いた。
私には、そういうものは一切無い。
はっきり言ってしまえば、希望の職種というのも無い。
ただ何となく、皆が就活を始めたから自分も始めた、というだけの話なのである。
「就活で脱落すると将来が大変だよ」
と人は言う。
それはどうなのだろう。
私の場合、就活に失敗したら、行くアテが無い。
父は亭主関白の虐待親であり、私が高校時代に離婚、妹共々母に引き取られた。
母はパートをしながら、奨学金と併せて、大学の学費を出してくれた。
その恩、というモチベーションで頑張ることができないのが、私という人間なのである。
劣っている。
そして、そんな劣っている私を採る会社というのもまた、存在しなかった。
それもまた、当たり前である。
世の中には、常に自分の上位互換がいる。
自分が必死に頑張ってやろうとしてやっと手が届いたことを、いとも簡単に飛び越えてしまう者は普通にいる。
すごい人。頑張った人。努力した人。報われた人だ。
幾度となく会社からの「お祈りメール」が届くたびに、私は思ってしまったのだ。
そういう恵まれた人が、社会を回して行けば良いのではないか。
そういう幸せな人が、世の中の歯車となれば良いのではなないか。
そういう前向きな人が、世界のために頑張れば良いのではないか。
少なくとも、虐待のトラウマで男性に対する恐怖心を隠せずにいる自分なんかは、世に必要ないのではないか。
外出するたび、ワイシャツの背中が汗でびしょびしょになる。
妙齢の男性を見ると、父を、思い出すからだ。
殴られ、蹴られた記憶が、蘇るからだ。
このままでは就活に失敗してしまう。母にも、妹にも迷惑をかけてしまう。
焦った私は、更に企業の面接に申し込みまくり、落ちまくった。
御社が第一志望です、と何度言ったか覚えていない。
本当は第一志望なんて無かった。
働いて、税金を納めて、社会の仕組みの一つになって――そんな人生に耐えられるだけの要領の良さは、私には残っていなかった。
はっきりと、死にたいんです、とでも言えば良かっただろうか。
自殺すれば、労働の義務も、納税の義務も、社会の歯車になる必要もなくなる。
自由になれるからだ。
まあ、会社の面接は希死念慮の告白する場所ではないことくらい、理解している。
あなたの長所はなんですか。
この問いもまた、難しかった。
自分より上位の人間がいることが分かっているのに、長所? あるはずがない。どうせ上位互換の人間が、私の長所なんて塗りつぶすに決まっているからだ。
虐待されていたからパワハラセクハラ耐性があることです、とでも言えば良かったのか。
周りの就活生からはポンポン出てくる。
いいなあ、と思う。
きっと肯定されて、自分を否定されることなく、ちゃんとした自我を育てることに成功した、普通の家に生まれて、普通に悩んで、普通に頑張って、普通に努力して、普通に生きていることが許されてきたのだろう。
いや。
いつまでも家のせいにしてもいられない。
もう9月である。
そろそろ就職先を決めねば、後がない。
周りの同期たちのほとんどが、内定を取っている頃合いである。
私も頑張らねばならない。
心を入れ替えて、今日も私は、履歴書を書く。
しかし私の中のもう一人の私が、机に向かう私に対して、こう
「何を頑張るの?」
普通の人間への擬態、と。
心の中で私は、返答した。
(「第一
第一死望 小狸 @segen_gen
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