第3話 皮肉の下にある骨
「うん、もう大丈夫。切り替えたっ!」
フランはそう言うが、大丈夫な訳が無い。彼女の声はまだ悲しみを帯びている。それでも、先程よりは心なしか元気そうではある。さすが冒険者といったところだろうか。……そうだろうか。
「うーん、これからどうしようかな〜。今のわたし、
元の性格か、それとも空元気か。彼女はおどけたように言う。
「提案があるんだが。元の体に戻りたくはないか?」
元の体を取り戻す手伝いをする。それがフランに対して俺ができる唯一のことだろう。
他人のために何かをしようという気持ちが俺にまだ残っていたとは、自分でも意外だった。
「いいの、ネロ?」
早速呼び捨てである。馴れ馴れしいが、悪い気はしなかった。
「いいに決まってる」
そうと決まれば早速、迷宮探索の準備に取り掛かった。
裸一貫白骨むき出しのフランには、倉庫で見つけたローブを着てもらった。これも年代物だが、何も無いよりはマシだろう。暗く美しい
「どう? 似合う、これ?」
くるっと一回りして見せるフランは、そんな見せかけの風格など吹き飛ばすような活発さだった。俺にも何故か、そのほうがフランらしいと思えた。
フランの呪いを解く方法について、一応の当てはあった。目指すは、かつてこの迷宮の王・
俺がかつて読んだ
これは俺がかなり前に知った情報で、情報源の本は今手元にはない。確実な情報とは言い難いが、他に手掛かりもない。
「いいよ。わたしって今は殆ど不死身みたいだから、時間ならいっぱいあるからね」
切り替えが早すぎるのか、他人事のように語るフランからの了解は得た。玉座の間は、骸骨化の呪いを受けた、彼女にとって最悪の場所である。俺だけで行くからここで待っていてもいいのだが、それでもフランは「行く」と言った。
「わたしのために行ってくれるのに、わたしが逃げるわけにはいかないでしょ」
わたしこれでも冒険者だから、とフランは笑った。どこか誇らしげに、胸を張って。
玉座の間までの行程から逆算して、十分な量の水と食料をバックパックに詰め込む。玉座の間には1度しか行ったことはないが、毎日の巡回のお供である魔法の地図があればなんとかなるだろう。
「魔法の地図なんてあるんだ~~~? それってちょっとずるくない?」
フランが俺に凄んでくる。冗談だとはわかるが、
かつて冒険者としてこのダンジョンを正々堂々攻略しようとしていたフランには、長年の攻略の果てに生み出されたこの魔法の地図は、
そうして準備を整え、俺達は
魔法の地図で最短ルートを選べるとはいえ、迷宮の最奥に到達するには1週間ほどかかる。他の
何度目かの昼休憩にて。
手頃な岩に二人で座って、食事の時間となっていた。火の玉で照らされている迷宮内は、いつもどおり薄暗い。
俺は硬いパンをモソモソと食べ、水で流し込む。
「せっかく生きてるなら、もっと美味しそうに食べなさいよ。食べられない人もいるんだからね?」
フランが不満を垂れる。このように時々、身体が資本である冒険者目線の、厳しい食事指導が入るのだった。
「……うるさいな」
「だいたいあなた痩せ過ぎなのよ。
「っ……………」
あえて言及はしていなかったが、俺は人間としてはかなり痩せている方だ。鏡など殆ど見ない生活をしているが、不健康に見られる容姿なのは間違いない。なにか言い返してやりたいが、彼女の言っていることは概ね正しい。
「な、なら、お前も食べてみろよ、ほら」
苦し紛れの反撃、にもなっていない返事。誤魔化そうとして、俺はフランのむき出しの上顎骨と下顎骨の間に、パンを突っ込んだ。
「んん!?」
動揺したフランがパンに歯を立てる、噛みちぎる。
ちぎれたパンは、フランの口内を転がって、喉をすり抜け、ローブの中の胸腔内へと落ちていった。
二人の間に、微妙な空気が流れる。フランが立ち上がると、足元にパン切れが転がり出た。
「おお……」なんとも言えない興奮が、俺の内で湧き上がる。すっかり慣れてしまったが、目の前にいるのは、
「ねぇ、なんかテンション上がってない?」
「そんなことないぞ、そんなこと」
「うそ、見たことない顔してるもん。なんかやらし~~?」フランが自身を大げさに抱きしめる。
「もう行くぞ」俺は荷物を片付けてそそくさとその場を後にする。
「え、待ってよ〜」半笑いの
いつもふてぶてしい言動をしてくる
この探索も終わりが見えてきた夕食時。
二人で並んで座り、他愛のない話をしながら、俺だけが食べる。1週間ほど繰り返してきた食事の時間だ。これまでは、俺がフランの話を聞いているだけだった。
「ねぇ。よかったらで、いいんだけど」
フランが語りかける。そろそろだろうな、と俺も思っていた。
「あなたの話を聞かせてほしいな」
この探索の道中で、フランからは少しづつ、彼女についての話を聞いていた。一方で俺は、自分のことについてほとんど彼女に話していなかった。
これまで話さなかったのは、あまり人には話したくないという、ただそれだけの理由だった。
しかし、ここまで来て何も話さないままでいるというのも、間違っているのかもしれないと感じ始めていた。何より、フランになら話してもいい、と思えていた。
「……そうだな。まあ、大した話じゃないんだよ」
火の玉に照らされた薄暗い洞窟で、俺とフランが二人並んで座っている。他に人間は誰もいない。今なら、話せると思った。
物心ついた頃にはすでに、骨に心を惹かれていた。とはいえ、骨なんてそう目に入るものではない。
俺が初めて人間の骨を見たのは、故郷の村の葬儀場だった。
村の長老の葬儀で初めて訪れた葬儀場には、中心に安置された長老の遺体を見守るようにして、ご先祖様の白骨が祭壇に鎮座していた。
ご先祖様の白骨は、この世のものとは思えないほどの威厳で、村人たちを見下ろしていた。
その生きているものからは感じることのない厳かな美しさに、俺は魅入られた。
それから俺は、葬儀場に通うようになった。葬儀場に立ち入ってはいけないという掟はなかったが、それでも誰かに見つからないように隠れて出入りしていた。バレていないつもりだったが、やがて村中で噂になっていった。
俺が村の外れ者として扱われるのに、そう時間はかからなかった。
誰かの墓を暴いたわけでもない。誰かを傷つけて欲望を満たしたわけでもない。
それでも人間というものは、他人の魂から漏れ出る異臭にだけは敏感らしい。
みんな、なにかおぞましいものを見るような目で俺を見た。子供も、大人も、両親でさえ。
あの村に、俺の居場所はなくなっていた。
だから、働ける年になってすぐに村を出た。職を転々としながら、なるべく生きた人間と関わらずにすむ場所を探した。
人と関われば関わるほど、生身の人間のことがすっかり嫌になっていった。
結局俺は、
これからはずっと一人で生きていく。そう思っていた。少なくとも、フランと出会うまでは。
「そっか……。話してくれてありがとう」
「こっちこそ、聞いてくれてありがとう、こんな話を」
フランは、ずっと俺の話に耳を傾けてくれていた。
「じゃあさ、わたしを助けてくれたのも、わたしが
彼女がからかうように言う。
「そういうわけじゃないよ」
更に質問が続く。
「ネロは、今のわたしを、どう思ってる?」
「……きれいだと、思うよ」
雰囲気に負けて、正直に言ってしまった。
なら、と彼女は俺に問う。
「わたしが生身の人間に戻れたら、もう一緒にはいてくれない?」
俺はその問いに、答えることができなかった。
約1週間の探索の後、俺達はようやく、玉座の間にたどり着いた。
迷宮の最奥に突如現れた広い空間の真ん中に、ただ玉座だけが据えてある。無数の骸骨で装飾されたそれは、骸骨を美しいと思える俺でも尻込みするような、異様な雰囲気を纏っている。
怯えるフランの手を引いて、玉座の前まで歩いていく。フランが怯えるのも無理はない。彼女にとってここは、骸骨化の呪いを受けた最悪の場所なのだ。
「さあ、座って」
「う、ん」
フランは恐る恐るゆっくりと、
玉座に座った瞬間、ローブを纏った
俺はとっさに握っていた手を引っ込めた。やはり、どうにも生きている人間は受け入れられない。
フランが、青く輝く大きな瞳が、悲しみの表情を浮かべる。そんな顔をしてもだめだ。
「やっぱり、だめ?」
振り絞るようにフランが言う。俺は一歩引き下がる。
フランが玉座から立ち上がる。身にまとっていたローブを脱ぎ捨て、歩み寄ってくる。俺は、それ以上動けなかった。彼女は俺を抱きしめて、語りかける。
「わたしのこの身体の中に、あなたがきれいと言ってくれた
「…………」
「わたしがまた骨になるまで、信じてほしいな」
「フラン……」
そうだ。フランをきれいと思ったのは、ただあの白い骨がきれいだったからではなかった。
あの皮と肉の下にある
「…うん、信じるよ」
俺は力いっぱい、フランを抱きしめた。
皮肉の下にある骨 虎間 @torama110
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます