吸血鬼と飼育員

じゅん うこん

序章 バディ解体

1

 某日午前1時 日本海

「北北西約20キロにターゲットらしき船影確認」

 モニターを見ていた船員が皆に伝える。

「後はどれだけ接近できるかだな」

 川中島翔吾かわなかじましょうごは計器を見ながらつぶやいた。

 速度を上げればこちらが漁船でないことが相手に気付かれる。

 あくまで漁船を装いターゲットに接近しなければ、ターゲットの工作船は高速だ。 

 ウォータージェットを活かして逃走される。

 厄介なのは速度だけではない、速度だけなら翔吾達の乗る船も負けてはいないが、双胴型の工作船には重油が満載してありそのままT国まで逃げ切られてしまう。

 航続距離が違いすぎるのだ。

 しかも日本領海、せめて排他的経済水域内で抑えなければ手出しが出来ない。そこを誤ると国際問題だ。

「目視される直前まで接近してパワーボートで乗り込む。甲子こうこは援護を頼む」

「援護ったって、私の得物じゃ2キロが限界だよ。足止めがなきゃ届きゃしねえ」 

 正木甲子まさきこうこがぼやく、彼女の得物はわざわざ南アフリカから取り寄せた口径20ミリのライフルだ。

 それをカスタムして炸裂弾さくれつだん徹甲弾てっこうだんまで発射出来る仕様にしている。

 装弾数は3発だが、特殊砲弾が弾づまりジャムを起こしたら危険だ。事実上単発銃としての運用だ。

「わかってる。俺が水中翼を破壊したら船を加速させて有効射程まで接近、いつも通り俺の発信器ビーコンを基準に弾をばら撒いてくれ」

榴弾りゅうだんじゃダメ?いつもは陸だけど、海だと揺れるから当てにくいんだよなあ」

「おい殺す気かよ!!当てなくていい。榴弾りゅうだんなんか撃ったら俺に当たるだろ」

「はいはい。翔吾に当たったら運が悪かったと思って」

 甲子こうこ腕を組む。今は漁師に偽装して胴付き長靴とキャップ帽だ戦闘向けではない。

「信頼してるぞ甲子こうこ。今までフレンドリーファイアはゼロだろ」

 今回の任務は逮捕した暴力団員が吐いた、T国との覚醒剤取引現場での工作船の拿捕だほだ。

 秋のアオリイカ漁船を装い、ジグザグに船体を進め、工作船との相対距離をじわじわと詰めていく。

 取引相手と誤認させたまま接舷出来れば良いが目視されれば相手も馬鹿ではない。異変に気が付くだろう。

 海の上は怖い。武装した状態で転落すれば浮き上がれない。

 だからといって救命胴衣を作動させれば海上に浮かぶ的になる。まともな防弾能力はヘルメットだけだろう。

「そろそろだな」 

 翔吾がパワーボートに跨りタイミングを計る。

 現在相対距離5キロ、時速200キロのパワーボートで約90秒。

 工作船が停止したとしても、ライフルの射程距離まで近づくには4分弱。2分以上無援護で時間を稼ぐ必要がある。

「アルファ1準備完了」

「アルファ2準備完了。うっ、スコープ見てたら船酔するぞこれ」

「準備完了、了解。作戦開始まで10・9・8……」

 船長が時間を読み上げる。緊張が高まるなかオペレーションMの開始が告げられた。

 翔吾はパワーボートのエンジンを始動。

「アルファ1発進」

 翔吾はパワーボートを加速させ弧を描くように工作船に迫る。

 傍らには相棒のアサルトライフル。使わないに越したことはないがアタッチメントにグレネードランチャーを装着出来る。

 甲子こうこに頼んでヨーロッパから取り寄せ、アタッチメントを汎用性の高いものにカスタムした。 

 この銃を持ってから翔吾は被弾していない幸運のお守りだ。

 工作船の甲板に人影が現れたかと思うとパワーボートに乾いた音が響く。

「アルファ1からキャプテン距離700でターゲット発砲。当方損傷なし。まずいぞAK-74かもしれん」

 翔吾の相棒は取り回しと集弾性を優先したショートモデルだ射程ではフルスペックのライフルには負ける。

「キャプテン了解。射程外から発砲するのは練度の低い証拠だ。やれるなアルファ1」

「気楽に言ってくれる。アルファ1は回避運動に移行。アルファ2有効射程まで到着後合図願う」

「アルファ2了解」

『さて回避といってもな……』

 翔吾の乗船するパワーボートは速度優先仕様だ。

 装甲は正面にしか付いていない。

 蛇行して柔らかい横腹を見せれば火線の餌食になる。

 高波を壁にして450馬力×2のエンジンで急加速して距離を詰め引き波に合わせて減速距離を取り相手に無駄弾を撃たせる。

 一度弾倉を空にすれば接近出来る。

『うっ、これは中々……』

 加減速に高波の高低差が三半規管を痛めつけた。

 しかし思惑通り、敵船からの射撃は海面を撃ち続けている。

「アルファ2からアルファ1。ターゲットを射程に収めた。射撃を開始する」

「アルファ1、了解。アルファ2の初弾確認後突撃する」

「キャプテン了解」

「アルファ2了解」

 甲子は翔吾に誤射の恐れのない初弾に榴弾りゅうだんを装填して狙いを定める。

 発射から着弾まで約2秒、波による上下動から2秒後を予測してタイミングを測り引き金を絞る。

「アルファ2、榴弾発射りゅうだんはっしゃ

 暗闇の中で射撃音が広がる、着弾の確認は出来ない。

「アルファ1突撃」

 翔吾はスロットルレバーを倒し最大加速。

 身を低くしながら、敵船の様子を観察する。

 甲板の人影は無秩序に動いている。

 甲子こうこの射撃は効果があった様だ。

 翔吾は愛銃のアタッチメントにスタングレネードを装着、人影がボートの方を向いたタイミングで発射する。

 甲板が閃光と爆音に包まれる。

「馬鹿野郎グレネード使うなら知らせろ。こっちはスコープ使ってんだぞ。利き目をやられた。以後は発信器ビーコンでの炸裂弾さくれつだんレーダー射撃に移行。アルファ1ぼさっと同じ場所にいると当たるぞ」

「アルファ1了解。すまんいつも通り頼む」

 甲板が閃光と爆音に包まれるなか翔吾は接舷してアサルトライフルを乱射する。

 甲子のライフルは翔吾の持つ発信器ビーコン目掛けて発射される。

 発射から着弾まで約2秒、甲子の射線の通る場所に2秒間いなければ理論上は翔吾に当たらない。

 ただし理論上はだ。船舶同士が動いているため狙った所に弾が飛ぶ保証は無い。

 案の定甲子の放った炸裂弾さくれつだんは放物線を描き、高波で浮き上がった工作船の船体に突き刺さる。

「あっ!!船体に当たったぞ」

 双眼鏡で見ていた船長が声をあげる。

 工作船の船体、双胴部分は燃料タンクだ。

 そこに炸裂弾が突き刺さり炸裂する。

「アルファ1撤退しろ。ターゲット爆破炎上の恐れあり」

 完全な軍用艦なら装甲に弾かれるか防漏ぼうろうタンクで大事には至らないが、あいにくとターゲットは速度優先、戦闘より逃走を優先した工作船だった。

 満載した重油に火が周り船体から炎が噴き上がる。

 紙一重の所で翔吾はボートに乗り移り爆発から難を逃れる。

「熱っ。アルファ1撤退。複数のT国工作員が海面に避難。救護ボートの投下願う」

「キャプテン了解。アルファ1は状況撮影後帰投せよ」

 ターゲットの轟沈ごうちんをもってオペレーションMは終了したのだった。

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