第3話 夏の匂い

「…………うわぁ」



 それから、数十分経て。

 今日幾度目かの、感嘆の声を洩らす僕。そんな僕の視界には、真っ赤に熟した数多のトマト。今、彩氷あやひと僕は元輝げんきさんの案内の下、彼の所有する広々とした畑へと足を運んでいて。



『……そうだなぁ。それなら、収穫を手伝ってくれないか? ちょうど、トマトが熟す時期なんだよ』


 数十分ほど前のこと。

 なにか出来ることはありますか――そんな僕の問いに、思案の表情を浮かべつつそう口にする元輝さん。もちろん、お断りする理由など何処にもない。そもそも、こっちから申し出たわけだし……それに、楽しみだし。以前まえから興味あったんだよね、こういうの。




「おう、上手えもんだな真昼まひる!」

「あ、ありがとうございます元輝さん!」

「あれ、元輝さん。俺は褒めてくれないの?」

「お前はもう何回も褒めただろ、彩氷」

「えー、別に何回褒めてくれても良いんだけど」


 それから、十数分経て。

 和気藹々とした雰囲気の中、次々とトマトを収穫していく僕ら。まあ、僕はまだまだぎこちないし、きっとお世辞で褒めてくれているのだろうけど……うん、それでも嬉しい。


 ともあれ、その後も楽しい雰囲気の中トマトを収穫していく。眩い陽の光に照らされ、いっそう鮮やかに輝く熟したトマトを。


 ふと、そっと目をつむる。仄かに漂う土の、風の……夏の匂いに、どうしてか心が落ち着く。それに、どこか懐かしい……ああ、なんかあの時に似てるかも。小学生の頃、学校で野菜を育てていたあの時と。……えっと、確かキュウリとナスだったっけ。ともあれ、あの時もこんなふうに……うん、楽しかったなぁ。




「――ありがとな、彩氷、真昼! お陰さまで楽できたぜ!」

「あっ、いえそんなとんでもないです!」

「まあ、俺達にかかればこんなもんだよ。なんならひれ伏してくれてもいいんだよ?」

「ありがとな、真昼。お陰で助かったぜ!」

「俺への感謝が消えた!?」


 それから、十数分経て。

 そう、晴れやかな笑顔で伝えてくれる元輝さん。そんな彼に、僕らもそれぞれ返事をする。それにしても……さっきと言い今のと言い、気の置けない仲であることがお二人のやり取りから十二分に伝わる。いったい、どんな関係なのだろ――



「――ところで、良かったら食ってみるか? そのトマト」

「……へっ? ……いいん、ですか?」

「ああ、当然だろ? 採れたては格段に美味えぞ」

「あ、ありがとうございます!」

「ありがと、元輝さん」


 すると、思考の最中ニカッとした笑顔でそう告げてくれる元輝さん。既にお食事をいただいている中、少し申し訳ないと思いつつもお言葉に甘えることに。そういうわけで、軽く土を洗い落とし齧ると――


「…………美味しい」

「だろ? 採れたては格段だからな」

「それさっきも言ったよ、元輝さん」

「別に良いだろ? 大事なことなんだから」


 そう、ポツリと零す。すると、頗る嬉しそうな笑顔で答える元輝さん。そして、そんな彼に楽しそうにツッコミを入れる彩氷。そんな和やかな雰囲気に、思わず僕もクスッと笑う。


 ところで、それはそうと……うん、こんなに美味しいんだ、採れたてって。それこそ、大袈裟でなく感動するくらいに。……でも、それだけが理由じゃない。これが他ならぬ元輝さんが育てたからこその美味しさであることは、こんな僕にも分かるほどに明白で……ほんと、すごいなぁ。








 

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