2話
時間は流れ現在、四限目の数学。一纏めにした黒い長髪と、メリハリのある体。朱色に花柄の着物と深い黒の袴を着た女性は数学担当の
が、僕はそんな千草先生の授業に一切耳を傾けてはいない。
教科書を机に立たせ部品を組み立てる。
「つまり、ここの公式を作ることで、この問題は解くことが出来ますッ!」
「あだッ!」
突然、僕の額に鋭い痛みが走り、僕は後ろにのけぞるが、ギリギリの所で踏ん張り椅子からの転落を回避する。そしてすかさず、自分の机の上を確認する。よし、部品は何も落ちてないな。
僕は人の気配を感じ目線を上に移す。そこには、数学担当の犬山千草先生が笑みを浮べて僕を見下ろしていた。
「藤堂楽君」
「は、はい」
「授業を聞かずに発明をしているという事は、数学は完璧ということですよね」
「え、えっと……」
「よろしい。では、この問題を解いてみなさい!」
千草先生は僕の答えを聞くよりも早く、黒板を指さす。黒板には無数の公式と数字が規則正しく、黒板を埋め尽くしている。……えっと多分──……
「X=Yの二乗」
数秒感、教室に沈黙が入る。そして、千草先生ははぁと大きく溜息を吐くと
「正解です」
と少し忌々しそうに答える。
「「おぉー」」
教室から感嘆な声が聞える。
僕はホッと安堵の息を吐く。幸いにも予習したところで助かった。これで、千草先生からお叱りを受けることは無いだろう。
「では、反省文五枚を放課後に提出ですね」
「えっ! 答えたんだからお咎め無しなんじゃないですか!」
「誰もそんなこと言ってませんよ。私は、この問題を解いてみなさいとしか言ってません」
た、確かにそうですけど。
「それに大体これは何ですか? ステッキ? 貴族の学生にでも渡すつもりですか?」
千草先生は僕の机に置かれていた発明品であるステッキを持ち上げる。
「あ、先生それまだ作りかけ!」
僕が言った瞬間、千草先生の指がたまたまスイッチに辺りステッキの端のパーツが勢いよく跳ぶ。そして千草先生の額に直撃した。
千草先生のこめかみに血管が浮き出る。
「藤堂楽君。反省文十枚追加です」
「……はい」
そこで見計らったように教室に授業終了のチャイムが鳴る。
「どうやら今日はここまでのようですね。皆さん、各自予習と復習を怠らないように。ではさようなら」
千草先生はそう言い残すとその場を後にした。それに釣られて他の生徒達もゾロゾロと教室に出て行く。
僕は机に散らばっている部品を手早く片付け鞄に入れると教室を後にする。確か次の教室は三階だったよな。
「ラク」
「あ、ラビか。今から昼食か?」
教室を出ると、朝一緒に朝食を取ったラビに呼び止められる。
「そうだ。ラクも一緒にどうだ?」
ラクは手に持っている昼食であるパンを僕に見せる。
「ゴメン。今日は昼食はいいかな」
「そうなのか? どうして」
「その……これ完成させたくてさ」
僕は今し方、授業中に作っていたステッキを見せる。
「もしかして、今日の告白のプレゼントか?」
「そう……って言っても完成できるか分からないけど」
「ラクなら完成出来るさ……まぁ、その前に件のナオをどうやって告白の現場に呼び出すかのほうが大事なんだがな」
「う、それは…そうだな」
そうなんだよなー。結局、奈央さんに会わないと始まらないんだよなー。でも……会う機会が無い。
奈央さんは経済学科。その名前の通り、経済やお金について考える学科。それに比べて僕は発明学科。機械の研究、発明をする学科。
つまり同じ学年でも違う学科だとまったく会う機会がないのだ。しかも、僕は貴族や大企業の息子とかではないのでそう言う人達の集まりに参加して会うことも出来ない。
「そう言えば占いは当ったのか?」
「占いって、エヴァン先輩の占いか?」
「そう。殴られたか?」
「いや……まだだけど」
まぁチョークはぶつけられたけど。
「なら、今から殴られにいくか?」
「いきなりだね。ていうか殴られにって、何処に行くの?」
「それは、沢山人がいるところだ」
僕は頭を捻るとラビが僕の腕を引く。そして、連れられたのは今日の夜に告白する予定の中庭だった。
そこでは数十人の学生が、複数のグループを作り昼食を取っている。昼の中庭は、生徒達にとって憩いの場なのだ。
「人がいるところならラクを殴りたいと思っている人がいると思ったのだが」
「いや、そんな僕人に恨まれることしてないよ」
ラビは一見クールで物静かに見えるがかなり天然だ。さっきみたいに急に突拍子もないことを言ったりする。ただ、たまにその意見が僕達を救う事があるためラビの意見を聞くのは僕とエヴァン先輩、里沙の共通認識なのだが……今回は、どうやらハズレだったらしい。
「そこを通して下さい」
僕の鼓膜がその艶やかな声を察知する。この声は!
僕はくまなく中庭を見渡す。すると中庭の隅に数人の男子生徒達が集まっていた。それだけなら何も問題ない。
ただしその男子生徒の間には見覚えのある黒髪が見えた。僕は気がつくとその場に向かっていた。
「あ、ラクどうした!」
ラビの静止の声など既に聞えない。
僕は、男達の側まで来ると声を張り上げる。
「あんた達! 何をしているんですか!」
僕の声を聞き、男子生徒達がコチラを向く。顔立ちから紅獅子寮の生徒達だろう。ただし制服は改造し髪は染色していた。
恐らく両親のコネで入ったが、この学校の授業について行けず落ちぶれた落伍者生徒だろう。どの寮にも数人はそういう学生が存在する。
「あぁ? てめぇ、何だよ?」
「レイブンが話かけんじゃねぇよ!」
そして、僕の耳は確かだった。彼ら落第不良生徒の間には黒狗奈央さんがいた。
紅獅子寮の生徒達に睨まれて怖くないと言えば嘘だ。滅茶苦茶怖いし、声をかけたことを後悔している。しかし、奈央さんの目の前でかっこ悪いところを見せたくないという、気持ちがギリギリ僕をこの場にト止める。。
「そ、その人を離して上げてください! 嫌がってるじゃないですか」
僕はなけなしの勇気を振り絞り男子生徒達に声をかける。しかし、男子生徒達にまったく効果は無い。
「俺達は何もしてねぇよ」
「ただ、少し話をしてただけだよ、なぁ」
男子生徒の一人が奈央さんの肩に触れる。奈央さんは触れた瞬間、ビクリと肩を震わす。その瞬間、僕の中の何かが切れた。
「辞めろって言ってるだろ!」
僕はレオン寮の生徒達に向かって突進する。そして拳を握り一直線に拳を突き出した。しかし、喧嘩なんて一度もしたことが無い僕の拳が、曲がりなりにも不良をしている彼らに当るわけも無くスカッと僕の拳は簡単に避けられた。そして僕はそのまま勢い余ってその場に転ぶ。
不良生徒の間で下卑た笑いが巻き起こる。
不良生徒の一人が僕の髪を掴み持ち上げる。僕は髪を引っぱられ鋭い痛みを感じる。
「あのさぁ、正義感かなんだか知らないけどお前ウゼェよ。さっさと消えてくれない?」
僕の髪を持ち上げた不良生徒は心底僕を馬鹿にした瞳を向ける。その瞳が僕の心を打ち砕く。この場から逃げ出したくなる。
けれど──
僕はチラリと奈央さんを見る。奈央さんは心配そうに僕を見ている。もし、ここで逃げたら奈央さんはどうなる。きっと、酷い目にあってしまう。僕の脳裏には、様々な嫌な想像が駆け巡る。そんなのは絶対に──
「……い、嫌だ」
「あっそう」
次の瞬間、僕は勢いよく額を地面に打ち付けられた。額は割れ、鼻はツーンとした痛みと共に鼻血が出る。僕は顔の痛みを必死に我慢して、その場に蹲ることしか出来なかった。
そんな僕を見て不良生徒達の間で再びゲラゲラと醜い笑いをする。そして、容赦なく蹴り、踏んづけ僕をトコトン痛みつける。次第に痛みと情けなさから涙が溢れる。
「あぁ泣いちゃった。可哀想にっ!」
次の瞬間、僕の背中に鈍い痛みが走る。
「ほらほら、立たないと!」
次に僕は腹を蹴られる。腹のなかの物が出てきそうになるのを必死に飲み込む。
「テメェら! 何してやがる!」
その時だった少し離れたところから、野太い声が聞える。恐らく、僕のこの現状を見た誰かが助けを呼んだのだろう。
「やっべ。ずらかるぞ!」
不良生徒の一人がそう言うとゾロゾロとその場を後にした。
どうやら不良生徒達は、こんな人目のつくところで暴力を振るうほどの馬鹿だが学校の教員などに手を出すほどの馬鹿では無いらいしい。
不良生徒達が完全にいなくなると僕の体はグイっと地面から起こされる。隣を見ると三十代ぐらいの無精髭を生やしたおっさんが肩を貸してくれた。確か……この用務員の白川(しらかわ)銀司(ぎんじ)さんだったはず。
「カスタの褐色の坊主がお前を助けて欲しいって言ってよ。坊主大丈夫か?」
「あ、はい……あの、それよりも奈央さんは」
「私なら大丈夫よ」
声のしたほうに目線を移す。目の前にはまるで、人形だと思うほどの美しい奈央さんの顔がそこにはあった。ていうか近い! 僕の体は燃えたのかと思うほど熱くなる。気恥ずかしさから、顔をそらそうとすると
「そらさないで」
奈央さんの白魚のような手が僕の頬に触れる。その手はヒンヤリしていて気持が良い。奈央さんはポケットからハンカチを、鞄から水筒を取り出す。そして、水筒に入っている水でハンカチを濡らすと優しく傷に押し当ててくれた。
「応急処置よ。傷はすぐに手当しないと感染症にかかる恐れがあるわ。すぐに医務室に行くこと。そのハンカチは上げるから傷に押し当てておきなさい」
「は、はい。分かりまし……た」
僕は奈央さんからハンカチを受け取る。
「それと、ありがとう。とても、かっこよかったわ」
奈央さんはいつものクールな表情から一変、僕に優しく微笑みかける。
「それじゃ、また」
「あ、あの! 今夜十時! 中庭の桜の木の前に来てくれませんか!」
気がつくと、僕はその場を立ち去ろうとする奈央さんに声をかけていた。って、僕は何を言ってるんだ!何か弁明を口にしようとするが、中々言葉が出ない。
奈央さんは、クルリと僕のほうに向き直る。
「それは、私に見返りを求めて言っているのかしら?」
振返った奈央さんの表情はいつものクールな表情に戻っていた。僕はどう答えるのが正解か分からずしどろもどろに答える。
「えっと……その……」
「良いですよ。来てあげます」
それだけ言い残すと奈央さんは踵を返してその場を後にした。僕はまさかの奈央さんの言葉に呆けていると肩を貸してくれている銀司さんが茶化すように僕にいう。
「ヒュー。中々やるじゃねぇか。坊主。じゃぁ、医務室行くぞ」
「は、はい」
その後、僕は銀司さんに寄って保健室に担ぎ込まれた。午後からの授業も欠席した。
余談だが今回の一件が千草先生の耳に入り反省文の件はチャラになった。そして僕午後の授業を欠席したことで、なんとか奈央さんに告白の時に渡すプレゼントを完成させることが出来た。
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