第17話 犠牲の増幅

「なあ、貝塚。これはどういうことなんだ?」


海斗の目の前には一年の担任ではなく、拓斗の、三年の担任がいた。


「僕は知りません」


「ついに弟までも兄にそそのかされてしまったのか。先生は残念だよ」


「だから僕じゃないです」


あくまで冷静に受け答えをしている海斗だが、この担任がそう簡単に解放してくれるはずがない。


「カバンの中に大量の怪文書が入っていたじゃないか」


「兄の時のように、誰かが僕を嵌めたんです」


「こんな時でも兄を庇うなんて、健気な弟だ。さすが兄弟、同じような言い訳をしやがる」


「先生、口が悪いですよ」


カバンに怪文書が入っていたこと以外、何の証拠もない。しかし、逆にこの証拠があるせいで疑いが晴らせない。


「兄弟揃って生意気な奴らだ。先生が言ってるんだから、さっさと認めないか」


「そういう主観的な考えはどうかと思いますよ。僕はやっていない、それだけです」


「はあ、お前の担任もそう言っていたな。委員長である貝塚海斗がこんなことをするはずがない、と」


嵌めた生徒は誰なのか、もう分かっていることなのに、言っても多分この教師は信じないだろう。


「僕のことも、兄のように処分を下すおつもりですか?」


「そういう冷静で余裕なところが気に食わないんだよ。子供は子供らしく、大人の言うことを聞いていればいいんだ」


「僕の担任が良いとは言わないと思いますよ。あの人は僕の味方なので」


「本当に委員長というのは厄介だな。変なところで信頼を勝ち取って、面倒くさいたらありゃしない」


密室に二人、向かい合わせtに座り始めて既に一時間。攻防戦はまだまだ終わらない。


「僕はやるべきことをやっているだけです。あなたのように勝手にいちゃもんつけるような教師を、僕は許さないですよ」


「お前が許さなくとも、先生はどうってことない。学校は先生が正義だ、生徒にとやかく言われる筋合いはないね」


「先生は分かってないですね。僕の親戚がどれだけの力を持っているのか、どうして兄の謹慎期間が短くなって、反省文までもなしになったのか。よく考えたほうがいいですよ」


その時、外からドアを勢いよく叩く音が聞こえた。


「貝塚、そこにいるのか。先生、何の用でうちの生徒を呼び出しているんですか」


「入ってもらって大丈夫ですよね?」


拓斗の担任は悔しそうな顔をしている。


「もう嗅ぎつけたのか。入ってもらうも何も、話はこれで終わりだ。職員会議にかけさせてもらうから、覚悟しておけよ」


ドアを開けた先には、海斗の担任が立っていた。


「先生、これはどういうことですか」


「別に何もない。ただ話をしていただけだ。続きは職員会議で説明しようじゃないか」


拓斗の担任は職員室に戻っていった。


「貝塚、大丈夫か?」


「大丈夫です。それより、どうしてここが分かったんですか?」


「職員室の先生たちが噂しているのを耳にしてね、それで探していたというわけだよ」


とりあえずの危機は回避した。海斗は職員会議で決定が下されるまでの短い間で、生徒会書記の女子生徒に話をつけに行くことにした。




放課後、海斗は生徒会室前にいた。


「あら、あの時の。今回は何の用かしら」


「生徒会長、書記の方に話があるのですが」


「申し訳ないけれど、あの子は今日、学校を休んでいるわ」


「そうですか、ではまた……」


「待ちなさい」


海斗は理由を聞かず、その場を立ち去ろうとしたが、生徒会長は海斗を引き留めた。


「何でしょうか」


「私の後輩が、あなたたち兄弟に迷惑をかけているみたいね」


「やはり気づいていたんですね」


「今回の怪文書事件、秘密にしておいてくれないかしら」


生徒会長が何を考えていて、どこまで知っているのかわからない。海斗は生徒会長が動き出さない理由を知りたかった。


「真実を知っているはずなのに、どうして協力してくれないんですか」


「あなたのお兄さん、貝塚拓斗と私は今ゲームの最中なの。それが終われば、必ず全て終わらせると誓うわ」


「でも、兄はそれどころではなくなっているんです。僕も同じように」


「あなたたちなら、疑いを晴らすことが出来るはずよ。私はどうしても、あの子を放ってはおけないみたいだから」


海斗は生徒会長と書記の関係が普通ではないことを確信した。ただそれは、恋愛関係などの浅はかなものではないとも思っていた。


「兄は、あなたのことを大事に思っていますよ。あなたと交流していく中で、楽しみが一つ増えたように生き生きとしているのを、僕はもう一度見たいだけです」


「弟くんはよく見ているのね。私も同じように思っているわよ。でもどうか、あの子のことは貝塚拓斗に秘密にしてほしいのよ」


「もう、生徒会書記が『模倣犯』だということは伝わっています。これ以上のことは、何も伝えていません」


「あなたは頭がいいのね」


「これは兄自身が気づくべきだと思うので」


「協力者があなたで良かった。後は私に任せなさい。本当にありがとう」


生徒会長は生徒会室に、海斗は拓斗に説明するために家に帰っていった。




俺が家でのんびりしていると、海斗が学校から帰ってきた。


「兄さん、ただいま」


「おう、遅かったじゃん」


「残念なお知らせがあるよ。僕じゃどうしようもできなかったんだ」


「どういうことだよ」


海斗が失敗したのか? あれから近況報告を受けていなかったが、それは上手くいってるからだと思っていた。


「僕も怪文書事件の犯人として疑われているんだ。これ以上は動けないよ」


「そんな、どうして言ってくれなかったんだ」


「兄さんに心配をかけたくなくて、出来るだけどうにかしようとしたんだけど……」


「あのクソパワハラ教師か。あいつ、弟にまで手を出しやがって」


「先生に疑われたらどうしようもなくなっちゃって、ごめんね」


海斗まで、俺みたいに辛い思いをさせてしまっている。発端は俺が一人でどうにかできなかったからだ。謝るのは、俺のほうなのに。


「お前のせいじゃない。悪いのは全て犯人なんだ。お前、クラスでいじめられてないか?」


「うん、それは大丈夫だよ。僕にも友人がいるから」


「そうか、何かされたら俺にすぐ言えよ。今度こそ俺がどうにかしてやる」


義理でも大切な弟だ。俺は兄だから、弟を助ける立場にならなくては。


「兄さん、あんまり気負いしないほうがいいよ。僕は大丈夫だから、自分のことだけ心配して」


「本当にできた弟だよ、お前は。お前のことも含めて、友人に報告しておくよ」


「あの人は頼りになるからね。きっと兄さんの力になってくれるよ」


「ああ、そろそろ役に立ってもらわなきゃ困るさ」


友人は友人で、もう事を把握しているような気がする。期待し過ぎだろうか。


「僕は、兄さんの役に立てたかな」


「もちろんさ。ありがとう」




俺の携帯電話が突然鳴り出した。


「やあ、拓斗。報告がある」


「いきなりどうした。今、海斗と話をしていたところなんだが」


「そうそう、海斗のことだよ」


「お前まさか……」


「海斗には何の処分も下らないから安心してくれ。それだけだ」


やっぱり思った通りだ。さすがに先回りすぎて怖い。


「はあ、お前には頭が上がらないよ。海斗に伝えればいいんだな?」


「その通り。では、僕は用事があるから切るよ」


一分もない会話で、俺の弟が救われたことを理解した。




「海斗、お前には何の処分もないそうだ」


「あの人からだね。行動が早くて尊敬しちゃうよ」


「安心して明日から委員長として頑張ってくれ。お前ならばかみたいな疑いをすぐ晴らせるだろ」


「兄さん……」


「もう調査はしなくていい、俺が、どうにかするよ」


そうは言ったものの、本当は、これ以上どうすればいいのか分からなかった。

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