冥府の門②
途中休憩を挟みつつ、リシャール隊は徐々にフューメ山へ近付いていく。景色は小規模な林や丘が多くなり、先程あった報告通り、確かに澄んだ晴天ではあるが空気が異様に生温く、ベルナデットたちは何か澱んだものを肌で感じ取っていた。フューメ山には全体的に靄がかかっており、それはただの靄ではなく、瘴気だと皆は分かった。
「・・・いるな、近くに魔獣が」
「はい。殺気を感じます」
リシャールの言葉にオリヴィエはそう答えた。すると、その話を聞いていたかのように、隊の前方にある茂みから禍々しい獣――魔獣がゆっくりとした足取りで現れた。
元の動物は猪だが、その牙は肥大し、目が赤く血走り毛は黒く、体も野生の猪より大きくなっている。何より、全身から殺気が溢れ出ていた。もう一頭も、反対側の茂みから出て来た。隊の者は皆、得物を構える。初めて実物の魔獣を見たベルナデットは、屍兵や帝国兵とはまた違う、緊張感と恐怖を感じた。
「ベルナデットはオレの後ろにいてくれ。手は煩わせない」
「でも・・・」
「大丈夫だ。魔獣の相手なら慣れている。ベルナデットは瘴気の浄化と冥府の門をぶっ壊すっていう大役があるんだから、ここで怪我させるわけにはいかねーよ」
怯えながらも何とか前に出ようとするベルナデットに対し、ラウルはベルナデットを守るように背中で庇う。そんな話をしている内に、二頭の魔獣は隊員たちに向かって突進してきた。
「はっ!」
隊の一番槍であるオリヴィエは、リーチの長さを活かして突っ込んでくる魔獣の額に向かって突き刺す。
「ギィィィ!!」
魔獣は甲高い悲鳴を上げて動きを止める。ただの野生動物ならばそこで絶命して倒れるが、魔獣にその気配はない。魔獣はそこから動く気配を見せたので、オリヴィエはすぐさま槍を引き抜いた。
「えっ、どうして!?」
ラウルの背後で様子を見ていたベルナデットは、思わず声を上げてしまった。
「あれはオリヴィエが槍を折られる前に、敢えて抜いたんだ」
剣を構えたラウルは、前を見据えたまま答えた。
「槍が折られる・・・!?」
ベルナデットが驚愕している間にも、オリヴィエの槍が抜けた魔獣は、怒りながらもその場から逃げようとする。そこへすかさず、リシャールが馬上から魔獣を斬り付ける。魔獣はまた悲鳴を上げながら、再度突進しようと体勢を立て直したところで脇腹をオリヴィエが突いた。
「グギィイ!!」
魔獣は断末魔の鳴き声を上げ、血を噴き出しながら倒れた。同じ頃に、もう一頭の魔獣も倒された。
「・・・何だ、オレの出番は今回はなかったな」
剣を下げながら、ラウルは残念そうに呟いた。一方でベルナデットは、息絶えた魔獣を見つめながら、手練れの騎士が数人がかりでやっと倒せたことに驚きと恐ろしさが入り交じった気持ちになる。そして、こんな手強いものを一人で相手をしたジャンヌに対して、畏敬の念を禁じざるを得なかった。
魔獣を倒すためにバラバラになっていた隊員たちが、元いた場所に集まってきた。
「皆無事のようだな。この空気からも、恐らくこれから魔獣が増える可能性がある。全員武器は抜き身にしたまま、フューメ山に向かうぞ」
リシャールは隊員たちにそう呼び掛けた。リシャールの言う通り、隊員たちは皆、本能的にフューメ山から目を背け、逃げ出したくなるようなものを感じ取っていた。だが、その先にある冥府の門を一つでも多く破壊しなければ、ずっと魔獣や屍兵に対し、王国軍も民も苦戦を強いられるのだ。隊員たちはより気を引き締め、フューメ山に向かって前進する。ベルナデットも緊張して乱れる呼吸を何とか抑えつつ、歩みを進めた。
■
――山に近付くにつれて、周囲の草木が枯れており、荒れ地になりかけていた。山に入る直前まで何度か魔獣と戦い、“やはり少女の教えは本当であった”とベルナデットと隊員たちは痛感した。そして山道に足を踏み入れた途端、息苦しさと酷い臭いが鼻をついた。
「うっ・・・何、この臭い・・・」
ベルナデットは鼻の奥で、ミルクのすえた臭いと、生臭く肉が腐った臭いとが混ざった空気を感じ取った。何かを思い出す臭いであり、それが何なのか正体を探ると、強く思い当たるものがあった。――生き物が死んだときの臭いである。
「ひっでえ死臭っつーか、それに血の臭いも混ざってる・・・うええ・・・」
一息で言い切ったラウルは、えずくのを何とか堪えた。ベルナデットは鼻と口を片手で覆いつつ、隊員たちの様子を見る。皆顔を歪めて臭いに堪えているようであった。臭いだけではなく、空気も霞がかっており、視界が悪い。息苦しさも更に増してきた。
「既に瘴気が漂っている・・・皆、なるべく空気を吸うな! っゴホッ・・・」
リシャールはそう叫んだ後に咳き込んだ。瘴気は“病の風”そのものである、とベルナデットは村にいるときに教わったことを思い出した。このままこの場に居続ければ、皆の体調を崩す方が先になってしまう。ベルナデットはそんなことを考えながらちらりと聖剣を見た。――聖剣は、このときの為にあるのだ。おもむろにベルナデットは、聖剣を両手で掲げた。
(聖剣よ、どうか、瘴気を浄化して・・・!)
聖剣にそう念じると、聖剣はベルナデットの願いに応えるように輝き出した。その光と共に、徐々に息苦しさや酷い臭いが消えていく。光が収まると、元の山の空気に戻っていた。
「・・・これが聖剣の浄化の力か・・・」
リシャールはベルナデットと聖剣を見つめながら、感嘆しつつ呟いた。
「助かった・・・このままここにいたら全員倒れてたかもしれねえな・・・。ベルナデットは救世主だ!」
ラウルは先程まで青ざめていたのが一転して、いつもの様子に戻っていた。
「凄いのは聖剣だよ。・・・でも、この山全てを浄化できたわけではないみたい」
ベルナデットは今いる地点から上を見る。頭上にはうっすらと瘴気の靄がたなびいているのが分かった。
「周囲を浄化しつつ門まで接近し、瘴気の出所である門を破壊しなければならない、ということだ。・・・この先にも魔獣がいるかもしれない。気を付けて進むぞ」
「はい!」
リシャールの言葉に対し、隊員たちは声を揃えて答えた。
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