再会

勝利した王国軍が砦に引き上げる頃には、日が沈みかけていた。ベルナデットは、疲れきった兵士たちで混雑する砦のエントランスでニアの姿を探し、ようやく後ろ姿を見つけ出した。

「ニアさん!」

 ベルナデットはニアの元へ駆けつけ、ニアも振り向いた。

「あらベルちゃん! 今日もお手柄だったわね!」

「ありがとうございます。・・・あの、手の怪我は大丈夫ですか?」

「怪我? ああ、あの傷なら回復魔法で治したわよ。ほら」

 ニアはそう言って先程切った手の甲を見せた。確かにあったはずの傷は綺麗に消えている。

「私が天才魔術師で良かったわー。ちょっとした怪我なら魔法で治せちゃうからね!」

 ニアは得意気に言い切った。

「本当だ・・・凄いですね・・・」

 ベルナデットも思わず感心してしまった。

「・・・ベルちゃん、私が怪我したことを気にして、わざわざ声を掛けてくれたんでしょう?」

「う、はい・・・やっぱりどうしても気になってしまって・・・本当にごめんなさい・・・」

 ベルナデットが改めて謝ると、ニアは苦笑した。

「ベルちゃんが謝ることなんて一つも無いわよ? だって、私は“ベルちゃんを守る”っていう任務をこなしただけなんだから。・・・それにしても、ベルちゃんのあの反撃は見事だったわね。前までのベルちゃんだったら、いくら聖剣の力があっても私が負傷したことに動揺してすぐに動けなかったと思うのよね。でも、今回は咄嗟に反撃できた。きっと精神的にも強くなってるのよ」

「そうでしょうか?」

 ベルナデットはニアに訊き返すと、ニアは頷いた。

「・・・じゃあ、もっともっと強くなれるように頑張ります。私が油断したせいで、誰かが傷付いてしまわないように・・・!」

 ベルナデットは力強い眼差しと口調でニアに話した。ベルナデットの思わぬ返しに、ニアは一瞬目を丸くし、そして微笑んだ。

「頼もしいわね。でも、無理はしないようにね?」

「はい!」

 ベルナデットが返事をした直後、

「ベル姉様! ニア!」

 とシャルリーヌの声がした。兵士たちは慌てて道を空けると、そこからシャルリーヌともう一人、ベルナデットが初めて見る女が歩いてきた。女はリシャールやシャルリーヌと似たような髪と瞳の色を持っているが、二人とはまた違う、凜とした美しい容姿と雰囲気があった。

「まあ姫様! ジョセフィーヌ様!」

 ニアは二人の姿を見るなり恭しく腰を折り、ベルナデットから少しだけ離れた。ニアの口から出た名前でベルナデットは女の正体が、戦いの前にシャルリーヌの話していた“フィー姉様”だと分かった。

「ジョセフィーヌ様、よくぞご無事で!」

 ニアは嬉しそうにジョセフィーヌにそう声を掛けた。

「ニアこそ無事で何よりだ。こうしてまた会うことが出来て嬉しいぞ。・・・そして、そなたが件の聖剣の使い手だな? 私はジョセフィーヌ・リュヴェレット・スルース。リシャールらきょうだいの従姉にあたる者だ」

「私はベルナデットと申します。お、お目にかかれて光栄です!」

 何とか挨拶できた、とベルナデットはほっとした。

「今回の戦い、見事であった。私は矢倉の上から見ていたが、不死の兵・・・屍兵を軽やかに倒す姿には目を瞠るものがあったぞ」

 ジョセフィーヌはベルナデットの戦いに感じ入ったように褒めた。

「ありがとうございます。ですが、あれは私の力じゃなくて、聖剣の力なんです」

 そこでベルナデットは軽く“聖剣の力”についてジョセフィーヌに説明した。

「ほう、聖剣にそこまでの力があるとは・・・だが、その聖剣に選ばれたのはそなただ。だから、その力はそなたの力でもある。あまり自分を卑下するものではないぞ」

「は、はい」

 まるで偉い先生に諫められているような気分になり、ベルナデットは小さく返事をした。

「そういえばリシャール共々、シャルリーヌたちを保護してくれたようだな。それに加えて今日は私たちの救援にも来てくれた。重ね重ね礼を言うぞ」

「いえ、私はリシャール・・・殿下に従っただけですから。ジョセフィーヌ様も殿下たちと再会できて良かったです」

「ああ。・・・あとはセルジュだけだが・・・無事でいることを祈るしかないな・・・」

 ジョセフィーヌの言葉に、その場にいる誰もが何も言えなかった。今回の戦争で、喪ったもの、奪われたものはあまりにも多過ぎた。沈黙を一番早く破ったのはシャルリーヌである。

「・・・ところで皆、疲れたでしょう? エリーナから聞いたんだけど、今砦にある食堂で食事の準備をしているんですって! 食堂で少し休みませんこと? その後で一緒に御食事でもしましょう!」

 敢えて明るい口調でシャルリーヌは提案してきた。

「・・・そうだな、腰を落ち着けて休むとしよう。ベルナデット殿や今までのリシャールたちの話も聞きたいしな」

 ジョセフィーヌはシャルリーヌの意見に賛成し、ベルナデットとニアも頷いた。そうして4人は連れ立って、食堂へ向かったのであった。



 砦内にある軍議の間では、リシャールとガストン、オリヴィエにあとから合流したラウルらが、ローランと対面していた。

「リシャール殿下、よくご無事で・・・! それに皆も」

 ローランは言葉とは裏腹に、沈んだ声色で言った。

「ローランもよくぞ無事でいてくれた・・・。ジョセフィーヌを守り抜いてくれたこと、感謝するぞ」

「殿下・・・」

 ローランはリシャールの顔をじっと見つめたあとに、

「本当に・・・申し訳ございません!」

 と深々と頭を下げた。深い青色の双眸からは、涙が零れ落ちる。

「女王陛下を御守りすることが出来ず、なんと御詫びをすれば良いか・・・! お役目を全う出来なかった私を、どうか、如何様にでも罰して下さい!」

「ローラン・・・」

 ローランの深い悔恨と悲しみに対し、リシャールは掛ける言葉がすぐに出てこない。ローランは頭を下げたまま、嗚咽を漏らした。

「・・・ローラン、女王陛下もギヨームも、覚悟の上で城に留まったんだ。それはそれぞれ国を背負う者、団を背負う者としての責務であり、全うしたに過ぎない。誰もお前を責める者などいないだろう。・・・罰の代わりに、お前にはこれから騎士団長として王国軍の主力の一人となり、ギヨームに代わって兵士たちを支えて欲しい。・・・どうかそれで納得してくれないか?」

「・・・殿下・・・」

 ローランはそこでようやく顔を上げた。涙で濡れ、目は真っ赤である。リシャールは真剣な表情で頷いた。

「ローラン殿、我々王国騎士団からもお願いします。どうか騎士団長として、我々を導いて下さい」

 リシャールに続いてガストンもローランに頼んだ。ローランはガストンら騎士団員たちを見る。

「ギヨーム団長はきっと、ローラン殿に騎士団を任せられると確信して、城に踏み留まられたのです。ローラン殿にはその期待に応える義務があるのですよ」

「そうですよ、団を率いることが出来るのは、ローラン殿しか居ませんよ!」

 オリヴィエとラウルも、ローランの背中を押すように言った。

「・・・・・・皆、すまない。みっともない姿を見せてしまったな。・・・殿下、リュヴェレット王国騎士団団長の座、不肖ローランが引き継がせていただきます」

 ローランは背筋を伸ばして、リシャールに宣言をした。

「ああ、任せたぞ」

 リシャールは顔をほころばせ、そう応えた。

 

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