王女・シャルリーヌ ーグリシアの戦いー③
先行して帝国軍に接近するベルナデットの隊は、タロン傭兵団全員に加え、ニア、オリヴィエの護衛と、王国軍の兵士20名弱という規模である。一方、シャルリーヌを保護し、街を防衛する部隊はリシャールにガストン、残りの兵士たちの少数である。リシャールの部隊も、戦況によってはベルナデットの隊に加わることになった。
早速、ベルナデットの部隊が出撃する。なるべく帝国軍に気取られぬギリギリまで途中の小さな林や岩陰を利用して接近し、傭兵団のダリウスと二人の団員、そして王国軍の兵士数名が弓に矢をつがえる。ニアら魔術師3名も、杖を構えると次の瞬間、一斉に矢や魔法弾を放った。帝国兵たちの悲鳴が上がり、慌てて魔法で防護壁を展開するが、隊は混乱し、浮き足立つのは避けられなかった。
「へへっ、奴さん慌ててやがる。嬢ちゃん、号令を頼むぜ!」
ミゲルは愉快そうに笑い、ベルナデットに号令を出すように促した。
「とっ、突撃~!!」
慣れないが故に情けない感じになってしまったが、ベルナデットは腹の底から号令を出した。弓兵とニアを除く魔術師以外は皆、岩陰から飛び出し帝国軍に向かっていく。こちらの作戦通り、帝国軍もまたベルナデット隊に向かって来た。
「・・・先行部隊、帝国軍と会敵。交戦を開始しました」
単眼鏡で様子を観察していた兵士が、先行部隊の交戦をリシャールに告げた。
「よし、我が隊はグリシアに向かう!」
リシャールは進軍の合図を出し、早急にその場を離れた。
■
遮蔽物を利用しながら、リシャール隊は着実に、そして素早くグリシアに接近する。何とかグリシアの街が目と鼻の先まで迫ったとき、一人の老婆が隊列へ近付いてきた。
「あれは・・・エリーナか!?」
「殿下! リシャール様!」
リシャールと老婆―エリーナが叫んだのは、ほぼ同時であった。
「エリーナ! 街はどうなっている!?」
リシャールは馬上から街の様子を訊いた。
「街は無事です! それよりも早く、姫様にお会いになって下さい!」
「シャルリーヌが!?」
エリーナは今にも泣きそうな顔で訴えた。
「ええ・・・王都陥落と女王陛下が崩御された報せを受けてからというもの、まともに御食事も出来ないほどにやつれてしまい・・・早くお顔を見せてあげて下さいませ!」
「・・・分かった。皆は街に入ってから散開して、帝国軍に警戒してくれ」
「承知いたしました」
リシャールの指令に、ガストンが隊を代表して答えた。
「おお、リシャール様だ!」
街はリシャールの登場に湧いた。帝国軍が接近し、更に戦いが始まったと聞いて不安になっていた住民たちは、ようやく王子が王国軍を率いてグリシアの街にやって来たことに安心していた。
「街の皆、今までよく堪えてくれた! ここからは我々王国軍がこの街を守ることを約束しよう!」
リシャールは馬から降り、集まってきた住民たちに宣言した。住民たちは安堵と喜びの声を上げる。
「ではガストン、兵の配置は任せた。エリーナ、シャルリーヌガイル場所に案内してくれ」
「はい、こちらです!」
リシャールはガストンに馬を預けると、エリーナと共にシャルリーヌの待つ倉庫へと向かった。
■
エリーナは倉庫の前まで来るとノックをし、
「みんな! リシャール様よ! 扉を開けておくれ!」
と声を張り上げた。すると、中から走る音が近付いてきたかと思うと、扉がゆっくりと、どこかもどかしそうに開く。そして、扉を開けた人物がリシャールの胸に飛び込んで来た。
「お兄様!」
「シャルリーヌ!」
リシャールはすかさず妹を抱き留めた。
「良かった・・・リシャール兄様と会えて・・・! お母様も王都も・・・!」
シャルリーヌはそこで堰を切ったように泣き、しゃくりあげた。リシャールは優しくシャルリーヌの背中をさする。
「俺もお前が無事で本当に安心した。・・・本当に」
リシャールは涙を堪えつつ、シャルリーヌの温もりを手袋越しに感じながら再会できた喜びを噛み締めた。しかし、今は味方が戦っている最中である。再会の余韻に浸っている時間はなかった。リシャールはゆっくりと自分からシャルリーヌを離した。シャルリーヌの愛らしい顔は、涙でぐちゃぐちゃになっている。
「俺はこれから戦っている味方の元へ合流する。今は、この街も含めた王国の民を一人でも多く守るために戦わなきゃいけないんだ。・・・大丈夫だ、必ず生きてまたここに戻って来る。シャルリーヌの護衛の者たち! 今までご苦労であった。これから帝国軍との戦いに参加できるか?」
「もちろんです!」
リシャールに問われた従者たちは張り切ってそう答えた。シャルリーヌは涙に濡れた瞳で兄を見上げるが、何も言わなかった。
「では、行ってくる。エリーナ、シャルリーヌを頼んだぞ」
「はい、お任せ下さいませ!」
二人の再会を傍で見て涙ぐんでいたエリーナは、涙声でそう答えた。リシャールはもう一度シャルリーヌの顔を見ると、従者たちを率いて戦いへと向かった。
「姫様、これで涙を拭いて下さい」
リシャールの背中が見えなくなったあともじっと見つめて動かないシャルリーヌに、エリーナはハンカチを差し出した。
「・・・ありがとう、エリーナ」
シャルリーヌはハンカチを受け取ると、涙で濡れた顔を拭いた。
「・・・リシャール兄様は、私が一人で落ち込んでいる間にも、ずっと戦っていたのね。私も王族の一人として、本来ならばこの街を守るために動かなければならなかったのに・・・きっと、セルジュ兄様もフィー姉様も、どこかでこの国のために戦っているのかもしれない」
視線はそのままに、シャルリーヌは力強く呟いた。リシャールが現れるまでの憔悴が嘘のように、シャルリーヌには覇気が戻っていた。
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