戦禍の始まり⑥

 リシャールはジャンヌの遺体を横抱きにし、ベルナデットは聖剣を鞘に収めたものと自分の荷物を抱きかかえて、埋葬に適した場所を探す。泉のある洞窟の近くの、なるべく乾いている場所を探し、なんとか見つけることが出来た。

「穴を掘るのも大変そう…」

 ベルナデットは闇の中にある土地を見つめながらそう呟いた。

「では、魔法を使おう。魔法はそこまで得意じゃないが…幸い土魔法だけは簡単なものなら出来る。少し離れてくれ」

 ベルナデットはリシャールに言われた通りにすると、リシャールは地面に向かって両手をかざす。そして、ベルナデットには聞き馴染みのない呪文がリシャールの口から唱えられると、地面に金色の魔法陣が浮かび上がり、そのまま地面を大きくへこませた。ベルナデットは驚きの声を上げてしまう。

「ま、魔法って凄い…」

「俺も初めて見たときはそう思ったよ」

 リシャールは苦笑した。二人はそこで、横たえさせたジャンヌの遺体を見る。

「そう言えば、鎧やリボンは私に譲るって、亡くなる直前にジャンヌさんに言われたんだけど…」

 ベルナデットはまた胸が痛くなった。

「そうか、ならば装備は外させて貰おう。…もうジャンヌ様は戦わなくていいんだ」

「うん、ゆっくりと休んで欲しいな…」

 リシャールの言葉にベルナデットは同意した。リシャールが装備と髪を結んでいたリボンを外して衣服を軽く整えている間、ベルナデットは弔花を探すことにした。花が少ない平原の中なので大きくて立派な花はないが、なんとか小さな花を集めて茎で束ね、花束にした。装備を外し終えて埋葬地に横たわるジャンヌの遺体にその花束を持たせた。

 土をかける前に二人はじっとジャンヌの顔を見て、目に焼き付ける。二人の目にはただ眠っているようにしか見えなかった。

「…では、埋めるか」

「…はい」

 ベルナデットとリシャールは周りにある土を素手でかき集め、ジャンヌの遺体の上に被せていく。ベルナデットはちらりと、埋葬作業をするリシャールの顔を見る。

――自分が暮らす国の王子様が、素手で土に触る事を厭わず、進んで作業をするとは全く想像出来なかった。お忍びで王城を出て、自分の目で状況を確認する行動力のあるところはジャンヌと似ているのかもしれない。我が国の王族のイメージを変えなくてはならない、とベルナデットは思った。そうしている内に、ジャンヌの身体は段々と土で見えなくなっていき、やがてすっかりと土に埋まってしまった。

「ジャンヌさん、本当に…村を救ってくれて、文字も教えてくれて…感謝してもしきれません。ありがとう…ございました…」

 ベルナデットは土の下に眠るジャンヌに、泣きそうになるのを堪えながら感謝の言葉を述べた。

「天の神々と、泉と大地の精霊よ、どうか救国の英雄ジャンヌを王家の霊廟に弔うまで御守り下さい。そして、ジャンヌ・リュヴェレット・フィエルの魂よ、永遠に安らかであらんことを」

 リシャールが鎮魂の祈りの言葉を捧げると、リシャールはベストの内側からナイフを取り出した。

「これを正式に弔うまでの墓標代わりにしよう。銀の刃物は獣も悪霊も寄って来ないと聞いたことがある」

 そう言って、リシャールは埋葬されたジャンヌの頭部より更に上の位置にナイフを突き刺した。ちょうど雲間から月が顔を覗かせ、月光を反射してナイフは銀色に鈍く光った。


                  ■


 泉で土の汚れを洗ったあと、二人は月光の当たる入り口に移動して向き合うように座った。

「…現状、我が国は帝国の大規模な奇襲を受け、混迷を極めている。けして良い状況とは言えないだろう。ここで女神様のお告げがあって、そこで“運命が大きく変わる”とおっしゃったんだな?」

 リシャールの問いに、ベルナデットは頷いた。

「その“運命が変わる”とは今回の戦争の始まりを予言していたのかもしれない。…ベルナデット、これから俺はこの国のために帝国と戦うことになる。君は聖剣の使い手として選ばれた訳だが……君は戦ったことはあるか?」

「ううん、全く」

「そうだよな。…だから、いくら聖剣に選ばれたからといって、君が無理に戦うことはない。この先にどこか安全な…」

「いいえ!」

 ベルナデットはリシャールの言葉を遮り、大きな声で否定した。突然のことにリシャールは目を白黒させる。

「私は自分の生まれ育った村も、友達のいる街も奪われた。…もうこれ以上、奪われたくない、誰かが大切なものを奪われるところも見たくない。確かに私は一度も戦ったことなんてないし、足を引っ張るかもしれない。でも、だからって何もしないなんて嫌! クラージュクレールが私を選んだからには、何か私も出来ることがあるかもしれない。だから、私も戦う。…一緒に、戦わせて下さい」

 ベルナデットは力強くリシャールを見据えた。――咄嗟に出た言葉は、全て本心である。本当は怖い気持ちもある。だが、ジャンヌの今際の際に言われたことは、絶対に破れない約束なのだと、ベルナデットは心に刻んでいた。

「…ベルナデットの覚悟は分かった。命を落とすかもしれない、ということも分かっているんだろう?」

 リシャールの問いに、ベルナデットは首肯した。

「ジャンヌ様が聖剣と共に皆を導いたように、君もまたこの戦いで皆を導いてくれるかもしれない。…共に戦おう、ベルナデット」

 リシャールはそこで右手を差し出した。

「…はい!」

 ベルナデットは同じく右手でリシャールの手を握り、固い握手を交わした。――こうしてベルナデットの、長い戦いの幕が開いたのであった。


                              ―第一部 了―

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