第23話
東に向かう道中のモンスターたちは、明らかに鈍っていた。やはり王が殺された影響なのだろう、胡乱な様子で俺たちに仕掛けて来てはやられて行く。それでもレベルは上がるので、エリィもカイルもどんどん上達していった。シャロンはまだ時々考え込むことがあるが、それでも表面上は健気に取り繕っている。
痛ましいな、と思って俺はそのケアに努めた。防御魔法陣の広がりが大きくなったとか、治癒魔法の効きが良くなったとか、些細なことを褒める。ほ、っとした様子のシャロンを見ると、俺もほっとした。するとエリィがけらけら笑って、ラブラブね、と言ってくる。カイルは槍に付いた血を拭いながら、眩しそうに俺たちを見ていた。
多分今このパーティを繋いでいるのは、シャロンだ。シャロンが居なくてはとうにパーティは解散しているだろう。崩壊しているだろう。そう思うと最初に考えていたのとは全く違った方向性で役立ってくれるシャロンが有難い。俺の選択は間違っていなかったのだろう。ただ、その細い肩にサザンをまとわせてしまったのは、失敗だったかと思うが。生きていても死んでいても迷惑な奴だな。
だがその忘れ形見のパフとモフがシャロンに良く懐いているので、そこは良い所だろう。小さな妖精達はふかふかの身体でシャロンの頬に懐く。するとそこから出る粉で魔力も回復するので、役に立ってはいる。シャロンの魔力は絶やしちゃいけない、それは口を酸っぱくされて言われたことだ。ヒーラーは最後の砦なのだからと。
確かに最後の砦だな、俺達パーティにとっては。色んな意味で。シャロンがいないとどうにもならないことがある。食事の煮炊きだとか、進んでやってくれるし嫌な顔一つ見せないから頼りっきりだ。
なあ、とカイルに声を掛けられ、俺は剣を拭いていた顔を上げる。段々漆黒に近くなってきたこの剣は、どういう意味があるのだろうと思う。前回はそんなこともなく、まっさらに透き通っていたと思うのだが。最後まで。最期まで。
「シャロンとククルスはどういう関係なんだ?」
「従姉妹だよ。俺が勇者の修業をしている頃から、ずっと一緒に過ごしてきた。その前から伯父さんの牧場で世話になって来ちゃいたが」
「それだけなのか?」
「何が言いたい?」
しゃおんっと音を鳴らして剣を鞘に納めると、カイルはわずかに頬を染めているようだった。素直に気持ち悪いなと思う。エリィとシャロンは食器を洗いに川に向かった。ぱちぱちと爆ぜる薪は、俺たちを照らしている。赤く。
「シャロンのこと、好きになっても良いか?」
駄目だ。
と即答したい気持ちを抑えて、俺は眼を細くしてその顔を眺める。
「可愛いし、健気だし、純情だし。勿論シャロンがククルスのことを憎からず思ってるのも知ってるけれど、それでも好きなんだ。このまま好きでいても良い……かな?」
「勝手にしたら良い。選ぶのはシャロンだからな。だがあまりあからさまなことをするとエリィが煩く――」
「あんな女どうでも良いんだよッ」
唾棄するように言い捨てる。よっぽどサザンの扱いにたまりかねているのだろうか。と言うか、まだ気にしていたのか。俺はとっくに忘れていたぞ、あんな奴の事。どうでも良い。シャロン以外は、どうでも良い。
しかしカイルがシャロンに懸想ねえ。これは思ってもみなかったルートだが、カイルもどうせ殺すことにはしているんだし、あまり近づけたくない気分はある。だがその理由を問われた時に面倒だから、俺は好きにしろと言った。好きにすればいい。だがその先に待っているのは、シャロンを傷付ける結末だ。俺としては推奨したくないから、ゆっくりカイルからは遠ざけて行くことにしよう。
「シャロン、下がってろ! カイル、右手から新しいモンスターが来てる! エリィは正面のを頼む!」
「はいはい、おねーさんやっちゃいますよぉ!」
「うおお、行けロンギヌス!」
俺は一番でかい左手のサイクロプスを倒す。剣はギラギラとその脂を見せる。今日の昼食はこいつかな、と、俺はその腕をもぎ取り切断した。もう片手も。すると背の肉が一番分厚そうなので、そこも捌く。とててっとやってきたシャロンにその肉を渡すと、こくりと頷かれた。
火の魔法を放って、街道際で昼食タイムになる。エリィもカイルもモンスター食にはもう慣れたもので、焼きが足りない時は自分で焙って食うほどになっていた。テイマーのサザンは最初の頃大分渋っていたな、と思い出す。どうせなら僕にテイムさせてくれれば良いのに。これ以上は養えない、と言うと、諦めた顔になってがっついたが。
今はその足手まとい達もいないので、暢気な旅だ。正直セレストニオンは個体としては良い方だったが――なんてったってダンジョンマスターしてたぐらいだ――今となっては下位モンスターの良い所、と言った地位だったし、俺が人の肉の味を覚えたモンスターを逃がすのを禁じていた所為もあるだろう。
だからサザンは中々モンスターを増やせなかった。それは本人の実力不足にも繋がって行った。経験値が入らない。レベルが上がらない。高レベルモンスターのテイムが出来ない。戦闘で使えない――そのスパイラルに引きずり込めたのは、我ながら奇策だったと思う。それで勝手に死ぬところまで導けたのだから。
そう、サザンは勝手に死んだ。自分の実力不足で。だからシャロンが気に病む必要はない。なのに今もぼーっと焙った肉を見下ろしている。シャロン、と声を掛ければ、はっとして顔を上げた。俺は苦笑いする。
「しっかり食っとかないと、後がしんどいぞ。今日も夜食にありつけるかどうかは分からないんだからな。肉を持ち歩くにも、エリィは嫌がるだろうし」
「だって汚いもの。紙に包んだってやーよぉ」
「そんなに汚いなら食うなよ」
「何よぉ。シャロンが血抜きしてくれた分は美味しいんだから良いのよぉ」
「はっ、他人に手間かけさせて自分は何もしないんだからな」
「あんたと違って洗い物してるわよ。言いがかりは止めてくれるぅ? ククルスに言われるまで伏兵に気付かなかったくせに。次に死ぬのってあんたじゃなぁい?」
「やめてくださいっ!」
シャロンの叫びに、はっとした二人はさすがに黙る。そのままサイクロプスの背脂に噛み付いた。人の生き死にに、まだシャロンは敏感だ。だからこそその話題を出して欲しくなかったんだろう。ぽんぽん、とシャロンの肩を叩いて、俺は自分の地位を上げて行く。カイルよりずっと高いそれを、まだまだ上げて行く。
ぽて、と俺の鎧に寄りかかって来るシャロンに、カイルはもの言いたげな様子を見せる。それに気付いたのはエリィだ。にたぁっと笑ったその魔女の顔は、化粧で隠せないぐらいに醜悪である。
「なぁにぃ? カイルってばシャロンちゃんのこと気になるのぉ?」
笑いたくなって、それを堪える。え、とシャロンは顔を上げてカイルの方を見た。真っ赤になったカイルは、違う、と手をばたばたさせて慌てるが、けらけら笑うエリィを睨み、てめぇ、と食って掛かる。
「変なこと言ってんじゃねーよ、モンスターは食えても仲間の死体は汚いって言う奴が! お前こそサザンのこと嫌いじゃなかっただろ、それなのに薄情なもんだな!」
「なっ別にあたしはそんなことなかったわよ! 旅の付き合いがあんたより長かっただけで――それにあいつは、優しくていい奴だったもの。嫌いになる理由がなかっただけで、好きだったわけじゃないわ!」
「どーだか! だったら俺だってお前よりシャロンの方が可愛くて好感持てるってだけだろうよ! 自分の出した札にやられてんじゃねーよ、このブス!」
「なんですってぇ!?」
「――いい加減にしろ、お前達!」
良いだけ争わせてから口を挟む、俺も悪い癖がついたもんだ。俺にしがみ付いて、耳を塞いで震えているシャロンの肩を抱きながら、二人を睨む。むうっとなった二人は、またもそもそと食事に戻った。シャロンは泣きそうになりながら、ふるふると肩を震わせている。
恋愛なんか考えて来なかった俺達だ。そんな感情は旅にいっそ邪魔だろう。だからシャロンは耳を塞ぐ。それでも伝わるように、俺は包容力でそれを庇う。結果シャロンは俺にだけ心を開くようになるだろう。それも俺の計略だ。そのぐらいできなくて、勇者を名乗ってきたわけじゃない。
ぽんぽん、とシャロンの背中を叩く。カイルが恨めしそうに見ている。それをエリィが満足そうに眺めている。サザンがいなくなっただけでパーティはこのざまだ。
新しい冒険者をスカウトすることもしてきたが、魔王城に向かうと言うと全員が拒否してきた。そこらへんで丁度良いモンスターを倒して金子を手に入れる、と言うのが沁みついた連中には、逆に魔王まで辿り着くのが恐ろしいのだろう。
まったく仕方のない連中だが、そんな奴らを守るのも俺の役目だ。勇者としての、俺の役目。冒険者もろくに見なくなった、東の地。モンスターに怯えて暮らしている村々を回って、時々は用心棒のようなこともして金を貯める。貯めても使いどころは宿ぐらいなので、馬車には大金が積まれるだけになっていた。それとテント、保存食、薪。
この調子なら一週間以内には魔王城に辿り着けるだろう。その時どうするかはお楽しみだ。この壊れかかったパーティに何が出来るのか、俺も楽しみである。シャロンだけは身を挺して守ろうと思うも、そのシャロンが防御魔法の使い手なので心配もいらない。
俺はサイクロプスの肉を食って、残りは自分の袋に入れた。軽くて便利だな、これ。何で出来ているのかと聞いたところ、脱皮した蛇の皮らしかった。なるほど、ヤマタノオロチのそれなのかな、と、俺は適当に納得していた。
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