第23話 フェイチール6 魔導陣

 その日の夜、オスカーは晩食を終えた後、宿の部屋に戻った。

 すると先に室内に戻って来ていたギデオンは椅子に腰かけていた。


「魔導とは、お前にとっては一体どういったことを意味する言葉だ?」


 ランプの火が照らす室内でギデオンの問いかけが響く。

 オスカーが即答する。


「魔導は魔法の呼び方のうちの一つだ。魔力を導くこと、それが魔導って言葉の意味で、他にも魔法の呼び方は魔命まめいだとか、魔縛まばくだとかがあるらしいが一般的なのは魔導らしいな? 少なくとも魔導書にはそう書かれていたぜ?」


 オスカーは床に置かれてあったギデオンの荷物から魔導書を取り出した。


「魔力を導くことが魔導であるならば、魔導を導くものは何者だ?」


「魔導師だろ?」


「そうだ、そして魔導師を導くことができるものは己自身の心だけである。これからは、魔導に心を宿すことを意識するのだ」


 瞬きをし、オスカーは訊き返した。


「己自身の心ってのは……、本能ってやつのことを言ってるのか?」


「心とは他者に教授されるものではない。お前自身が気がつかなければならぬ問題だ」


「はあ、さっぱり意味が分からねえ……魔導の心ねぇ……」


 そう吐き捨てた後、オスカーは本をめくりながら鼻歌を鳴らす。

 ギデオンは何も言葉を発しなくなった。


「なあ」


 次はオスカーから話しを切り出した。

 ギデオンはぎろりと視線を返した。


「……何だ?」


「貴族だけじゃなく、アンタに対しても俺はこれから礼節を心掛けて接したほうがいいのか? あんたから川に何度も落とされた恨みはもう忘れてやってもいいんだぜ、別に……」


「その必要はないと言ったはずだ」


「そうかよ」


 ギデオンが説明した。


「お前が日頃よりとっている私への態度は、私とお前が師弟関係にある事を初対面の人間に誤認させる効果がある。そのままの方が都合が良い」


「そういうことか、納得いった」


 どうでもよさそうに空返事をし、オスカーは魔導書に目を通していく。


 ――ラカリズ村で過ごしてた頃は、誰が相手でも舐められるわけにはいかなかった。だが実際こうやって礼節を心掛けて他人と接してみると、これがなかなか使い勝手いいときてやがる。吟遊詩人の男は俺が舐めた態度とってりゃあ、全魔法里までの道筋をあんな風に教えてはくれなかったかもしれねえし、全魔法里の爺は経験上、会話にすらならなかったはずだ。そう考えりゃあ、少し口調を変えたりするだけで今後色々と幅が広がっていく可能性すらある。意図的に猫被ってやり過ごしたり、意図的に礼節捨てて、怒らせてみるのも選択肢のうちに入ってきやがる。あーくそッ、ラカリズ村があんなことになってなけりゃ、村の連中に猫被った姿みせて、どういう反応を返してきやがるか試してみたかったもんだぜ。もし油断しやがったら今度は俺が背中から蹴り飛ばしてやって、川の上から見下してやったのに。……ラナは……ラナはもしも俺が口調を変えて接してたらどんな反応をしやがったんだろうか。あいつ、俺にままごとやらせてきやがった時に、大人っぽい振る舞いで演じろだとか文句つけてきやがってたんだよな……。

 

 髪の毛を掻きむしりオスカーは首を何度も振って、魔導書に目線を落とす。

 それから投げやりに、ギデオンへ向かって言葉を吐き出す。


「なあ、魔導陣ってのは複数の円の線で構成されるもんなんだろ? 中央の一番小さい丸、いわゆる起点円から経路を引いていって、一番外側に描かれた円の出口まで術者の魔力を運んでいく。それが基本なんだろうが、なんでそもそも円の形じゃないと駄目なんだ?」

 

 書き物をしていたギデオンが返答した。


「必ずしも円の形を取る必要はないが、魔導陣とは己の自身の持つ変魔力で描き出さなければならない代物だ。ゆえに魔導陣は世界に描かれた瞬間から、周囲を漂う自然魔力の影響下に置かれ、その形を歪まされ続ける運命にある。魔導陣の形が崩れつつある時、円形で構成された魔導陣はその状況下であっても起動する確率が高いのだ」


「……なるほどな。じゃあ次の質問なんだが、魔導陣の一番外側の円の部分の魔導線について疑問がある」


「話してみろ」


「何十もの円で構成される魔導陣の起点となるのは中央にある一番小さな円だ。その一番小さな円から、最遠の円に作られた放出口まで術者の魔力を導くことで、魔導陣の外部へ流出していった魔力の流れが、魔導術として世界に具現する。これが魔導陣を用いた、魔導術の発動方法だ。この時、放出口の数を増やせば、魔導陣の外に発生する術の数も増加する。放出口を作らなければ、魔力は魔導陣内を巡り続け、結界となる。結界の上では、敵の魔力場の影響を受けつけなくなる。ここまでが魔導書にも説明されてる内容だ。俺が知りたいのは放出口をもっと増やした場合のことだ」


 ギデオンが立ち上がり、オスカーの元まで歩んできて、魔導書を奪い取った。


「出口が増えれば、その分術の威力が分散する。そうして展開された魔導術は魔導陣の外へ出た瞬間、形を保てず瞬く間のうちに消失する」


 オスカーは口を挟む。


「だが魔導陣を構成する円の数が増えれば、発動する魔導術の威力自体も強くなるって話だろ? 一つの魔導陣に対する放出口を増やすのが問題なんだったら、複数の魔導陣を用意して一本の串焼き肉みたいな形につなぎ合わせて、その上で放出口を増やせばいいんじゃねえのか?」


「その場合、経路を通るたび力を強めていく魔力の流れに円を構成する魔導線が耐えきれなくなり魔導陣の形が崩れる。よってお前の言うようなことは出来ん。考え方は、悪くはないがな」


 ギデオンは言った。


「何人もの魔導師で協力しあえば複数の魔導陣を組み合わせた強力な術を展開すること自体は可能だ」


「……そんなこと書いてあったか?」


「この魔導書には記されてはいないようだ」


「……なんでも載ってるわけじゃねえってことかよ」


 と、すねたオスカーが、それでも続けていく魔導陣に対する疑問の投げかけと、ギデオンの解答がこの後も行われていき、夜間はあっという間に過ぎていった。


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