第16話 大魔導師の弟子5 お前は人を殺したことはあるか?


 そんな彼女を置いて、オスカーはギデオンのもとまで歩んで行く。


「これで敵は全滅したのかよ?」


 と呼びかける。

 ギデオンは、己の足元に転がっている先ほどまで魔導術合戦をこの場で演じて見せていた盗賊の魔導師を見下しながらつぶやく。


「……油断はするな。この者は魔眼を所有している」


「魔眼?」


 近寄る速度を落とし恐る恐るオスカーは、地面に横たわった盗賊を見下ろした。


「よく分かんねえが、眼ってことはそいつの視野には入らない方がいいってことだよな……?」


「特殊効果を持つ眼球のことを魔眼と呼ぶ。発動の際、魔眼は属性光を放つゆえ判別が可能だ。最も、足元のこれはすでに両目を潰してある。この状態での魔眼の発動は最早できまい」


 オスカーの目の前で倒れている盗賊の魔導師の両目から血が流れていた。


「……特殊効果か。一体どんな効果を持つ魔眼を持ってやがったんだこの野郎は?」


「馬車の上からこの者は瞳で私や、お前の動きを追跡していた。その上で私を標的とした魔導術を放った事から、対外魔力操作効果を持つラカラミガの魔眼の所有者だと踏んでいる」


 そう言って、ギデオンが足元に転がる盗賊の魔導師に眼光を向けた。

 盗賊の魔導師は気圧された様子を見せた。 


「当たりのようだな? 自らが先に魔導術を放つことによって、こちらにも魔導術で迎え撃たせ、そうして私が発動した魔導術の操作を、貴様は乗っ取ろうと企んでいたのだろうが、ラカラミガの魔眼はあのように広域に及ぶ術で制圧してしまえば何も意味をなさぬただの光るだけの眼だ。凡庸な魔眼の限界を見極められぬ愚劣な魔導師よ、答えろ」


 ギデオンは圧のある声色で言葉を発した。


「此度貴様らが企てた凶行の裏に……額に傷痕を持つ女が存在するはずだ。奴の情報を今すぐに吐け」


 その問いかけに両眼から血涙を垂れ流す盗賊の魔導師は静寂を選んだ。

 この場に流れる空気に、オスカーは険しい表情を浮かべた。


 ――傷痕の女……ラカリズ村を、ラナの命を奪った奴が、この盗賊団の取った行動にも関与してやがった?


「オスカーよ」


 ギデオンからの突然の呼びかけにオスカーは思考を一度手放した。


「ん?」


「お前は人を殺したことがあるか?」


 オスカーは神妙な面持ちになった。


「……アンタだってさっき隣で見てやがっただろ? ついさっき無意識のうちに一人殺っちまった。……いきなり知らねえ女から助けを求められて、反射的に手を伸ばした結果があれだ。なあ……俺が手に掛けたのはちゃんと盗賊で合ってたんだよな……悪い人間だったんだろ?」


 ギデオンは肯定した。


「お前が殺害した者は盗賊で間違いはあるまい。――そして命じよう。今一度足元に転がっているこの盗賊の息の音をお前の手で止めろ」


「……は? なんで俺がそんなことしなきゃならねえんだよっ?」


 その命令にオスカーは露骨に反発する表情を浮かべた。

 大地に倒れた状態で見上げてきている盗賊の魔導師の顔が恐怖に歪んでいた。


 オスカーはギデオンを睨み上げる。


「……アンタは確かに俺の命の恩人ではあるけどな? なんでもかんでも言われたことに従うつもりはないぜ? 俺は元々他人から指図されんのがクソほど嫌いなんだからな!」


 そのオスカーの言い分に、ギデオンが鋭い眼で見返してくる


「それでいい。己の手に掛けるべき人間は、真髄に見定めろ。その上で魔導行使は扱え。己の力の手綱を、救援を求められたからといって易々と手放すな」


 罰が悪そうにオスカーは髪を掻き上げた。


「……わかってる。……引っかかってはいたんだよ……これでもな……」


 言葉を濁しながら、


「なんであん時、俺の伸ばした手のひらから勝手に、圧波による魔導術が発動したのかその理由が知りたい。……頼む、教えてくれよ……あんたなら原因が分かんだろ?」


 オスカーは、あの時……己の制御下にない魔導術の発動をしてしまった、自分の手のひらを握りしめる。


「お前自身があの瞬間いったいどこまで自分の置かれた状況を把握できていたか、それがわからなければ私から答えられる事は何一つない」


 オスカーは思い出す。


「……たぶんだが……馬車襲撃の現場に到着したアンタが俺のことをその手から離し、そのせいで顔から地面に突っ込んだ。その直後、俺は意識を取り戻した。そん時まず目に入ってきたのはぶっ倒れてる馬車周辺の景色だ。襲ってる奴らと襲われてる奴ら。死体、そして目の前から迫ってくる武器を持った連中。追いかけられてやがった同い年くらいの女の姿。あんたから事前に馬車が盗賊団に襲撃されるかもしれないって情報は聞いてただろ? だから俺は盗賊が女を攫おうとしてる状況に遭遇したんだと勝手に考えた。俺があんたのせいで顔面から地面に突っ込むことになった時、その拍子ひょうしに伸ばしちまってた自分の手を使って、すぐにでも悪党どもをなんとかできねえかって思ったんだ。ま、今考えりゃ俺があの状況でどうにかできる方法なんて魔導術しかねえわけだから、大方その俺の意思に従って圧波が勝手に発動したとかそんな理由だったりするのか?」


「その話を耳にし、分かることはお前が直前まで意識を失っていたということだけだ。お前自身の記憶に今も残っているであろうその他見た光景を、あますことなく言葉にしろ」


 ギデオンは魔導杖を振り落とし、足元に転がっていた盗賊の魔導師の肉体を殴打おうだし意識を奪い取った。

 オスカーは目を見開いたがそういうものなんだろう、と納得し盗賊から興味を手放し問われた内容へ答えるため己の記憶を探りだす。


「……あれは…………夢の中だったんだと思うんだが……気が付いた瞬間に足元がつかねえ水中をずっと落下してやがったんだ俺は。そうやって落ちて行った先にめちゃくちゃでけえ光り輝く水の大玉みたいなもんがありやがって……俺はそれに向かって手を伸ばした。そしたら目が覚めてさっき説明した通りの状況に陥ってた」


 両手を大きく何度も開いて見せて、あの時目にした水の塊の大きさを表現しようとしたがまるであの光景を現すには表現が届いていない。

 オスカーは大袈裟に語りながらしかしあの際思い出したラナとの記憶に関することだけは一切口に出すつもりはなかった。

 他人に、踏み荒らされたくない記憶だった。


「やはり、か」


 太陽光が照らしつける街道にてギデオンがそうつぶやきながら一点に目を向けている。

 オスカーたちから少し離れたところで、貴族のピンク髪の少女が光魔力をほとばらせていた。

 彼女は怪我人の治療を行っているようだった。すぐそばには比較的軽傷で済んだ者たちが護衛についているようだ。


「お前が見たその魔力の塊こそがお前の中に眠る巨大生物の残り火……本能なのだ」


 オスカーは目を丸くした。


「――あれが、本能だったのかよ……」


 ギデオンは顎髭を撫でた。


「お前の圧波を見た時から予想は出来ていた。本来、魔導行使の力関係は魔導陣、呪文詠唱、圧波の順で強弱が定まっている。それにも関わらず、盗賊を一撃で仕留めて見せたあの時のお前のあの圧波によって生み出された魔導術の力は、現状のお前が呪文詠唱で放てる同術の力を超えていた。よって、あの時お前が放った魔導術に込められていた威力の高さを説明にするには、なんらかの要因による介入が起こっていなければならなかったのだ。あの時の一瞬に限り、本能の近くにお前が辿り着いていたため魔導行使に使用する魔力の質が跳ね上がり、あの威力の圧波魔導術が発生した。つまり、お前の圧波は偶然により発動した産物ということだ」


 微妙な面持ちでオスカーは言葉を発する。


「……再現性はあんのか、それって?」


「ただの圧波であれば訓練を積めばすぐに使用することが可能になるだろう。何よりお前は猿真似が得意なように見える。そういった者は切っ掛けを得るまでに時間は然程かからぬものだ」


 その時、泣き声が聞こえてきて二人は街道の一点を見つめた。

 先ほどまで治療を行っていた少女が今は遺体の前でかがみ込んでいる。

 彼女だけではない。

 生き残った者たちの中には沢山の遺体を前にして、自らの顔を手のひらで覆い隠しすすり泣く者たちの姿も見受けられた。

 道に残る大量の血痕が風に乗って臭いを届けてくる。

 オスカーは淡々とつぶやいた。


「なあ、なんで人って死ぬんだ?」


「女神シヒツノの故郷へ導かれるためだ。そこで我々人類は幸福に満たされることになる。そして、その幸福を人から奪い取ろうとするのが悪開閉の世界だ」


 ギデオンの回答を耳に受け止めたオスカーの新緑色の瞳にはラカリズ村の惨劇の光景が蘇っている。

 太陽が、悲劇を青空の下に浮かび上がらせていた。

 オスカーは拳を握りしめた。

 ――おとぎ話の騎士は……困っている人間を救うために悪い奴をその手で倒した。なあ、ラナ? お前は……そういう話が好きだったよな?

 その瞳の先には盗賊の遺体が転がっていた。

 

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