【短編】亡国の王女と冷徹宰相、奇跡のダイヤモンド

櫻井金貨

第1話 亡国の王女

「永遠に愛するあなたよ、安らぎの中で眠りたまえ」


 その日、聖女の国を守る国王アレクサンドルは、愛する聖女を、見送った。

 正妃を持つ身である彼は、ひそかに聖女を愛し、二人の間には一人の娘を授かった。


 正妃の了承のもと、聖女の死後に王宮の片隅に迎えられた幼女は、テッサ王女となった。


「あなたの遺言は、かならず叶えよう」


 王は聖女から預かった、小さな銀の指輪をぎゅっと握った。

 そして、伝統に従って火葬にされた聖女の遺灰から、小さな骨を拾い上げる。


「テッサ」


 王がまだ幼い王女の部屋に入る。

 ベッドで眠っているテッサが見えた。

 白いブランケットに包まれた、小さな身体。

 金茶色をした長い髪が、枕の上に広がっている。

 この子どもからは、いつも長い冬の陽だまりのような温かさを感じる。


 王は愛しげに子どもの髪を撫でた。


(聖女の死後は、新たな聖女が生まれるというが)


「おまえのお母様は、これからいつも一緒だ」


 王は、テッサの小さな右手の小指に、小さな銀の指輪をはめた。

 次に、小さな骨のかけらを、指輪の上に載せる。


 銀の指輪はキラキラと光り、テッサの指にぴったりとサイズを変えた。

 光がおさまった時、そこには透明に輝く、小さな金剛石ダイヤモンドが載った、銀の指輪があった。


***


「国王ニール、すべての王族の名前を挙げてもらおうか」


 帝国の若き宰相、冷徹宰相とも呼ばれる、グラント・アドラー公爵が言った。

 グラントの前に立っているのは、聖女の国の若き王、ニールだった。


「わ、わが国は、帝国への忠誠を誓う……! 私の命は、奪わないでくれ! 王族は、二人だけだ。父である先王アレキサンドルと、母親違いの義妹が一人いる。父は不治の病で王位を私に譲ったし、義妹は……そうだ、大した容姿ではないが、年は若い。あなたの好きにして構わない。どうせ庶子なんだ。その代わり、私の命は———」


「先王はどちらに?」

「寝室だ。父はもう起き上がれない。療養生活が一年も続いている」


「あなたの義妹とは?」

「名前はテッサという。一応、王女だ。テッサも自分の部屋にいるはずだ」


「テッサ王女の母君はどなたなんですか?」

「聖女だ。もうとっくに死んでいるが、王国最後の聖女。新しい聖女はまだ生まれていない。いったい、どういう訳なのか……」


「聖女の娘」


 グラントは小さくつぶやいた。

 探し物は見つかったようだ。

 グラントはためらうことなく、部下に命じる。


「国王ニールを牢へ。処分は追って通達する。私はこれから残りの王族二人に会う」

「了解いたしました、閣下!」


「だましたな!! 貴様!! 汚い帝国の犬めが!」


 グラントは、ちらりとニールを見た。

 無表情な顔。

 まるですべての光を吸い込むかのような、冷たい黒い瞳で、ニールを見据える。


「リストから一人もれているな。王妃を探せ。どこかに隠れているのだろう」

「はっ!!」


 ばらばらと帝国軍の騎士達が王宮内に散らばっていくのを、ニールは悔しげな表情で見つめていた。


 ニールが牢へ連れていかれると、グラントは、副官を振り返った。


「テッサ王女は見つけたか?」

「はい。王女、そして前国王の部屋も確保済です」

「わかった」


 グラントは大きな歩幅で王宮の中を歩いていく。

 すでに王国人の姿はほぼなく、行き来しているのは、帝国人ばかりだ。

 

 帝国軍は聖女の国を占領した。

 若き宰相グラントは、皇帝の密命を帯びて、その混乱の中、王国王宮へ乗り込んだ。


 情を交えることなく、容赦なく、冷徹に敗戦国と賠償の交渉を行う彼は、冷徹宰相と恐れられていた———。


***


「……王女の部屋が、こんなところに?」

「はい、閣下。前方に見えるあの塔が、王女の住まいです」


 グラントは絶句して、まるで物見やぐらのように建てられた、古い石造りの塔を見上げた。


 塔は四階建てほどの高さがあり、最上階以外には窓がない。

 入り口に鍵をかけ、見張りでも置けば、そのまま罪人を幽閉できそうだ。


「身柄を移す手間は省けたが」


 グラントは小さくつぶやくと、副官に確認した。


「入り口の鍵は?」

「かかっていませんでした」


「中には誰が?」

「王女お一人です」


「兵を二名ほど入り口に配置させろ」

「はい、閣下」


「私一人で王女に会う。おまえはすぐに手配を」

「はい、閣下」


 副官が足早に遠ざかっていくのを確認して、グラントは塔の内部へと足を踏み入れた。


 長く狭いらせん階段を上がると、古い木のドアがあり、押すときしんだ音を立てて、開いた。


 室内に入ったグラントは、無言で目を見開いた。


 そこには、灰色の、飾りけのないドレスを身につけた少女が一人。

 柔らかそうな金茶色の髪が、ふわりと揺れた。


「覚悟はできております」


 そう、しっかりとした声で告げた少女は、まるで罪人であるかのように、床にひざまづいて頭を垂れ、両手を前に差し出していた———。


***


「まるで闇夜のような、青みがかった黒髪。光のない黒い瞳。たしかにあなたは帝国の若き宰相、グラント・アドラー公爵ご本人とお見受けする」


 先王アレキサンドルは、わずかな召使いに世話をされ、病に伏していた。

 それでも、ベッドの上で上半身を起こし、右手を胸に当てて、礼を取った。

 視線で召使いに合図をして、部屋から下がらせる。


「あなたがここまでお越しになるということは、王国は帝国のもとに下ったということですな」

「そのとおりです」


 グラントは先王のベッドの脇に立ち、そのやせた体を見下ろした。


「あなたのご家族を教えていただきましょう」


 グラントの問いに、先王はうなづく。


「息子が一人。王位をすでに譲りました。王妃がおります。そして娘が一人。娘の母は十年ほど前に他界しております」


「あなたの息子に聞いたが、王女の母は聖女だったとか」

「そのとおりです」


「あなたの息子は、王女は私にやるから、自分の命を助けろと言っていた」

「!!」


 先王のやせた体が怒りで震えた。


「半分血のつながった妹を売り渡すとは、恥知らずな」


 グラントは先ほど訪れた、王女の暮らす塔を思い出した。

 王女があの待遇を受けていたのは、父王のせいではないのだろう。


「グラント殿。あなたに頼みがあります」

「率直に言って、あなたは何かを頼める立場にはない」


「それでは、ひとりごとを申し上げましょう」


 先王は、グラントをまっすぐに見上げて言った。


「私の命を差し上げます。その代わり、テッサの命を助けてください」


 グラントは淡々と言葉を返す。


「理由は」

「私の命はもう、長くないからです。国を治めることももうままならぬ」


「なぜ、王女を助けようとする? 王妃や息子にうとまれた庶子なのでは?」


 グラントの問いに、先王はかすかに笑ったように、見えた。


「あなたにもいずれおわかりになるでしょう。あの娘は———祝福なのです」


「聖女が死んだ後、次の聖女が生まれていない、というのは、本当か?」

「そのとおりです」


「聖女に、他に子はあったのか?」

「ありませぬ。テッサただ一人です」


 グラントが皇帝に託された密命は、「聖女の血筋を引く娘を連れて来い」というものだった。

 そのために、わざわざ皇帝の右腕である宰相が王国までやって来た。


 聖女はすでに死去しており、新たな聖女は生まれていない。

 聖女の血筋を引く娘は、王女テッサただ一人。


「王女は殺さず、帝国へ連れて行く」


 グラントの言葉に、先王は無言でうなづいた。

 そして体の力が急に抜けたように、ベッドに倒れ込んだ。


 先王の寝室を出ると、グラントは副官に命じる。


「王女テッサは皇帝のもとに連れて行く。急ぎ支度をさせろ」


 こうして、テッサの運命は決まった。

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