第20話 卒業旅行は有馬温泉

 三月も中旬を過ぎると、卒業旅行っぽい若い人達で新幹線も混雑しているが、まあ京都で降りる人が多いかな。

 私は、姉のみのりちゃんといっしょに招待され、ミュウちゃんのおばあちゃんの家に向かうのだ。カツヤ君も姉の権限で強制連行された様だが、特に私に対してクレームは無かった。まあ彼も四月から中学生だし、多少は大人になったのであろうか。それとも温泉が好きとか。

 新幹線で新神戸まで行き、そこからバスに乗った。カツヤ君が言うには、新大阪から高速バスで行った方が早いらしいのだが、そこは子供の旅行。時間よりコスト優先になるのだ。

 

 バスターミナルには、ミュウちゃんのいとこにあたる三十代前後と思われる男性が迎えに来てくれていた。


「よっちゃん久しぶりー。ああ、みのり。この人が私のいとこの芳夫さんよ。それでよっちゃん。フキちゃんはもう三歳だっけ?」

「いや、五月で三歳だよ。にしてもミュウ。お前おっぱい大きすぎね?」

「やだよっちゃん。お友達の前で変な事言わないでよ!」

「はは、わりいわりい。おいカツヤ。荷物、早いとこ車に積んでな」

 芳夫さんが乗ってきたのは、よく温泉ホテルや旅館で使われるお客の送迎用のマイクロバスで、聞くところによるとミュウちゃんのおばあちゃんちは、老舗の温泉旅館を経営しているのだそうだ。はは、どうりでうちのお母さんも来たがっていた訳だ。


「よっちゃん。今の時期は忙しかったんじゃない? 突然悪かったね」ミュウちゃんがすまなそうに言う。

「なーに。別にお前らに客室は必要ねえだろ。うちの居間で十分さ。まあフキが夜泣きするかも知んないけどな。まあ、あんまりお構いは出来ないけど、食事は用意するし、温泉は入り放題だ。のんびり受験疲れを癒せばいいさ」


 そしてマイクロバスは十分ほど山道を入り、ミュウちゃんのおばあちゃんちに到着したのだが……。


「ちょっとあき君……すごい立派な旅館だね……」みのりちゃんが驚いているが、正直私も驚いた。ここ普通に泊まったら一泊何万円もするんじゃないのか? 

「ああ、みのり。あきひろ君。こっちこっち」ミュウちゃんに誘導され、その旅館の前を素通りし、庭先を一寸抜けた所に、普通の一軒家が立っていた。

「こっちが本家ね。でもお風呂は旅館のやつ入り放題だから……あとで旅館の中案内してあげる」ミュウちゃんがそう言って笑った。


 ◇◇◇


「ご迷惑をおかけしますが、宜しくお願い致します」姉のみのりちゃんが、ミュウちゃんのおばあちゃんに丁寧にあいさつしている。ミュウちゃんのおばあちゃんも、もう七十は越えているとの事だが、毎日温泉で磨いているせいか、五十代だと言われても判らないくらいの美魔女ではあった。


「こちらこそ。いつもミュウとカツヤがお世話になっています。本当なら宿の方にお泊りいただければよかったんですが、ちょうど混雑する時期で……ごめんね」

「そんな。滅相も無いです。泊めていただいてお風呂を頂けるだけで十分です!」

「そうかい。まあ温泉だけでもたっぷり堪能していって下さいね。それでミュウ。あんたのご要望通り家族風呂五時まで押さえてあるから、晩御飯前に入って来なさいな」

「うわっ、おばあちゃんありがと! それじゃみのり、あき君、カツヤも行くよ!」

「ちょっと待った姉ちゃん。家族風呂って……もしや」カツヤ君が困惑顔で尋ねた。

「そうだよ! か・し・き・り!! みのりにも事前に許可とってあるから、あんたも恥ずかしがらずに入りなさい!」

「お姉ちゃん……いいの?」私も姉の本意を確認する。

「一応ね……ミュウが、貸し切りだからタオル巻いてていいって……」

 

 と言う訳で、ミュウちゃんの計略にはまり、僕とカツヤ君は、姉のみのりちゃん共々、旅館の家族風呂に入る運びとなった。とは言え……凄いなこれ。露天風呂じゃないか。二十畳位の和風の座敷に縁側がしつらえらえ、庭に当たる部分に池ではなくて五m四方位の岩風呂が造られている。そして温泉が掛け流されているのだ。

 座敷には脱衣籠が用意されていて、そこに来ている物を脱いでいれるのだが、当然、お姉ちゃん達の脱衣を見る事ははばかられる。それはカツヤ君も同じ様で、私と二人、姉達に背を向けて、ちゃちゃっと服を脱いで、手拭いを腰に巻いた。


「なによあんたたち。実のお姉ちゃんのなんて見慣れてるでしょ」ミュウちゃんはそう言うが、いやいや、ミュウちゃんは実のお姉ちゃんじゃないし、カツヤ君にとってみのりちゃんもそうなるのだ。とりあえず、大き目のバスタオルを二人とも巻いているので、裸が眼に飛び込んでくる事はないのだが、今度女子高生になる美少女二人の温泉バスタオル姿とか……凶悪以外の何物でもないな。カツヤ君など、狼に囲まれたウサギのごとく、露天風呂の隅っこに、後ろ向きに座っていた。

「まったくカツヤはいくじがないなー。あきひろ君見習いなよ。堂々としてるじゃん」

 いや堂々としているのはミュウさんだけです。みのりちゃんも心無しか、顔が真っ赤だ。

「それじゃあきひろ君。私の背中流してくれる?」ミュウさんが攻めてくる。

「いやいやいや。それは勘弁して下さい……それじゃこうしましょ。僕はお姉ちゃんの背中流しますから、ミュウさんはカツヤ君に流してもらうのでは? これなら差し障りがないかと……」

「うーん。まっ、それで妥協しよう。みのりもカツヤに流されるんじゃ嫌だろうし」

 そんな感じで、なんとかギリギリの線で収めたぞ。


「それじゃお姉ちゃん。宜しくお願いします」

「もう……あき君とお風呂入るのいつ以来だろ……恥ずかしいよぉ」

 そう言いながらも身体に巻いたバスタオルをはずして、僕に背中を見せてくれた。いや、前はタオルを手で押さえたままだけど……お姉ちゃんの背中と脇……綺麗だな。

 

 キュンキュンキュンキュン……いかん。なんだか変な気分になりそうだ。頑張れ私。私は一流の賢者……


「うわっ、ねーちゃん。俺の大事なところつまむなよー」

 ちょっと向こうで、カツヤ君の悲鳴が響き渡った。


 ◇◇◇

 

 夕食は本家の居間で、おばあちゃんと芳夫さんの奥さんと娘のフキちゃんがいっしょだったが、おじさん夫婦や芳夫さんは宿の仕事中で一緒には食べられないそうだ。それにしても、宿泊客と同じものじゃないのかと言うくらい豪勢なものが用意されていて、これまたビックリだ。

 姉のみのりちゃんがちょっと早く食べ終わったので、フキちゃんを構っていて、その間に芳夫さんの奥さんが夕食を掻き込んでいたのだが、ミュウちゃんが私のそばにやって来て、耳元でささやいた。


「あきひろ君。私、明日の午前中カツヤ連れて、ひいおばあちゃんに会いに行こうと思うんだけど……君もいっしょに行く?」

「えっ、いいんですか?」

「さっきおじさんに聞いたら、別に問題ないって。多少ボケてても、私の事は忘れてないみたいで、せっかくだから私も会っておきたいしね」

「僕はうれしいですけど、お姉ちゃんついて来るかな?」

「まあそんなに長居はしないわよ。それで、その介護施設の近くに有名なうどん屋さんがあるのよ。お昼はそこにするって事でどうかな?」

「それでしたら是非お願いします。その……ひいおばあちゃんに、マナと魔法の事を教えて貰えたらうれしいです」

「了解。みのりには、お昼にうどん食べるついでにひいおばあちゃんに会うって言っとくわ」


 よし。これで懸案事項が一つ解決するかも知れないぞ。ミュウちゃんのひいおばあちゃんが一体何者で、何を知っているのか……はやる気持ちを抑えながら、私は寝床に付いたのだが……なぜか私の布団の両脇が姉とミュウちゃんだ。しかも二人とも成分補給と称して、私と手をつないでいる。ミュウちゃんなぞ、さらに向こう側に寝ているカツヤ君の手まで握っていて、まるで四人で手をつないで、寝ながらお遊戯している構図の様である。


「あき君とこうして並んで寝るの久しぶりだね。もちょっとこっち来てもいいんだよ」

「いやお姉ちゃん。反対の手をミュウさんが握っててそっちには行けない……」

「なによ。それじゃ私が……」

 そう言って姉のみのりちゃんが私の布団に潜り込んできた。

「うわっ、お姉ちゃん。だめだよ」

「いいじゃん……ほら反対側見て見なよ。カツヤ君もミュウにぴったりくっついでるじゃん」

 いや、あれは多分、彼の意志では……キュンキュンキュンキュン……だめだ。こりゃ興奮しちゃって眠れそうにないわ。


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