第14話 胸の大きい姉の友人

 その後、元の世界への帰還手段と母と姉に対する代償の考察は手詰まりとなり、私はそのまま小学四年生に進級した。こちらの世界ではマナが大気中に無いため、私のいた世界とは異なり、魔法の技術は全くと言っていいほど発達していない。そりゃそうか……だが、歴史を紐解くと、過去には相当研究されていた様でもあり、図書館には魔法に関するそれなりの書物もある。私もかなりの読書家となったが、ラノベなどという書籍は空想物として出版されているが、内容的に、私達の世界を実際に見て来たのではないかという精度で書かれたものもあり、この星の全人類の中には、実際にあちらの世界と行き来したものがいるのかも知れないとも思われた。

 そのうち、この作家さん達にお話しを聞く事が出来ないかな。私一人では成しえない様な事でも、協力者がいればなんらかの突破口が見つけられたりするかもしれないのだ。自分の成長がまどろっこしくてそんな事を考え始めていた時の事だった。


 そう。あの人が私の目の前に現れたのだ。


 ◇◇◇


 中学二年生になった姉のみのりちゃんは、夏休みに夏期講習というやつに行くのだそうだ。高校受験自体はまだ一年以上先なのだけれど、現在の志望校がそれなりにレベルの高いところらしく、この夏休みで一度自分のレベルを客観的に測りたいという事らしい。

 姉の一学期の通知表を見せてもらったが、ほとんど4か5で、だいたい3の私と比べ、とても成績優秀だと思われるのに、バスケ部の朝練もかかさず、夕方から塾通いという大変尊敬すべき姉である。えっ。お前賢者なのにそんな成績なのかって? 仕方なかろう。こちらの世界の事は、私の元いた世界とは大いに異なるのだよ。


 八月の真ん中あたりは旧盆と言って、塾も朝練も数日お休みになるため、みのりちゃんのお友達達が我がさとなか家に集まって、夏休み後の模試対策の勉強会を行う事になったと姉に告げられた。


「それじゃ、僕は外出したほうがいい?」

「あー大丈夫だよ。三、四人で居間でやるから。外もあっついし、勉強の邪魔にならなければ居間でも自分の部屋でも好きにしてていいから」

「そう……わかった」正直、今年も異常な猛暑との事で、私もあんまり外出はしたくなかったので、姉達の勉強のじゃまにならない様、家の中でじっとしていた。

 お母さんは決まったお盆休みがないため、朝から仕事に出かけ、十時を過ぎたあたりで、姉のお友達が三人、我が家を訪れた。

 中二女子といっても、姉のみのりちゃんより可愛い子はおらず……いや、一人だけ異様に胸がでかいな。いやいや、見ちゃダメだろ。

 私は、よい弟をアピールすべく、居間に上がった彼女達に麦茶をふるまい、そのまま自分の部屋に籠り、自分の夏休みの宿題をちょっとやった。


 そして正午を回ったあたりで、みのりちゃんが私を呼びに来た。

「あき君。こっちおいでよ。お昼一緒に食べよう。ピザ頼んだんだ!」

「えー。お友達まだいるんでしょ? 恥ずかしいよ」

「大丈夫だよ。みんな、あんたの顔、ちゃんと見てみたいんだってさ」

 みのりちゃんが、ちょっといたずらっぽく笑った。

 まあ姉の顔を立てるのも弟の役割か……そう思って居間に行ったら、キャーっと嬌声があがって驚いた。


「あなたがみのりの自慢の弟君かー。お名前は? 何年生?」例の胸の大きな子がいきなり私に質問してきた。

「あ、はい。あきひろです。小学四年生……」

「えーっ。私も五年生の弟いるけど、あきひろ君はずいぶんしっかりしてるわね。こりゃ、みのりが自慢たらたらなのも判るわー」

「そうなんですか?」不思議そうな顔をしている私に姉のみのりちゃんが慌てて説明する。

「あき君。ミュウの言う事は信じなくていいから。私、別にクラスであなたを自慢してる訳じゃないのよ! ただ、すごくいい弟で私にはもったいないと……」

「それを自慢っていうんでしょ!」ミュウと呼ばれた巨乳の子が姉に突っ込んだ。そしてミュウちゃんは、私への質問を続ける。


「それであきひろ君。君、お姉さんと一緒にお風呂入ってる?」

「ちょっとミュウ。何馬鹿言ってんのよ。さすがにもう一緒には入ってないわよ!」

 みのりちゃんが慌てながら私の替わりに答えた。

「えーそうなの? 私はまだいっしょだよ。カツヤは最近、もう色気づいちゃって、私の胸ばっかり見てるよ! ああカツヤってのは、私の弟ね」

「ミュウ。あんた馬鹿なの? 実の弟誘惑してどうすんのよ?」

「そんでね。あいつも私見ておっきくなるのよ。もうキュンキュン!!」

 ミュウちゃんの爆弾発言に、みのりちゃんだけでなく他の二人もちょっと引き気味……いや、なんか興味深げに聞き耳立ててるな……いや待て。いま彼女は何と言った!?


 キュンキュン!?


 もしやミュウちゃんは、弟で劣情を催すとマナを生成出来るのか? だとすれば、もしや私の様に、魔法使いや賢者の系譜に連なる存在なのか? すぐにでも真偽を問いただしたい気持ちを抑えつつも、私の疑問はその一点に集中した。

 そう。ここでマナを造れるのか直截ちょくさいに尋ねたところで、本当の所を教えてくれるとは限らないだろう。私だって生まれてこの方、この秘密を他人に漏らした事はないのだ。ミュウちゃんに問いただすにしても、二人きりの時を狙わなくてはダメだろう。

 

「ほーら。馬鹿言ってないでピザ食べよう。冷めちゃうよ」

 みのりちゃんの声に、場の一同は冷静さを取り戻した様で、その後みんなで昼食にした。


 勉強会が再開し、私は自室に戻った。だが、さっきのミュウちゃんの言葉が頭から離れない。彼女が本当に家族でキュンキュンしてマナを造れるとしたら、魔法も使えるのだろうか? 私の正体を打ち明けて協力を要請すべきなのだろうか? そんな思いが頭の中をグルグル回っていた。

 なんとかミュウちゃんと二人で話が出来ないか……そんな事を考えていたら、思いが通じたのか、ミュウちゃんが一人で私の部屋にフラリと入って来た。


「あきひろ君。何してんの?」

「な、夏休みの宿題です。お姉さんはどうしたの?」

「ああ。みのりちゃんが、スズちゃんとユヅキちゃんに公式教えてるんだけど、そこ私大丈夫なんで……ちょっと休憩。邪魔だった?」

「いいえ! 僕も丁度休憩したいなーって思ってたところで……」

「そか。それにしてもみのりの部屋とカーテンで仕切ってんだ。これじゃ声とか丸聞こえだよね?」

「別にそれで困る事は……そ、それでお姉さん。ミュウさんでしたよね。教えてほしい事があるんですけど」

「何かな?」

「さっき、弟でキュンキュンするって言ってましたよね? それって、マナを……」

「あー。君も同類か」

 おお、話は途中だったが、通じた様だぞ。

「それじゃ、ミュウさんは魔法を!?」

「あん? あー、まあ魔法っちゃ魔法か。君もみのりでキュンキュンするんだね……」

「あ、はい……」

「うはー。かわいー……それじゃあさ。今度、私とキュンキュン試してみない? さすがに私も、カツヤばっかりいじるのもねー」

「はいっ! 宜しくお願い致します!!」


 居間でみのりちゃんの声がした。

「ミュウ。説明終わったから、次、英語ねー」

「あ、うん。今行くわ」そう言いながらミユウちゃんは、私の机の上の紙きれに何かを書いて居間へ戻っていった。


「これは……RINEのアカウントってやつ?」

 うーん。私はまだスマホと言う奴を持っていないのだが……なにか大人の匂いがプンプンするな。学校に持って行くのは禁止されているが、クラスでもスマホ持ってる奴は結構いるみたいだし、そろそろおねだりしてもいいのかも知れない。これは私の帰還に関わる重要なターニングポイントになるかも知れないのだ。

 そう考えて私は、お母さんが仕事から帰ってきたら、スマホをおねだりしてみようと心に誓った。



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