ルーリアの少女

みずき九州

序章

Prologue

数百年前のルーリアの森。


奴らは家に火を放った。妻を俺の眼の前で犯した。そして子どもと妻を連れ出し、村の広場で火あぶりにした。その間俺は何もできなかった。ただ見ているしかなかった・・・


「殺す、殺してやる。この人間風情が!!!」


栄華を誇るエルフの族長は人間の手によってすべてを失った・・・


かつてエルフは最強の部族だった。少数派でありながらその強力な魔法により多数派の人間を支配していた。しかし人間は賢かった。短命ではあるからこそ世代交代を重ねられ、常に何かを生み出していた。そうして科学技術が発達し、火薬と銃が発明された。一方エルフは長命種であるが故に進歩することなく魔法に依存していた。


魔法士でなくても扱える銃は人間にとって革命的な道具であり、エルフに対抗できる唯一の手段でもあった。対抗手段を手に入れた人間は一致団結し、各地で反乱を起こし、ついにエルフは支配される側に転落した。


それから目的を果たした人間は自分の利益を追求するため人間同士で戦争をし、世界の勢力図は大きく書き換えられた。


それから数百年が経過した現在、大量破壊兵器の開発、人工衛星やインターネットによる相互監視、国家間の半依存的な経済の結びつきにより世界は平和に保たれているように思われていた・・・


戦歴二一六九年二月、レーシア連邦共和国ルーリア自治共和国の山中。


ここルーリアの森はかつてエルフを含む五部族がそれぞれ領主として統治していたが、第五次大戦などを経て、現在では人間が仕切る大国に併合され、神聖ミティシテェリアル帝国のルーリア州とレーシア連邦共和国のルーリア自治共和国に分割統治されている。


私の名前はアイーシャ・ヴェノスカヤ。妹のニーナと二人でこのルーリアの森に住んでいる。ここは冬になるとあたり一面雪に覆われ、外部との交流も極端に減少する。


私の父は狩猟で生計を立てていた。母は幼いときに亡くなり、私が中学に上がると父は高校にいけ、森ではなくもっといい生活を送れといつも言っていた。毎日勉強に勤しんでいたが、父が病気で死んでからは妹を養うため私が代わりに狩猟を行っていた。


「ニーナ、狩りに行ってくるねー」


「いってらっしゃい、お姉ちゃん!」


私は今日も狩猟に出かけた。厳寒期はクマなどの駆除対象が冬眠しており、シカを狩っても大した収入にならないため家で食べる分だけ狩りをし、あとは家で過ごすようにしている。


森の中を移動していると一匹のシカを見つけた。使う弾丸は一発。苦痛を与えないために一発で仕留めるのが私のモットーだ。


動き出す前にシカの首を狙って狙撃し、シカは地面に倒れ込んだ。さっと血抜きをし内蔵を抜いたあと、満足しながら家に帰ろうとすると、家のある方からバーンと、大きな銃声が聞こえてきた。妹が心配で慌てて近づくと、軍服をきた男が二人家から出てきた。手には銃を持っていた。


彼らは誰なんだ。何しに私の家に。それにさっきの銃声・・・・・まさかまさかまさか!


裏口に回り、大急ぎで家の中に入ると、妹が血を流し倒れていた。そんな・・・


「おねえ、ちゃん。痛、い」


「喋らないで。今手当てするから」


何とか手当てをしようとしたが出血は止まらず、手は紅く染まり妹は徐々に生気を失っていった。


「ニーナ、ニーナ!お願い反応してよ!」


そんな。ニーナ。死んじゃいやだよ。お願い、目を覚ましてよ。


私は妹が死んだという現実を受け入れられなかった。ひとしきり泣いた後、私は衝動に駆られ、持っていた猟銃で男たちを追いかけた。


そう遠くにも行ってないだろう。素早く足跡をたどり妹を殺した軍人を見つけた。


「お前ら、止まれ!よくも妹を撃ったな!」


呼び止めると獲物を見るように見つめられた。軍人とは思えない。あれば殺しを楽しんでいる顔だ。


「なんだこのエルフのガキ。お前もすぐ楽に」


私は彼らが言い終わる前に銃を撃ち、私を殺そうとした男は地面に倒れた。私・・・今何をした・・・・・?


「は・・・・・お前あいつを撃ったのか・・・・・?おい、お前・・・・・ダメか。クソ、このガキが殺してやる!」


このままじゃ殺される。そう思った私はとっさに撃つと相手の頭が吹き飛んだ。大量の血が噴き出し、全身返り血で紅く染まった。


ヒッ、こ、この人達、死んだ・・・・・よね。私、殺人犯になっちゃったの?でもこれって正当防衛・・・だよね。


死体を前に最初は恐怖を感じたが、その後は獲物を殺したときと同じ高揚感を覚えた。それがまた奇妙で、私はしばらく自分の銃を見つめていた。


私は初めて人をのだ。


死体の処理を・・・いやどうでもいい。こんなやつクマの餌にでもなればいいんだ!


家の中は荒れに荒れ、ニーナの血によって床は赤く塗られていた。あいつらはニーナを殺しただけでなく、家中の家具に破壊の限りを尽くしたようだ。あいつらまじで許さない!


怒りは収まらずキッチンの上に置いてあった皿をすべて床に投げ落とし、椅子を壁に投げつけた。椅子は棚にあたりなにかが落ちてきた。拾い上げたそれは家族写真であり、見ていると涙が込み上げてきた。


お父さん、お母さん、私これからどうすればいいの・・・・・私を一人にしないで・・・・・


床に座り込み、妹の亡骸を見た。ニーナ、ニーナぁ・・・


しばらくうずくまっていたが、このまま放置するのもかわいそうなので、妹を抱き上げ、父の墓の隣に埋めてあげた。


台所で顔に着いた血を流していたら、テレビが流れてることに気づいた。聞いてみると、隣国ミティシテェリアルが突如として侵攻を開始したようだ。私が殺した二人の男たちはどうやらミティシテェリアルの軍人だったようだ。


テレビを見ていると遠くのほうでなにか爆発のような大きな音がした。これで終わりではない。攻撃は始まったばかりなのだ。


近くにある村に行くため血まみれの服から着替えて、持てるだけの銃弾を持ち集落へ向かった。村に行くときいつも車を使っているが、音を立てないように徒歩で移動することにした。


降り積もった雪を踏みしめ、一歩一歩進んでいった。細い山道から外れ、地元の人でなければ絶対にわからないルートを選び、あれから何時間が経っただろうか。雪山を降りてようやく人里に着いた。


どうなってるのこれ。それに村のみんなは?ひっ、これは死体?まずい早く逃げないと。


村はすでに瓦礫の山となっていたのだ。また敵がやってくる、そう思った私は村を離れどこか遠くの街に向かうことにした。


スマホを開き近くの街を探した。どこ、どこにいけばいいの。見つけた、えっとリーキウ市か。ここから一五キロか。これならいける。よしここにいこう。


最短でたどり着くために大通りを外れ、畑を抜けていった。なにも遮るものがない殺風景な光景だ。


途中で疲れて農村で休憩していると、何やら怪しい男たちを見つけた。住民か?近づいてみると斑模様の服を着ているのがわかった。あれは軍服だ・・・・・


聞き耳を立ててみると、ミティシテェリアル語を話しているのがわかった。あまり意味がわからないが、ろくでもない話をしているのはわかる。逃げようとしたら地面に転がっていた枝を踏みつけ、物音を立ててしまった。


「おいなんか音がするぞ。誰かいるのか?」


まずい、逃げないと。でもどっちに行けばいいんだ。


どこに逃げるか迷っているうちにここまで敵が来てしまった。


「女がいるぞ!こんなところでこそこそ見やがって。ん?なんだ、この女銃を持っているぞ!」


逃げられないと悟った私は物陰に隠れ、銃を放った。デタラメに撃ったが、散弾であったため偶然にも敵に命中した。しかし一瞬怯んだだけで反撃してきたため、致命傷にはならなかったようだ。再び撃とうとしても向こうはアサルトライフルで連射をしているため隙が一切ない。銃身だけ外にだし撃っていったが、敵の攻撃が収まることはなく。次第に弾が減っていき窮地に立たされていた。もう逃げられない、そう思った瞬間銃声がやんだ。


い、いったい何事!?あ、この人たちは・・・もしかして助かった・・・・・?


彼らはレーシア軍だあ。軍の人たちが助けに来たのだ!


「君、大丈夫かい?」


「はい。なんとか・・・・・」


「今近くの街に行く途中なんだ。君がよかったら乗せていってもいいが」


「近くの街ってどこですか?」


このリーダーと思わしき男は「リーキウ市」といった。どうやら同じ目的地のようだった。なので私は厚意を受けることにした。


「中尉本当に連れて行く気なんですか。敵に見つかったら軍用車両は真っ先に狙われるから危険じゃないんですか。それになにかあったら置いていくしかないですよ」


「それでもここで見捨てていっても助かる道はないだろ。ほらとっとと車を出すんだ」


「了解です、中尉殿」


運転手は渋々といった感じでアクセルを踏み、リーキウ市に向けて出発した。荒い運転だ・・・


「私はイワン中尉だ。君、名前はなんて言うんだい?それに家族はどうしたんだ」


「ヴェノスカヤ、アイーシャ・ヴェノスカヤ。家族は・・・いません・・・・・」


ここで家族がいないということは、つまりそういうことだ。車内は一瞬にして静寂に包まれた。


「そうだ、嬢ちゃん猟銃を持っていたが、それは誰のだい?別に責めてるわけじゃないぞ」


「これはもともと父のものでしたが、今は私のものです。私の父は猟師だったので。もしこれで人を殺したら罪になりますか・・・?」


しばらく悩んだ様子を見せたあと、イワン中尉が答えてくれた。


「それってまさか・・・・・まあいい。敵を殺したのであれば罪に問われることはない。ただ心に傷を負ってないかが問題だ。本来なら病院に行くべきだがこんな状況じゃいけないよな・・・・・」


そうか。私のやったことは許されるのか・・・・・


外を眺めていると、町並みが見えてきた。リーキウ市についたようだ。車から降りたらイワン中尉から言われた。


「そうだ、もし仕事も見つからず行き場所に困ったら街の軍司令部に来てくれ。軍はいつでも君を受け入れてくるぞ」

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