苺を収穫するなら春が一番

第36話

春の風が吹く頃でした。


「あっ、ゆきくん!」


私が買い物から戻るとゆきくんが丁度帰ってきたところだった。



「……蘭ちゃん」



ゆきくんの顔は蒼白で、いつもより元気がない感じ。


「今日は買い物だったの?」


私の買い物袋を見て、ゆきくんが力無く言った。


「うん、そう」


「……ゆきくん、どうしたの?」


「いや、別に」



そう言ったゆきくんはいつものゆきくんじゃなかった。



「じゃ、また今度ね」



ゆきくんが家の扉を開けようとしたら鍵がかかっていた。



「……まじかよ」



どうやらゆきくん、鍵を忘れたご様子。

慌ててインターホンを押したけど家からは誰も出てこない。



「あ、ゆきくん。

良かったら、うちで待ってる?」


私の言葉に「ごめん」と呟いた。



「お邪魔します」


やっぱりゆきくんの様子がおかしい。

だって、いつものゆきくんはもっと元気なはずだもん。



「ゆきくん、やっぱり変だよ」


第一、まだ部活が終わる時間じゃないし。

いつもは持って帰ってくるギターもしょっていないし。



「……いや、ホントに何でもないから」



一瞬ためらってからそう言ったゆきくんはすごく遠くを見てる感じだった。



「……秀がもう少ししたら帰ってくると-」


「あいつには会えない」



私が秀の名前を出したら大きな声でそう言った。

こんなに慌てるゆきくん初めて見た。



「あ、ごめん。


でも、ちょっと色々あって。

あいつには会えないってゆーか……」



急いで笑顔を作ったけど私はもう、何年もゆきくんのことが好きなんだよ?



「……ゆきくん、」


私はゆきくんの手を握った。


「笑わなくても、大丈夫だよ?」



なんだか前にもこんなこと、言ったような気がするね。

私の言葉にゆきくんはソファーに倒れこむ。



「ごめん、蘭ちゃん。


今だけ俺のこと見てないフリしてくれないかな」



だけど、泣きそうなゆきくんを放っておくなんて私には、できないよ。



「……見ないフリするし、聞かないフリするから、ここにいても良いかな?」



私の言葉に腕で顔を隠したまま小さく、頷いた。



「……秀には言わないで」



誰にも言わないよ。大丈夫だよ。

そう言いたかったけど聞かないフリをしなくちゃいけないから。



ねぇ、ゆきくん?


私はいつからか、ゆきくんの全部を好きになっていたよ。



昔はゆきくんのキラキラした笑顔や大人っぽいところが好きだったけれど、今はもうそうじゃないゆきくんも全部、全部、だいすきです。




そう言ったとしても、ゆきくんは笑って“ありがとう”って言うだろうから、私はもう少し妹でいようと思います。

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