第16話 純白の朝チュン

「——ん……」


 窓から入る陽の眩しさに、目を開く。

 居たのは、自分の家のソファ。あのまま寝てしまったのか。柊に感謝も言えなかったな……。


 って!


「……は?」


 だるさと眠気が一気に吹き飛んだ。ソファに寄り掛かって眠っているのは……柊?


 え、ちょっと待って。今何時?

 時計を見る。


 ……朝、八時。


 外から鳥の鳴き声。

 窓から入る純白の光。


 これは世に言う、朝チュン。


 え? 朝チュン? いや、何もしてないからちょっと違うのか?


 ——そんなことは考えないことにしよう。


 いや、なんで柊が此処に居るんだ? 帰ったんじゃないのか?

 柊の話を聞いた後の記憶が無いから分からないけれど、これはもう。


 今日は、土曜日。学校の日ではない。それが少しだけの救いだ。

 だとしても、朝まで此処で過ごしたなんてあり得ないはず。柊の話を聞いて眠っている間、変な夢も見た。


 これはあの、図々しい夢の続き?


 でも、柊の幼い寝顔やきめ細やかな肌、長い睫毛を見て、静かな寝息と手に触れるさらさらとした髪で、これは現実だと思い知らされてしまう。


 ああ。こんな幸せな日があっていいのだろうか。


 白鳥には申し訳ない。あいつだって、柊のことが好きなんだ。柊が俺のことを特別だと思っていないことくらい分かってはいるけれど、一晩過ごしたことだって結構な重大事項だ。


 一人で悶々としていたってしょうがない。まずは柊を起こすことにした。


「……柊」


 緊張して声が小さくなってしまう。ソファから降りて肘をつき、頬をつんつんとつついた。

 数秒して、彼女は眠そうに寝返りを打った。


「ぅん……? りゅうせい、くん?」


 俺の片手を少しだけ握って、目をうっすらと開けて、そんなことを言った柊。

 え? 流星、くん?


 寝ぼけてるからとかそんなのはどうでもいい。

 俺、死んでもいいかもしれない。可愛すぎる。どうしよう。


 その瞳が光を宿し、焦点が俺に合わさった途端、俺の手を握っていた小さな手がぱっと離れた。


「おっ、音畑くん⁉ ごめん……!」


 ビシッと立ち上がってぱたぱたとリビングを出て行ってしまう柊。その後ろ姿でさえ輝いているようで、少し動けなくなってしまった。


「……可愛すぎだろ」


 昨日、柊の口から。


 ——『一番仲良いのは音畑くん』


 そう聞くことが出来た。


 それが特別な感情ではなかったとしたって、やっぱり嬉しくなってしまう。

 柊。もうこの想いは止められないよ。


 しばらく経って、廊下をずっとうろうろしていたらしい柊がリビングに戻ってきた。頬は上気して、今でもりんごになってしまいそう。


「……音畑くんまだ調子悪そうだし、朝ご飯作るね」


 言われて初めて気づいた、体のだるさ。「ありがと」と短い返事をしてから、バタッとソファに倒れ込む。


 柊の手料理が食えるってだけで、ちょっと元気になった気がする。そんな俺は気持ち悪いだろうか。


 俺の柊への想いが少なくとも迷惑じゃないって分かってしまったら最後。

 ごめん、俺は柊が好きだ。


「……」


 表情筋が緩んでしまう。今俺は気持ち悪い顔をしているだろう。

 それでも今其処そこに彼女がいるだけで、そんな気がかりなことなんて吹き飛んでしまった。

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