第14話 二人きりの家で

「心配してたんだよっ! なんで無理して外出たのっ⁉」


 いつもより遥かに焦った表情でそう言ってくる柊。その表情を見て、もう死んでもいいほど安心した。


「……家に居るのが、だるくて」

「だるいとかの問題じゃないよ。もし白鳥が見つけてくれなかったらどうしてたの? こういう時は、全部事情を学校に話すか友達に頼るかするんだよ!」


 早口でまくし立てた柊は一息に言い切ると下を見た。

 これだけ心配させていたんだ……そう思うと、胸が痛くなる。


 白鳥——あいつは何をしたいんだろう。二人はお似合いのはずなのに、わざわざ柊に連絡をして、家に来させてあいつは帰って。

 意図を教えてくれよ。俺には分からないよ。


「……ごめん」

「分かったならいいの」


 ぷくっと頬を膨らませた柊は、手際よく洗面所まで行って手近のバケツを取り出す。


「音畑くん、このタオル使っていいー?」


 脱衣所のタオル置き場から青色のタオルを取り出して戻ってきた柊は、いつもの調子でそう聞いてきた。


「……うん」


 ありがとうって言いたいのに、世話かけてごめんなって言いたいのに、声が出ない。

 でも柊と話すきっかけを作ることが出来たことが何よりの救い。体調不良になって良かったのかもしれない。


 バケツに水を汲んでタオルをつけた柊は、それを畳んで俺の額に乗っけた。

 ひんやりとした温度が心地良い。倒れる前の暑さとは大違いだ。


「音畑くん。相槌打たなくていいし目をつむっててもいいから聞いて」


 こうして改めて話されることは少なかった。一体何を話すつもりなんだろう。

 心地良い空気に、言われるがままに目を閉じる。


「私……今日、音畑くんに会えなかった間色々考えたんだ。でも、結局話した方が早いと思って」


 それはそうだ。俺たちは最近、ずっと話してこなかった。

 だからこそ分からないことだってあったかもしれない。


「……昨日音畑くんが一緒に居た女の人、あれ誰なの?」


 その言葉に、重い瞼を開ける。

 目の前には、口をとがらせて俺を覗き込む柊が居た。


 え。もしかして柊が昨日学校を休んだのは、俺が蘭と一緒に居るのを見たから?

 でもだからって、学校を休むまでするか……?


「俺の幼馴染なんだよ。違う学校で、たまたま公園に行ったら偶然会ったんだ」

「彼女?」


 いつになく積極的な柊。こんな柊を見ることは珍しくて、まじまじと見てしまった。でもだるくて、また目を伏せる。


「彼女じゃない。ただの幼馴染」


 今度こそ、間違えない。


 例え届かない想いだったとしたって、俺はこの気持ちを忘れずに大切に持っていると決めた。


「……そっか」


 聞いた途端にほっとした表情になる柊。


 なんで。なんでそんなほっとするんだ?

 蘭が彼女じゃないって事実だけで、ほっとするの——?


 でも。


 今聞く時じゃない。

 今はその時じゃない。


 俺だってこんな状態で、起き上がるのさえだるい感じだ。聞くにはまだ早い。


「——柊こそ」

「え?」

「白鳥と仲良いじゃん」


 もう一度重い瞼を持ち上げて、問い掛けた。自分が傷ついたかのようなその表情に、俺まで胸を締め付けられるような痛みを感じた。


「……白鳥は、色々相談できる友達。一番仲良いのは音畑くんだって、自分では思ってるよ?」


 俺の額のタオルを取って、もう一度濡らしながらそう言う柊の耳は、心なしか紅く染まっていた。


「……ありがとう」


 なんて幸せなんだろう。勘違いが無くなって心置きなく話せるこの時間が、とてつもなく愛おしかった。この時間がずっと続いて欲しいとさえ思った。


「うん!」


 俺には眩しい。その全開の笑顔が。


 ——俺も柊に眩しいと思わせられるぐらい、強い男になりたい。

 そんなことを思いながら、眠りの沼に引きり込まれていった。

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