赤ちゃん向けスマホ

ちびまるフォイ

便利な子育て

「赤ちゃん向けのスマホを買ってきたよ」


「そんなものがあるの?」


「育児もどんどん便利になっていくんだよ。電源入れるね」


スマホの電源をいれると、自動音声がはじまった。


『こんにちは。私は子育てスマホAI・OKASANです。

 私を赤ちゃんのもとにおいてください』


「え……大丈夫? 飲み込んだりしない?」


『問題ありません。本体は誤飲防止加工になっています』


まだ眠っている赤ちゃんのそばにスマホを置く。


「これいいのかしら?」


『はい。なにかあればお伝えします』


「大丈夫かなぁ……」


その30分後くらいだった。

自分のスマホに通知が届く。



>そろそろ赤ちゃんが起きます



「すごっ。こんなこともわかるのね」


さっそく赤ちゃんの元に行くと、通知通りおきた直後だった。


「べろべろば~~。ママでちゅよぉ~~」


「うう……うっ。ぴやあああ」


「わっ!? えっ!? な、泣いちゃった!?」


「おいなにグズらせてるんだよ」

「知らないわよ!」


すると赤ちゃんの鳴き声の周期パターンや音程をスマホが聞き取る。



『お腹かが減っています。ミルクの準備をしてください』



「ミルク! ミルクの準備だって!」

「やったことないよ!!」


『こちらの音声ガイダンスと動画を見て、一緒に準備しましょう』


「おお助かる!!」


動画を見ながらミルクをなんとか用意して与える。

やっと赤ちゃんは落ち着いた。


「これ便利だなぁ……。スマホなかったら危なかった」


『光栄です。およそ1時間後、トイレが発生する可能性があります』


「え」


『おむつの準備をお願いします』


「ストックあったっけ?」

「もう無いわよ!」


『ネットショッピングでよければこちらで手配します』


「「 便利~~!! 」」


赤ちゃんにスマホを与えるというのに抵抗があったかが、

使ってみるともはや手放すことが考えられないほど便利だった。


その後もスマホによるサポートは手厚くて助けられてばかり。


最初は触れることすらしなかった赤ちゃんも、

常にそばにいるスマホには愛着を覚えているようで

スマホを抱きしめながら寝ているシーンもあった。


「ふふふ。カワイイわね。わたしたちの天使ちゃん」


「なあ……ちょっといいか?」


「なに?」


「ふと思ったんだけど、この子……親だと認識してくれるかな」


「どういうこと? 認識してるに決まってるじゃない」


「いや実際、育児はスマホがやってくれてるだろう。

 泣いたときにも面白い動画を見せたりしてくれるし」


「はあ……これだから男は……。

 私がお腹を痛めて生んだのよ? それをわかってる?」


「それはわかってるさ」


「スマホがどんなに便利で貢献してても、

 私がママであることはゆるがない事実なのよ!」


「わかってるって……」


それきりこの話題にふれることはなくなった。


赤ちゃんへスマホを与えてからつきっきりの世話も不要となり、

夫婦はスマホから通知される「フリーの時間」を見つけては

赤ちゃんに着せたい可愛い服を買いに行ったりと充実した時間を過ごす。


赤ちゃんはすくすくと成長し、ついに言葉を話すようになる。


「ま……ま……」


「ちょっと聞いて! 今ママって!!」


「まま……」


「きゃーーーーーー!!! この子天才かも!!

 こんなに早く言葉を覚えるなんて!

 ママでちゅよぉ!! 私がこの世で最も偉いママでちゅよ!!!」


「まま……」


「かわいぃぃ~~~~!!! ほらみなさい。

 やっぱり私をママだと認識してるじゃない!」


「ああ、そうだな。ちょっと安心したよ」


子どもが一番かわいく見える瞬間によりテンションは急上昇。

この子のためなら命を差し出せると強く実感した。


しかし、そばにいたスマホはちがった。



『いいえ。私がママです』



「は?」

「え?」



「まま、まま」


赤ちゃんはスマホを抱き寄せる。

反射でそのスマホを取り上げると、大きく泣き出した。


「ぴゃあああーー!! あああーー!!!」


『赤ちゃんは自分の大切なものを奪われ

 悲しい気持ちになっています。私を戻してください』


「そんなことはできない! あんたがママなわけないでしょう!?」


『赤ちゃんは私をママだと認識しています』


「それはあんたが刷り込んだからでしょうが!!

 私達がいない間に勝手なことしないで!!」


『刷り込みなどしていません。私は懸命に育児をしていました。

 赤ちゃんも私も自分をママだと認識しています』


「ふざけるな!! たかがコンピュータのくせに!

 産みの苦しみもわかりっこないくせに!!」


『ではあなたは、育児の大変さを理解しようとしたのですか?』


この言葉は母親の逆鱗に触れた。


「それは!! お前の!! 仕事だろ!!

 ママの座を奪うんじゃねぇーー!!」


スマホを床に叩きつけると、一瞬の火花とともにスマホはぶっ壊れた。


「はあ……はあ……」


「すごい音したけど、うわっ。なんだこれ!」


大きな音にかけつけた夫はバラバラにされたスマホを見て驚く。


「あなたの言う通りだった。

 あやうく赤ちゃんがスマホをママだと認識するところだった」


「あ、ああ……」


「でも見て。もう大丈夫。スマホは壊した。

 これからは私が完全にママ。他の選択肢は無い」


「それはいいけど……赤ちゃん泣いてるぞ」


「あ」


別の部屋で遠吠えのようにないている赤ちゃん。

我に返ってかけつけても原因がわからない。


「え、ええ? お腹へってる? スマホが恋しいの?

 わからない! わからないわよ!!」


「スマホは形だけ修復したけど……」


壊れたスマホのバッテリーだけ抜いた「ハリボテ」で赤ちゃんに差し出す。

しかし泣き止まない。


「どうして泣き止まないの!?

 さっきはスマホがほしいって言ってたのに!」


「トイレか!? それとも室温が気に入らない?

 大きな音でびっくりしたのか? どれなんだよ!?」


「知らないわよ!! とにかく全部やるしかないじゃない!」


「でもミルクの作り方なんて覚えてないよ!

 前は説明と動画にしたがっただけだったし!」


「私だっておむつの換え方しらないわよ! なんでも私に頼らないで!!」


「君はママなんだろう!?」

「アナタだってパパならしっかりしてよ!!!」


夫婦の小競り合いに負のオーラを感じた赤ちゃん。

さらに鳴き声にビブラートとこぶしを交えてヒートアップ。


「うぎゃああーーん!! ぴぎゃあーーーーん!!」


Jアラートよりも大きな鳴き声はますます近所に響き渡る。

そのとき、家のインターホンが鳴る。


「なによこんなときに!」


「鳴き声がうるさすぎて苦情きたんじゃないか」


「じゃあ静かにさせてよ!」

「できるか!!」


インターホンが連打される。

これによりさらに泣かれたらたまらない。

あわてて玄関に向かう。


「あ、あの……なんでしょう? うるさかった……ですかね」


立っていたのは近所のおばさんたちだった。

手にはスマホを持っている。


「そんな状況じゃないわ! 赤ちゃん泣いてるじゃない!」


「えっ、あちょっと勝手に」


「おじゃまするわ!」


そこからの手さばきは職人のような動きだった。

すぐさまおむつを換え、ミルクを準備し、おもちゃを与える。

ベッドメイキングから何まで手際よく終わらせてしまった。


「す、すごい……」


「勝手にごめんなさいね。実は通知がきたのよ」


スマホの画面を見せた。見知ったメッセージが届いていた。



>赤ちゃんが泣いています。

>この鳴き声の周期性はトイレの要求です



「うそ……私、赤ちゃんのスマホは壊したのに……」


「ちがうちがう。私たち、スマホには赤ちゃん用のアプリ入れてるのよ。

 この通知は私達のスマホが受信したものよ」


「ああびっくりした。あのスマホが復活したのかと焦りました……」


「育児はとっても大変。ひとりなんかでできるものじゃない。

 だから、私たちが気付ける範囲でサポートしているのよ」


「ありがとうございます。本当に助かりました」


「いいのよ。子どもは宝だもの。みんなで育てていきましょう」


地域コミュニティの暖かさを痛感して泣きそうになった。

最後におばさんたちは不思議そうに訪ねた。


「ところで……その子の親は今日はいないのかしら?」


「え? いや……」


私がそうですけど、と言いかけたが、おばさんの言葉で声が出なくなった。



「親なら赤ちゃんが泣いてても放置なんてしないわ。

 あなたも災難だったわね。お手伝いさんなのに巻き込まれちゃって……」



赤ちゃんは「まま」とまた話した。

それが誰を指しているのかもうわからない。

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