第32話 環境調査飛行船船長
「河口に向かうなら汽車の方が早い。駅に向かおう」
そうロバート船長に促され、探偵事務所を出てこの街最大のリバーサイド駅へ徒歩でぞろぞろと向かう。
「駅なら……その子はどうするんだ」
とバレットを指さして聞くと、ディランは路地裏へ使い魔を押し込むと何やら手で指示を出し、瞬く間に犬だった姿が黒い蛇に変わった。鎌首をもたげたところを左腕に巻き付かせてそのまま袖口に収納し、犬の姿や幻覚もまずい場所はこれで問題ないと言う。
「便利なものだな……」
「こういう事態に備えてげっ歯類や小鳥や小型のトカゲなどで色々試してみたんだが、極端に体が小さいとふとした弾みで潰しそうになるから蛇が一番いいんだ。腕に巻き付いてるから落ちないし」
「でも乗客に見つかったら大変な事になりそうですね」
「安心しろ。まずばれないから」
人混みの中で足を踏まれるよりいいよな、とディランが袖口から蛇の鼻先を人差し指でつつくと、返事をするかのように二又の舌がぺろりと出てきた。
雨の国の交通手段は馬車か蒸気機関車か飛行船が主だが、特に機関車については雷の国で更なる新技術が発展していると聞く。
この街最大の駅であるリバーサイドはレンガ造りが特徴の古い建築で、改築と修繕を繰り返す構内に見渡す限り人がたくさんいるのは何だか異様な光景にも見えた。
「レオン様、切符はこちらの券売機で買うんですよ。イーストサイドまでなので2ポンドです」
「すごい。蒸気機関車に乗るのは初めてだ」
「初めてって……」
マジ?と振り返り船長に確認されたディランが無言で頷いている。
改札を通り、駅員が懐中時計を確認しながら案内の声が飛び交う中、四人で客車に乗り込んだ。空いていたボックス席でアルジャーノンが廊下側、私が窓際に座り、しばらくしてから汽笛と共に蒸気機関車が動き出す。流れる景色と見慣れぬ車内に、つい落ち着かなく周囲を見渡していると対面に座った船長が不思議そうに尋ねてきた。
「……もしかして、やっぱりずっと城の中で生活してたのか?」
「そうだ。なんだか新鮮な気分だ。ちょっとわくわくする。民はこうやって移動するんだな」
「箱入り息子ってやつか……いや~俺じゃあ、そんな閉鎖的な空間には耐えられそうにないな」
「一人で放り出された時は本当に驚いたが、なんだかんだ物珍しくて面白い」
「なんか、悪いけどさ、リアクションが田舎者と変わらないんだよな」
「無礼ですよ」
「これを無礼って言ったら、田舎者に対しても無礼になるだろ」
呆れた様子の船長は続けて、ここから二駅だからすぐ降りるけど少し話そうぜと言って背もたれに体重を預け、頭の後ろで両腕を組んだ。
「まぁ、俺は移動手段としては飛行船が一番だと思うけどな。空の上からの景色は格別だ。時に夜明けなんかはな。何より、基本一人で気楽なのがいい。汽車でそんなに感動するなら、ぜひあの景色を見せてやりたいよ」
「それは楽しみだ」
「環境調査船っていうなら船自体もでかいんだろ? なのにお前一人で管理してるのか」
船長の隣、廊下側で足を組んで座るディランが聞いた。
「あー、俺は機械いじりが好きな性質でね。今は訳合って修理中なんだが、いつもはステラ……俺の相棒役である管理ロボットと同行しているんだ。船の修理や管理なんかも、船にいるメンテナンスロボ達と一緒にやる。普段はそうやって依頼された場所への旅を続けてるんだが、長旅の時は腐れ縁のコックを乗せる。あっ、こいつは人間だぞ。旅の飯はやっぱり大事だからな。中々一人だとその辺が難しくて、いつも頼み込んで乗ってもらうんだ」
「へぇーなんだか面白そうですね。どんな事をするんですか」
「世界各地の危険な場所にしか生えない珍しい動植物の生態を観察しに行ったり、採取したり、調査レポートを書いて木の国にある環境保護機関本部へ提出するんだ。俺達が集める資料が機関で精査され、最終的に旅人が利用するガイドブックや図鑑、魔法学校の教科書の元の資料になる。調査団の要請があれば各学者達お偉いさんを乗せる時もある。ギルドの仕事は近辺の魔物退治や護衛だったりすると思うが、それの植物版なんだよ、要はな」
得意げに言い、ついでに煙草吸ってもいい?とにこやかに聞いてきたがアルジャーノンにダメですレオン様の前ですよと即座に却下されていた。
しばらく考え込んでいたディランが、思い出したように呟く。
「あー、そういや火の国の空路に魔物が出現したらしいが、もしかしてそれの影響を受けたのか」
「そ。噂は聞いてたから、風の国から火の国上空を渡る際に遠回りすればよかったんだが、博士の訃報を知って急いだのが悪かった。船体の傷は最小限ですんだのは幸いだが、迎撃ロボット達がいくつか破損しちまったんだ」
「そりゃ災難だな……そいつ、どんな魔物だった?」
ディランの問いに、ううむと顎に手を当てて船長は唸る。
「羽が見えて……いや、相当大型の鳥だと思うんだが……あまりにも速すぎてよくわからなかった。先ほどまで快晴だったのに、突如海上から出現した竜巻の中からそいつが現れて、そこからは一瞬の出来事だったよ。もしロボット達が写真を撮れていたら、少しは解析できるかもな」
「うーん。そこまで危険度が高くて長引いてるなら、火の国の巫女の側近がすぐ解決に動きそうなものだけどな。領空の問題でもあるのか?」
不思議そうにディランが呟くが、さぁなと船長も首を傾げていた。
「火の国では、そいつとはまた別のトラブルも起こってるみたいだぜ。たぶんそっちに手いっぱいなんじゃないか?」
彼がそう答えると次の駅のアナウンスが聞こえてきた。これの次の駅だからな、と言いながら船長が興味津々にこちらへ向き直る。
「な、良ければ君達の話も聞かせてくれよ。お忍びなんだから、何か訳有の旅なんだろ? 遠方の姫さんに会いに行くとかか?」
「そういう訳じゃない。試練の旅、のはずなのだが……」
「俺はこいつらの都合に巻き込まれてるだけだ。人がこんなに嫌がっているというのに、直属の上司が音信不通というだけでこのこき使われよう。酷いと思わないか? お前からもなんか言ってやってくれ」
「トラブル続きで大変難航しております。それと、要人警護は貴方の仕事の一つでしょう職務怠慢ですよ。ロバート船長もそう思いませんか?」
「その件に関して、俺に同意を求めないでくれよ……」
三者三様の答えを混乱しながら聞いた船長がこちらの話に相槌を打つ。しばらくした後に駅に着き、ひしめき合っていた乗客たちが汽車を降りていった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます