第5話 再会

「頼むベルさん、急で悪いが直近の予定を変更したい。ここ二週間先、俺宛に来る予定は全部断ってもらっていいか? ありがとう。マルコ! 行方不明者の件だが俺も捜査に——えっ」

「ディラン、お前に客だ」

 すっかり陽も暮れかけた頃、忙しなくギルドの扉を開いては流れる様に受付嬢に声をかけた後、こちらを向いては見事にビシリと固まった昼間ぶりの姿があった。

「ちょっと待て! なんでここにそいつがいるんだ」

「おう、お前の事を探し回っていたぞ」

 私は慌てて口の中に残っていたパンを飲み込み、咳払いをして口を開く。

「ディランと言うのだな! 知っていると思うが私はレオンだ。道中よろしく頼みたい」

「いや知らないね! こいつ、ずっと俺の事を誰かと勘違いしてるんだよどうにかしてくれ!」

「勘違いしていない。私の事を知っていただろう。しらばっくれるな」

「見ろ! この話の通じてなさを!」

 今にも地団太踏みそうな剣幕だったが、マルコはすげなく肩を竦めた。

「事情は知らんがどちらにしろ、レオンみたいなボ……奴が従者や師もなしに一人で出歩いてる事がそもそもおかしいだろう。こうして本人が頼んでるんだ、護衛に付いてやれよ」

「はぁ⁉ なんで俺が——っ、いや、それよりマルコ、行方不明者の件だ、俺も捜索に加わっていいか」

「それよりとはなんだ」

 思わず口を挟んでしまったが、二人は全く意に介さず会話が進んでいく。

「そりゃいいが、急にどうしたんだ。普段そっち方面の依頼は受けないだろう」

「ちょっと事情があってね……助かるぜ。それじゃあ」

 決まりだ、じゃあなと立ち去ろうとするので待ってくれとつい腕を掴んだ。即座に悲鳴が上がる。

「どこへ行くんだ頼む一緒に来てくれ何か契約に不都合があるなら城の者には私が言っておくから!」

「そりゃ不都合だよどうして俺の言う事を信じないんだお前の身分なんかマルコも見抜いてただろ!」

「マルコでもってなんだ」

「……それはそうだが」

「それはそうだがってなんだ」

 マルコが私達の会話に苦言を呈す間にも押し問答は続き、終いには埒が明かないと察したのか放せと彼が勢いよく腕を振り解いた。即座に踵を返して悪態を吐くその背を追うと、だからなんで着いてくるんだと唸る。

「いいじゃないか、言う事聞いてやれよ」

 じゃないと、たぶん雛鳥みたいにお前にずっと付いて回るぜと、呆れた顔のマルコがどこかで聞いた台詞を言った。

「そんなに深い溜息を吐かなくてもいいだろう」

「当然の様に付いて来やがって……なんだその澄んだ目は……」

 ギルドを出て、すっかり夜になった街をディランと共に歩く。大げさな身振り手振りをしながら騒ぐ若者や、千鳥足の酔っぱらいがぶつかりそうになるのを嫌そうに避けながら、ディランは顰め面で告げる。

「お前な、俺が悪人だったらどうするんだ? 今頃全財産と身ぐるみ剥がされて死体が川に浮かんでる可能性だって——」

「昼間助けてくれたじゃないか」

「あれはっ……いや、いい。もうわかった。今ここで巻いたとしてもまた財布をスられそうだし、お前は街で俺を見かける度に追尾してきそうだ」

「正しくその予想通りになるだろう。ようやくわかってくれたか」

「なんで得意気なんだよ」

 ガス灯の明かりを反射する水たまりが残る敷石の上を足早に歩くディランは苦々し気に言うと、そのまま目も回る様な人混みをするすると器用に抜けてしまうので、うっかり置き去りにされないよう慌てて後に続く。

「待ってくれ、これからどうするつもりなんだ?」

「それは寧ろ俺がお前に聞きたい事だけどな。俺の予定は当分、行方不明者探しだ」

「……確かに、人命救助が先だな。では、それが終わったら旅に付いてきてくれるという事か」

 信号待ちの交差点でたくさんの馬車が往来する中、群衆と共に足を止めたディランは怪訝な目をこちらに向けた。

「いや納得してるところ悪いが、お前の都合と俺の予定は本当に関係ないんだよ」

「守秘義務でそう言わざるを得ないんだろう? わかっているとも」

「……お前は何もわかっていない」

 苦虫を嚙み潰した様な表情で言った後に信号が変わり、再び雑踏と共に歩き出す。大通りを抜ける間、何度か他愛もない話をしてみては素っ気ない返事をされるのを繰り返している内に辿り着いた、街の西門に備え付けられた馬宿の看板を指し示し彼は振り返った。

「ここで馬を借りた後、山に登る」

「なんだ、やっぱり山に向かうんじゃないか」

「お前の目的地には行かないぞ」

「だから隠さなくても……ん? なぜ私が水源地に向かうとわかるんだ。それは城の者しか知らないはずだぞ。やっぱり貴方は何か知って——」

 あ、と言葉を濁したディランはこちらが詰め寄る前に混雑している受付へ逃げてしまった。私がその背後でなんとか言葉を挟む隙を窺うも当然そんな場面は訪れず、代金を払った彼が店主と忙しく言葉を交わすとしばらくしてから馬番が二頭の馬の手綱を引いてきた。足と額に白斑のある青鹿毛の馬と、全身栗毛の馬だ。

「乗り方はわかるよな」

「ああ。馬は好きだ。ところで話の続きだが——」

「用が早く済めば街に戻れるが、しばらく戻れない可能性もある」

「聞こえないフリをするな」

 青鹿毛の馬にディランが颯爽と跨るのを見て、自分も栗毛の馬に近づいた。ピンと立てた耳と共にこちらを窺う穏やかな眼差しを見つめ、よろしくなと声をかけると馬は小さく嘶き、鼻を鳴らす。よほど急いで来たのか、門を潜る馬車の御者台で安心したかの様に額の汗を拭う小太りの商人とすれ違う様に街を出て、一礼する門番に軽く挨拶をした後、常歩から徐々に速度を上げていく。

 彼の跨る青鹿毛の馬は、毛並みも一目でわかる程健康状態が良く綺麗だったが、とても軽やかに走る馬だった。かなりの速度のはずなのに、まるで重力を感じさせずまだまだ余力が残っている走り方だ。対するこちらの馬は大人しく合わせているとは言え、なんだか彼らの気まぐれ一つで森の中へ置いていかれそうになる様な、なんだか妙な予感めいた不安さえ感じた。

 瞬く間に住宅街を抜け、どんどんと人里を離れて山奥へ向かう。街を出た時は周りが明るくて気がつかなかったが、旅には必須であろうランタンなどの明かりも持たないままで駆け出したため、闇が口を開けた様な森が近づくにつれいよいよ恐ろしくなった。枝葉の突き出した獣道でない事だけが救いな夜の森の中で並んで風を切り、声を張り上げて会話する。

「水源地でないなら、どこへ向かうと言うんだ」

「噂の館だよ」

 その発言に驚いて隣を走る彼を見やると、まるで猫の目の様に翡翠の瞳が光った気がした。


「吸血鬼に会わせてやる」

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