いつまでもそのままで。

学生作家志望

わすれもの

夕焼けの道。綺麗なオレンジ色。夏の香りがした。


こうして思っていると、また久しぶりに会いたくなってしまうな。だからこのことはずっとしまっておかないといけないんだ。


それでもやっぱりまた会いたい。雨が降って、水たまりに泥が含まれていく。茶色く濁る水に、透き通った水がまた落ちてくる。その水も茶色くなってあとは姿をくらました。


思い出したいのか思い出したくもないのか、小さいころによくやった手と手を重ねて一番下の手に当てられないようにするゲーム。名前もよくわからないままにやってたよね。


積み重なって、積み重なって、何重にもなった。だから最初に重ねた手が誰のものかもわからなくなった。そういうちょっとアホらしいことを未だに独りで続けているのが僕。


そんなの気にしないで夢を追いかけてるんだろ。多分あの子は。


「おーい、ちょっと手伝ってくれ。」



「ん、なにー?」



おじいちゃんは、すっかり年取った。小学生のころに自分の名前が全然書けなくて何回も怒られてしまっていたのを未だに覚えている。紙が何枚も何枚も積み重なって、泣きながら書いたものだから名字も名前もぐちゃぐちゃでわけがわからなくなった。


あんなにおじいちゃんに怒られたのはあれが初めてであれが最後だったなと思う。あんなに怒ってたのに、僕がぐちゃぐちゃにした紙を最後まで見てたよね。


なんて、覚えているのも僕だけ。思い出したくもないほど怖かったけど、思い出してしまってる。どうしてかな。



「これちょっと運ぶの手伝ってくれ。」



「わかった。」



おじいちゃんの言葉は、実はすごく聞こえづらい。昔からそうだった。これは雨の降るパシャパシャって音でかき消されて聞こえないとかそんなんじゃない。滑舌がとにかく悪すぎて、口をパクパクしてるだけのように見えるんだよ。もしかして歯が少ないのかもしれないけど。


まあそれでも僕にはおじいちゃんの言葉がわかる。なにを言っているのかは、おばあちゃんよりも理解が早くて驚かれた。たぶん、耳がいいだけだろう。



「よ、し。ありがとう」


「いいよいいよ!」


最近、よく笑うようになったな。昔はこんな表情見れなかったのに。


過去はどうしても強く美化されて残る。あの時はよかったなとかそんな言葉が出たりするのもそのせいなのである。しかしそれは大きな矛盾で、あの時はよかったと思っている、あの時には、早く今になりたい、とそういう風に思っていたりするものなのである。


今が美化されないのは、過去があるせいだ。まだ経験の少なかったあのころに過去はない。だから、今のような未来が美化されるのだろう。


あの時は見れなかったおじいちゃんの表情もあれば、あの時にしか見れなかったおじいちゃんの表情もある。


本気で怒ってくれたあの時のおじいちゃんは本当の意味で優しかったかもしれない。


おじいちゃんは認知症と言われた。過去を忘れ始めている。今見せた笑顔は本当におじいちゃんかな。



「忘れてた、そう。手紙が届いとったの。」



「だれ?僕?ほんとう。」



廊下の真ん中に立ったままに、子供のころからなんか好きだった鹿の頭の壁掛けを見つめていると、おじいちゃんが紙を2枚持ってきてくれた。



「これ、、」



高校生のころ、初めてラブレターをもらった時を思い出した。嬉しくて嬉しくてたまらなくて、廊下の真ん中で思わずジャンプしちゃった。


白い紙にハートの赤いシール。好きな人からの手紙であってほしいと祈って、ハートのシールを取った。すると、近くの階段からこっそり見ていた男友達が笑いながらこっちへ走ってきたのだ。僕はもうわかってしまった現実を頑張ってひん曲げようするも、友達に告げられた残酷な告白によって夢からたたき起こされることになる。



「はあ。」


思い出したくもない。また思い出してしまったよ。あいつらは今ごろどうしてるかな。手紙を見るたびに、また嘘じゃないかって思ってしまうよ。


でも誰からだろうか。今更、僕に手紙なんて。卒業してから3年がたった今。夢もなにもない僕は、おじいちゃんの畑を手伝いながら普通のサラリーマンをするという日々を送っていた。


夢も希望も全て持ち合わせたあのころの奴らは、1人残らず地元を飛び出ていった。しばらく会っていないし手紙なんてくるわけない。


じゃあ、誰だ?


丁寧な折り方がされた紙を丁寧にほどくと、中に紙が見えた。


「なんだ?」


雨が降りやんだ。水たまりの茶色い濁った水に、注がれていく新しい水はもうない。太陽が灰色の雲の間から声をあげる。


紙に反射した強い光が僕の目にささった。それでも僕は手紙を離すことなく目を伏せることも決してせずに文字を見つめていた。


手紙を送ってくれたのは、学生のころずっと仲が良くて、それなのに憧れでもあった好きな人で間違いがなかった。目を疑ったが、紛れもないあの人の文字だった。


綺麗な文字・・・・・・。その文字にすら惚れてしまいそうになる。


1文字1文字全て丁寧に書かれた手紙が嬉しくて内容があまり入ってこなかったが、なんで送ってくれたのかのわけはちゃんと読み取ることができた。


夢をもって上京した彼女は、どうやら無事に上手くいっているらしく、そろそろ地元にも帰ってこれるくらいに安定してきたという。


やっぱりすごいな、僕とはまったく大違い。でも未だに僕のことも考えてくれてるんだって思うと、情けなくも心が弾んた。


あんなに仲良くしてたのに、あっさりと振られてしまったときは世界の終わりを祈ったよな。


今やまたこうやって会いたいって言ってくれてるんだから、隕石が降ってこなくてよくなったものである。


もう会えないと思って閉じ込めていた思いも、もうこれで閉じ込めなくていいんだね。


積み重ねて、また積み重ねて、最初に考え始めた好きって単純なことすらわからなくしようとしてた。


手と手を重ねて、一番下の手に当てられないようにするゲーム。久しぶりにやろうかな。誘ってみよう。


手紙の返事を書いて、最後に名前を書き込む。


「じいちゃん、ちょっと近くのポストまで行ってくるね。」



「あ、おおう、手紙か。」



「うん。」



「名前、ちゃんときれいに書けたか?今度は、ぐちゃぐちゃにならんように。」



「・・・・・・わかった!行ってくる!」

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いつまでもそのままで。 学生作家志望 @kokoa555

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