第3話 指人形を盗んだ子

洗濯物をカゴに移していると、ぽろっと何かが零れ落ちた。

「えぇ……? なによこれ……」

どうしてそんなものが出てきたのか、一瞬わからなかった。

けれどすぐに可能性の一つに思い至る。そして怒りが沸々とこみ上げる。

「タツヤね、こんなもの、盗んでくるなんて……!」


それは、デフォルメされた狐のようなデザインの、黒ずんだビニール製の指人形だった。



「あんたこれ、まさかあの家から盗ってきたんじゃないでしょうね」

じゃわからんし」

「人形ごみの家! 奥の階段前にある庭に気持ち悪いごみ山作ってる家! あんたも知ってるでしょ!?」

「知らん」

「……あっそ。じゃあもうそれでいいから。これ捨ててきなさい」

「はあ!? なんで、オレが!」

「あんた以外こんなもの拾ってくる人うちにはいないでしょ! 責任もってあんたが捨ててきなさい!」

「オレじゃねーし! オレがそんな、……そんな気持ち悪い人形なんか取ってくるかよ! お前が捨ててこいよ!」

「親に向かって何よその口の利き方は!」


思春期の子供は本当に難しい。

何を考えてこんなもの盗んできたのか、何を考えて必死に否定して反抗するのか、さっぱり理解できない。あたしにだって思春期も反抗期もあったはずなのに、親になってみるとどうしてあんなにもバカなのかまったくわからない。

子供って、わけがわからない。

「はあ。さっさと大人になってくれないかしらね、あの子」

夜道を歩く。握り込んでいた右手を開くと、手のひらには狐の指人形。

タツヤは話が通じないし、家に置いておくのも嫌だったからもう自分で捨てに行く。無駄に怒鳴ったせいで頭が熱くて痛かったけど、涼しい夜風の中を歩いているとずいぶん和らいだ。

「ったく、なんであたしがこんなこと……」

ほどなくして人形ごみの家の前に到着し、

「しなくちゃいけないのよっ!」

愚痴を込めて人差し指サイズの人形をごみ山に投げつけた。

かっ、こっ。柔らかなビニールが固い何かに当たる音を二つ鳴らして、人形は闇の中に埋もれた。




家に帰ると、ちかちかと照明が点滅するリビングでタツヤは、部屋の隅に椅子の足側を持ってうずくまっていた。

「あんた、なにしてるの……?」

部屋はめちゃくちゃだった。壁や食卓や棚に細くて長い傷が深々と、いくつも付けられている。クッション、座布団、ティッシュ、雑誌のビリビリに破られた破片が床中に散らばっていて、その上に誰かが歩き回ったような黒い足跡残っていた。

「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい」

タツヤは真っ青な顔を涙で濡らしながら必死に何かに謝り続けている。

「ちょっと、タツヤ、これ……」

「ごめんなさいぃ!ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい!」

「いいから……いいから、なにがあったか説明してよ。どうしたのよこれ……」

「ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい」

怯え切って、まるで何かを寄せつけまいと椅子を掴んでいたタツヤが話せるようになったのは、二時間後、パパが帰って来てから。


パパは困惑したまま、半信半疑といった調子でその話をしてくれた。

「タツヤとお前が喧嘩して、お前が怒って出て行ったとこまでは合ってるよな?で、タツヤがいうには、お前はすぐに戻ってきたらしいんだ。

包丁を持って。

そんで手当たり次第に暴れ回ったんだと。包丁振り回して、クッションを千切って、獣みたいに叫んで……。この、足跡が……がいたあたりだな。位置的に逃げられなかったから部屋の隅にいたらしい。身を護るために、椅子を向けるようにしてな」

なあ、一体なにがあったんだ? パパにそう聞かれても、まるで答えようがなかった。あたしにだって、何がなんだかさっぱりわからなかった……。

けど、とにかく。


もうここには住んでいられない。切り刻まれた机を見ながらそう思った。

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