TRUE♰LIE
れむ
第1話 プロローグ
22時を過ぎ、街の喧騒がすっと引いていく。
人通りの絶えた細い路地は、昼間はただの生活道路だが、夜になれば“別の顔”をさらす。
西鈴特別警察区――治安強化地区として整備されたこの街でさえ、日が落ちれば闇の匂いが濃くなる。
その路地裏で、少年と少女が複数の影に囲まれていた。
「ほら、見てみなよ。 いいモノだぜ?」
ケラケラと耳障りな笑い声が重なる。
男たちのひとりが、“透明な袋に入った白い粉”を見せつける。
少年――柚紀は、姉である葉月の前へ一歩出るように立った。
夜風で揺れる柔らかな髪。まだ幼さの残る表情だが、その瞳にはわずかな好奇心が宿っていた。
「この薬、すっごくいいって評判なんだよ。お兄さんたち、今日は特別に分けてあげるってさ」
「で、でも、それって……」
葉月の声は震えていた。
分かっている。これは危険なものだ。
けれど、気圧される空気に逆らう勇気が持てない。
「まあまあ。一回だけ、な? やばいと思ったらやめればいいんだから」
男は柔らかな口調で畳みかけながら、袋を葉月の手に無理やり握らせた。
逃げ場は、ない。
恐怖で固まる葉月とは対照的に、柚紀は興味を惹かれたように袋を天井の薄暗い蛍光灯へ透かしたり、振ったりしはじめた。
「へぇ……これ、そんなに面白いんですか?」
その反応に、男は笑みを深める。
「ああ、体が軽くなるみたいに気持ちいい。勉強も部活も、なんでも楽になる。
ほら、今の君たちには“特別に”ってことで……今日だけサービスだ」
「特別!?」
そのひと言で、柚紀の表情が一気に跳ね上がる。
「やったじゃん、姉ちゃん! ラッキー!」
「ちょっ……ゆず……!」
「ああ、やっぱり姉弟なんだね」
男と目が合った瞬間、葉月の肩がビクッと震えた。
男は、わざと優しい笑みを浮かべたが、その奥にあるものは“好意”ではなく“支配”だった。
「お姉ちゃんも、一回でいいから試してみな。大丈夫、すぐ気持ちよくなるから」
逃げられない。
断ったらなにをされるか分からない。
葉月の背筋に冷たい汗が伝う。
そんな姉の恐怖に気づくことなく、柚紀は無邪気な笑顔で袋を受け取った。
「ありがと、おじさんたち。ほんとラッキーだよ。
………ほんとに、な」
その瞬間、彼の笑顔の奥に、
“燃えるような静かな怒り”が潜んでいることを、
男たちはまだ知らなかった。
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