*第二十一日目 六月一日(日)

 六月一日の朝は快晴だった。

 昨夜は、布団の足元に座布団を置いてみた。毎日充血気味のあし。『こうすれば少しはマシだろう』と思ったからだ。寝つきはイマイチだったが、その甲斐あってか、波の音も気にならず、朝までぐっすり。

 六時の目覚ましでカーテンを開けると、あたりはすっかり明るくなっている。雲はあるが、真っ青な青空をバックに、大きな白雲が浮かんでいる…といった天気。


 七時ギリギリまでかかって、荷物の整理と足のテーピング。

 七時ジャストにインターホンが鳴る。朝食は質素。

 目玉焼きに、山盛りのシラスとコンブ。カマボコ三切れにオシンコ。焼きノリ、それに味噌汁。

 ここのところの朝メシは、初期の頃の元気がない。それでもゴハンは、軽目だが茶碗に二杯頂く。

 そうそう昨晩…と言っても、この時期の午後六時代では、まだまだ明るいのだが…海の見えるこの1F食堂で食事をしていたおばさん五人組、ここに宿泊していたようだ。


 食後はいったん部屋に戻って、用足し&歯ミガキ。そしてチェック・アウト。今日は太めの初老のおばさん。この人が女将おかみさんのようだ。ならば昨日の女性は若女将。

 小学生の女の子がウロウロ、チワワもチョロチョロ。今日は日曜日だ。


 会計を済ませ、七時半頃宿を出る。

 先ずは、表の自販機でペットを一本仕入れる。本日も、特に立ち寄る予定の場所は無い。今日は足をズリズリ、「足摺あしずり」方面を目指すのみ。


(冗談半分ではなく、どこかで誰かが言っていた。「足摺」に到達する頃になると、足にくる人が多いと…実際自分もそうだ。右足にトラブルを抱えてしまっている)。


 岬到着は明日の予定。


 目の前の「国道56号」は、宿のすぐ先から上っているが…その手前に「四国のみち」の看板。左に入る旧道がある。先の事などわからないが、朝一の事、とにかく入ってみる。

 このコースは上りではなく、海岸線に沿う道。木々に覆われて日が当たらず、朝露で湿っぽい細い道。

 向こうを向いた小型のパネル・トラックが一台、左側に駐車中。普段は誰も用の無い、すっかり忘れ去られた道。でも、こういった運転手さんにしてみれば、格好の休憩場所。

 そんなひっそりとした光景を目にし、思い浮かんだものは…「言葉の乱れ」を声高に語る(概して高齢の)有識者の姿。しかし、嘆いてみたって始まらない。言語とは、生き物のように変化する。それが時代の流れなのだ。

 同様に、より「快適さ」を求めて、道路という物も進化する。道の増殖は日進月歩。新しい道が作られ・新しい橋が架けられ・新たなトンネルが掘られれば、旧道・旧橋・旧峠道はすっかり忘れられた存在となる。


(「ドーナツ現象」という学術用語がある。文化は、その中心から放射状に伝播し、それを取り巻く帯状に広がりを見せる。だから、まったく正反対の場所で、同じ特徴を示すという。ゆえに、主流からはずれるほど、かえって昔の姿をとどめていたりするものなのだ…というが、それを学んだのは二十年以上も前の事。情報が入り乱れ、混沌とした現代においては、当てはまらないものも多いだろう。たとえば、『資本論』で有名な「マルクス」先生や「エンゲルス」先生などの経済理論{代表的な「需要と供給」など}は、現在ではまったく通用しなくなっているという。確かに「百円ショップ」やケータイの「一円セール」など、『いったいどうなっているのだ?』と思わせるものが多々ある)。


 すぐに、向こう側の集落「上川口かみかわぐち」に出る。小さな漁港もあるようだが、今日は日曜日。それに朝という事もあってか、のんびりとした空気が漂っている。台風一過でみな御機嫌なのだろう、声を掛けてくれるおじさん・おばさん。狭い街並を抜けて、国道に合流。

 左手に、海と朝日を見ながら歩く。「浮津」というあたりには、街道沿いに民宿や食堂が何軒かある。


王迎おうむかえ」などといった大そうな名前の場所を過ぎると…。


(良く見なかったが、何かの碑が建っている。どこぞの王様でも、この浜にやって来たのだろうか?)。


[注:手記では「王迎」となっているが、写真にあるのは「王無浜」の碑。勘違い?]


 サーファーの浮かぶ海沿いの道。

 今日は空気が澄んでおり、遠くの入江や岬までくっきり見える。この辺は、昨日海に出た「鹿島ガ浦」あたりから続く「土佐西南大規模公園」の一部。「浮鞭うきぶち」から国道を左にれて、大きな公園敷地内に入って行く。

 先ずは、大勢のサーファーが車を停めている広い駐車場。そこのはずれの、浜側のベンチに腰掛ける。海の方行を向いて、八時二十分から十五分間、本日一発目の休憩。

 右手の進行方向には、白い吊り橋が見える。そして、波間に漂うサーファーの群れ。

『ハテ?』

 確かにこの場所は、以前とあるテレビ番組で見た事がある。素人サーファー数人が、この地で合宿し、大会参加&女の子に告白する…といった内容だった。

『ここだったんだ』

 何気なにげ無く見ただけだが、妙に印象に残っていた場所だ。

 ガイド・ブックによれば、ここから浜沿いにコースがあるようだ。右横にある小さな乗馬場の脇を通って、吊り橋の方へ遊歩道が延びている。

 以前は車も通れたのか、センター・ラインの引かれた幅の広い遊歩。現在、車道は別になっている。

 吊り橋を渡り、道は松林の中に入って行く。ここは「入野いりの松原」と呼ばれる名勝地。「遊泳禁止」のこちらの方にも、サーファーが大勢いる。

 松林を抜けた先に、トイレや自販機もある広い駐車場。ここにも沢山のサーファーの車。

 何と言っても、天気の良い日曜日。それに、台風が残していった良い波が立っている。高さはそれほどでもないが、広い浜に合わせたかのような横長の波。ロング・ボードなら、格好のロング・ライドが楽しめそうだ。

 そこを抜けて、さらに先へ。このあたり、まだ整備されたばかりのようで、道も設備も綺麗だ。途中にあった、大きな売店脇のトイレに立ち寄る。今のところ、この近辺にいるのはサーファーばかりだが、右側にはホテルやレストランも見える。

 しばらく進んで、「入野」の漁港手前で右へ。内陸に向かう。すぐ右には体育館らしき建物が見え、「サッカー場」の看板もある。

 体育館手前・左側に、庭園風公園。時刻は九時五十分。右足首に痛みが出始めたし、先ほどまでと違い人気ひとけも無い。ここで一人ポツンと、はずれのベンチに座る。隠れる木陰は無かったが、まだ海から風が届く距離。心地好いので少々長居。


 このあたり、要所要所に「へんろマーク」がある。

 その先は、マークに従いT字路左折。ちょっとした上りになるこの道は、「県道42号」。そこでスレ違った、中学生の男の子と「こんにちは」。

 道は新しいが、山の切り通し。陰になるのか風が来ない。でも、まだ海の近く。カラッとしているので悪くはない。たとえばマラソンでも、夏は暑さより湿度の方が大敵となる。日差しはさえぎれば何とかなるが、湿度は違う。どこにいても、まとわり付いてくる。逃げ場が無いから、なお厄介だ。

「ふう~!」

 このあたりから国道に戻るルートもあったが、今日は始めから海岸寄りのコースと決めてあった。


(しかしここから先、海沿いというわけではなかった)。


 ただし、「四万十しまんと川」の河口となる先端まで行ってしまうと、渡し舟に乗らなくてはならない。一日五便しかないというし、まだ海が荒れているので欠航になる可能性もある。


(実際、そうだったようだ)。


 とりあえず、内陸に入る道はまだ二本あるので、このまま進む。

 上った先を下ると、小さな漁港の街「田野浦」。「へんろマーク」に従い…数人のおばちゃん達が前を行く、狭い道を抜け…錆びたガード・レールに草の生い茂る、南国の島を連想させる景色の中を歩き…「沢の峠」をて「56号」に出る道は無視し…さらに小さな上り・下りを過ぎると、「出口」の集落。

 ここにも、手前のルートと合流して峠に向かう道が、右から突き当たっていた。当然ここも無視だが、その手前・右角に立つ自販機で、ビタミンC系炭酸飲料を買う。すぐ横にあった大き目の石の上に腰を降ろし、あたりを見回すと…電気屋さん・喫茶店、それに民家が数軒。少し先にはパーマ屋さんも見える。ここには、十時十分から十五分間。

 その先から少し登り。途中の道路際・左手にあった民家前で、アンパンマン・カーにまたがった幼稚園生くらいの男の子に「お遍路さんだ!」と声を掛けられながら…やがて目指す分岐のある「中村市 双海」の集落。

 分岐の手前・左側に、数台分の駐車スペースのある路肩。そこにはサーファーの車と思われる車が三台、縦列駐車。海はまったく見えないが、近くなのだろう。

 そのすぐ先の十字路を、「へんろマーク」に従い右折し、県道からはずれる。三本ある道のまん中。両側を、民家の石垣で挟まれているのが遍路道。乗用車一台が通れるほどの幅しかないが、間もなく広い道になる。ガイド・ブックによると、かなり細い道となっているが…新しく作り直された道なのだろう。舗装もまだ綺麗だ。歩道は無いが、通る車もほとんど無い。


(この先で国道に出るまで、路肩しかないような道だった。でも、思い返せば日曜日、それで通行量も少なかったのだろう。今にして思えば、ラッキーだったのかもしれない)。


 ただし右側には、道幅を広げるため、削られたままの・地肌き出しの山が迫っている箇所もあった。『この前の台風で、よく崩れなかったものだ』と足早に行きたいところだが…痛む足を引きずるように、反対の左側を恐る恐る通り過ぎる。

 その先は、開けた水田地帯。田んぼの見回りだろうか? 道路左脇に立つおじさんに、「歩いて八十八ヶ所回っているのか?」と声を掛けられる。

「はい!」

 その先のT字路で、少し広い道に突き当たる。ここは新しい道なのだろう、ガイド・ブックには無い道で、少し交通量が増える。

 そこを左折。間もなくの所の左側に、建設会社の建物。裏は資材置き場になっている敷地の道路際には、自販機が立つ。本日は日曜・休日なのだろう、人気ひとけは無い。時刻は十一時十分。前回の休憩から四十五分しか経過していないが…気温も上がってきたし、それに何より右足首。


(本日は休憩で止まるたびに、コールド・スプレーを吹き掛けている)。


『無理は禁物』と、百円コーラを買って自販機横に座り込む。

 ちょうど建物が、良い日陰を作ってくれている。それに路肩との落差が、腰掛けるには良い高さ。進行方向はるか前方に目をやると、左右に走る堤防らしき物が見える。

『あれが「四万十しまんと川」か?』

 そこからは、やや右寄りに見える「竹島」の集落には入らず、「四万十川大橋」のたもとに出るようなルートで、右から来ている「県道20号」に合流。

 すぐに橋へと右にれ、右側の歩道で土手を登る。橋の手前の休憩小屋では、男性遍路さんが一人、横になって休憩中。こちらはそのまま橋に掛かる。

「四万十川」と言えば、名だたる名川めいせんの一つなのだが…

『普段はどんな色なのだろう?』

 台風のせいで、一面濃いバスクリン色。


(そうそう、つい先日、この川のどこか、そして四国各地で映画「釣りバカ日誌」のロケがあったそうだ。サブ・タイトルは「お遍路大パニック」。何とも良いタイミングだ)。


 橋の上は、左・海方面からの強い風が吹き抜けている。海の手前で川幅があるため、かなり長い橋。

 右手・上流には「中村」の街並が見えている。「市」だけあって大きな街だが、遍路道とは反対方向。今回はここから眺めるだけで、縁が無い。

「ふう」

 大体の予定通り、昼前にはここに到達したが…。

『腹減った』

 しかし、本日ここまでのルート上には、コンビニなどは一軒も存在せず、「食事」と呼べるような物は持っていない。

 橋を渡ったら左なのだが…右の方に見えるのは、郵便局(?)と釣具店(?)。コンビニや食堂らしきものは見当たらない。可能性としては、「中村市」に向かうこちらの方が高いが…はっきりしたアテも無いのに、逆方向に行く気にはなれない。

 橋を渡り終えると、下を左右に走る「国道321号」。

 歩行者用階段で降りるが…かなり来ている右足首。左足を先に出して、一段一段でなければ降りられない。

 下に降りて左に折れる。すぐに堤防上へと向かう国道には、歩道があるのかないのか…「?」。

 右側には集落が続いている。こちらを抜けた方が、歩きやすそうだし・食べ物にありつける可能性もありそうだし…賢明なルートと入って行く。

 しかし土手にさえぎられているせいか、さっきまでビュウビュウ吹いていた風はまったく無い。それに、日に照らされている狭い路地には熱気が立ち込め、暑さもひとしお。


(季節が冬なら、風も来ず、日に当たって暖かい事だろう。「発心」の項に記した、子供の頃の冬の日を思い出す)。


 ほとんど人気ひとけの無い街。たたんだ店から、荷物を運び出すおばちゃん…家の二階の窓から、一階の屋根に上がって遊ぶ子供達…学校の校庭で野球をしている、ユニフォーム姿の中学生たち…そんなところだ。

 集落がつきる頃、左側の土手も終わり、正面に小高い山のある場所で左上の国道に上がる。ここからは国道を行く事になるが、体育館や小学校があるせいか、狭いが歩道がある。

 道路右側の歩道を行く。いい加減、腹が減っているのだが…メシ屋の看板あり。「2K先」とある。

『2キロも先か…』

 ポツポツと民家はあるが、店は無い。『とりあえず、そこまで』と思い、ヨタヨタと歩くが…そろそろ限界が近い。それに、何だかイヤな予感がする。


「間崎」というあたりで、道路向かいの左側に食堂。でも、不安的中で休み。こちら側の酒屋前で、缶を一本飲んでまた歩く。

 この近辺の左手に、大きな公園があったが…疲れと空腹で、このあたりの細かい記憶はあやふやだ。

 その先にも食堂があったが、休み。さらに先にも一軒あったが、ここも休み。道端で立ちションしてから、また歩く。

 日曜日である事が裏目に出ている。それに…『この先、このままで大丈夫だろうか?』。少々不安になる。手前の集落を出たあたりから、道はゆるゆると上っており、この後には、ちょっとした峠越えが待っているのだ。

 やがて、「津蔵渕」と思われるあたりに小さな集落。歩いていた右側に、飲物とタバコの自販機が立つ、木造の小さな商店。


(そうそう、コークの自販機といえば「赤」が常識だが、こちらには「緑」がある)。


 中をのぞくと…『やってる』。お菓子やカップ・ラーメンが見える。中に入ると、イスに腰掛けたおばあちゃんが留守番している。

「ホッ!」

 饅頭まんじゅうのような菓子ひと袋(九個入り)と、ポテトチップス、それに飲物一本。

 ちょうど道路のハス向かいに公民館。木陰になった入口の石段に腰を降ろし、痛む右足を伸ばしてお昼。時刻は十二時三十五分だ。

「ふ~!」

 饅頭とポテトチップスを飲物で流し込み、やっと一息。

 顔を上げれば…座っている場所の目線の高さは、目前の道路を行き交う車の着座位置とちょうど同じ。通り過ぎる車のほとんどは、仕事ではなくレジャー組。

『みんな、天気の良い日曜日を楽しんでくれ』

 腹が満たされれば、心に余裕も出て来るし…元々、「ひがみっぽい」タイプの人間ではない。

 たとえば…日曜も祝祭日も関係無い仕事。同業者の中には、「こちとら仕事なんだい」とイライラする人間も多いが、『むしろ今の時代、休日に働いている方が悪いのだ』と思ってしまう人種。

 また…男女が手を握り・腕を組んで歩く事に抵抗を感じる世代ではあるが、だからといって、今日日きょうびの若者が人前でイチャつく事に不平・不満は感じない。今さら「やってみたい」「うらやましい」とは思わないが、「日本は平和だ」と、ホノボノとした気分させてもらえる。

「さて!」

 腹もふくれた事だし、ここでガイド・ブックを見て宿の算段。

 本日は、この先、長いトンネルのある峠を越え、海沿いに出て少し行ったあたりまで…と思っていたのだが、ケータイは圏外。こんな所では、公衆電話も見当たらないし…『仕方ない』と、とにかく出発。


 そこの集落から本格的な上り坂が始まるのだが…『ハテ?』。気が付けば、すぐ前方を行くお遍路さん。抜かれた覚えは無いのだが…やがて追い付く。

「新潟」から来たと言う、小柄なおじさん。やはり定年退職後の歩き遍路だろうか? 年代的にはそれくらい。

「脇道から」と言っているが…確かに、渡し舟のコースならこのあたりに出るはずだが…「四万十の休憩小屋で昼寝している遍路がいた」と言っている。つまり、あの遍路さんでもなく、あそこを通って来たという事。どこかに旧遍路道があったようだ。

 とにかく、ここから少しの間、一緒に歩く。日焼けした肌に、白い遍路装束。口数少なで、黙々と歩く。

 こちらは…足の方は、少し長目の休憩でだいぶ回復。足には負担の少ない上りなので、意外に速いおじさんのペースでも問題無し。左側にあった歩道が右側に移っても、おじさんはセッセと左の路肩歩行。そういった事は、意に介さないようだ。

 こちらもそのまま後ろに付いて、テクテク歩く。とても小柄なので、ま後ろに付けても前方の視界良し。菅笠をかぶったおじさんは、(おそらく)前方を見据えて終始うつむき加減。キョロキョロしているこちらとは、対照的なはずだが…それぞれに目的があるのだ。ここは緑に囲まれた山の中。観光目的の人間としては、もう二度と訪れる事がないかもしれない景色を、たっぷり楽しんでおかなくては…「ふ~!」。

 でも、少々暑い。風はあまりないし、一日で一番気温の上がる時刻。

 そのうち…ふもとから2~3キロといったところか? 「伊豆田」のトンネルに到着。

 ここでやっとおじさんは、広い歩道が続く道路反対側の右側へと横断。もちろん従う。ここは全長1620メートルという長い長いトンネル。休日の通行量は多くないので、煙たくはないし…日が当たらず風が抜けるので、悪くはない。

 テクテク歩いてトンネルを出た右側に、多少の駐車スペースと電話ボックス。

 おじさんは、ここで地図をチェック。本来こちらも『本当は行きたい』と思っていた「以布利」に、宿を取ってあるそうだ。でも、まだかなりある。この足の状態では辛そうだ。

 ここを下りたあたりにも宿はあるが、この時間にそこでは、今度は近過ぎる。先ほどまでの予定通り、海に出た先にある「久百々くもも」止まりで、そこに泊まり。

 ここで電話をしようと、おじさんとはここで別れる。時刻は午後の二時。公衆電話を使って、宿の予約を取る。

 その後、木陰のアスファルトの上に座り込み、右足を伸ばしてしばし休憩。立ションしてから出発。


 ここからは苦手の下り。左足メインで、ピョコ・ピョコと下る。

 調子が悪い所があると…それが痛みを伴うようなものならなおの事、「景色を楽しむ」などの余裕は無くなってくる。

 それに、たとえ足首の痛みが無かったとしても、一日も後半のこの時刻になれば、一回一回の限界距離はせばまってくる。時刻はすでに、午後の三時半近い。


(こういった事に関して、毎日のように同じ事を書いている。きっと精神的・肉体的に、そういった造りの人間なのだろう)。


 ほぼふもとに下り切って、『そろそろ「下ノ加江しものかえ」の街はずれか?』…というあたり。

 右に休日のガソリン・スタンド。前には自販機。冷えた缶を買い、すぐ横並びにあった、小さな古ぼけた神社の敷地に足を踏み入れる。本殿横の石の上に座って休憩。

 昼に残ったポテトチップスを平らげていると…道を反対方向へと向かう遍路のおじさん。こちらの姿を認めると、片足を上げて、手でポンポンとたたく仕草。

『ハテ? 足が不調な事を知ってるの?』

 そう思い、うなずき返すが…『顔見知りだっけ?』。妙に愛想の好い笑顔をこちらに向けているが…でも、見覚えは無い。去り際に、「もうすぐだよ」。その一言で、ハタと気が付く。

『きっと、「足摺あしずり岬」という意味だったんだ』

 本日の宿に入ってから知った事だが、このあたり、「足摺」から次を目指すルートがいくつかあり、「戻り打ち」のコースが最もポピュラーなようだ。どこを通るか、今日・明日中に検討・決定の必要がある。


 そこからは平坦な道。しかし驚いた事に…『神の御加護か?』…右足首の具合、格段に良くなっている。

 もっとも、試しに足首に巻いてみたテーピングで、かえって充血していただけかもしれない。休憩中にはずしておいた。ついでに靴下を半分折り返し、足首の冷却効果を上げてみた。そのせいもある? とにかく、道もたいらになり、ずい分と良い感じ。


 若い男性遍路さんとスレ違いながら、やがて「下ノ加江しものかえ」の港への分かれ道。国道は右に直角に曲がって橋を渡るのだが、この街を逃したら、もう後が無いかもしれない。『湿布シップを探すなら、ここしかない』と直進。

「下ノ加江」の市街地へ…右に漁港のある小さな港町だが、まあまあ人気ひとけもある。

 左手に見えた小さなスーパーに入ってみるが…カットバンはあるがシップは無し。店のおばさん曰く「裏通りに薬局があるけど…」。客のおばちゃん曰く「今日は休みだよ」。

 試しに路地を抜け、裏の通りに行ってみるが…シャッターが下りている。とんだ無駄足。

『仕方ない』

 スーパーのあった港側の道に出て、出発点である橋のたもとへ。予想はしていたが…今日は「ブラック・サンデー」。「不幸な日曜日」。昼食に続き、二度目の不運。

「ふう~!」

 都会慣れしているわけじゃない。便利になり過ぎた現代が、当たり前とも思っていない。もう四十年以上も生きている。そんな時代があった事・そんな時代のままの所、知らないわけではないけれど…『イナカ、恐るべし!』。


「下ノ加江川」を渡ると、少し上り。

『もうそんなにないはず』と、自販機で飲物を仕入れるが…毎度の事だが、今日も最後は長い。多少の上り下りもあるし、林や森のある山沿いの、入り組んだ海岸線。すぐ先の見通しも利かない。

 トボトボ歩くと、片側通行区間。右側の崖崩れ箇所を補修工事中。おとといの台風によるものか? 歩道は確保されている。その先で、右にグルッと回り込むと…見えた! 「民宿」の文字。ほぼ真東に向いた、小さな入江の一番奥。国道沿いの左カーブ頂点外側に、本日の宿。時刻は五時。

「ふ~! 着いた」


 中に入ると、同年代のハキハキした女性。

 部屋は二階の二号室。建物はまあまあ古いが、広目の和室に一人。順番待ちでお風呂に入り(遍路宿では、先着順が慣例になっている)、その後少し日記を書く。

 そうそう、本日気づいた事が一つ。「白」って、光を通す? 確か、そんな風に聞いた事がある。

 その昔、都内のアパートで一人暮らしをしていた頃の事。春先に「沖縄」旅行に出掛け、白こん縦縞たてじまの海パンで泳いだ後。白黒模様の日焼けが残ってしまい、銭湯で恥ずかしい思いをした経験があるが…。

 今回、腕から先と首から上は、当然のごとく真っ黒なのだが…上半身の、それ以外の部分もかなり焼けている事に気づく。なぜなら…肩の所、ザックのストラップが掛かる箇所だけが、白く抜けているからだ。もちろん、ブ厚いストラップは光を通さない。しかし黒Tシャツで、こんなにクッキリと焼けた事があっただろうか? 黒の方が、熱は吸収するが光は通さない? 白は反射するが、光を通す?


(ポピュラーな白い日傘は、黒にくらべ、UVカットの効率が低いそうだ。また、いったん積もった根雪が溶けにくいのは、「反射」のせいだ)。


 七時も近くなった頃、一階の座敷で夕食。おっさん四名(含 自分)、若者一名、女の子二人。

 下の大広間には素泊まり・相部屋の人もおり、ここを拠点に「足摺戻り打ち」の人もいる。だから、遍路のおじさん二人と女の子二人(は、旅の途中、ここでバイトしているようだ)は、すでに顔見知り。坊主頭の年齢不詳の「青森」の人物は、女将おかみさんと盛り上がり、若者とこちら二人は、あまり居心地が好くない。若者は「フロに入る」と立ち上がり、坊主頭はケータイで席を立つ。ついでに『これが頃合い』と見計らい、宿代を払って部屋に上がる。派閥があると居づらいものだ。それに「付き合いだけは良い」人間。


(飲み屋のハシゴでも、「ついつい帰れず最後まで」がよくあるパターンだ)。


 立ち上がるタイミングもむずかしい。

 そうそう、この日の夕食のメニューを記しておこう。「ハンバーグ 小1/2」「エビ・フライ」「おひたし」「煮物」「おしんこ」「味噌汁」「ごはん 二膳」「お茶 一杯」。


 建て付けが良くないから…特に、隣りの白髪のおじさんの部屋からの、TV音声の聴こえが良い。

 宿に着いてから、濡れタオルで足首冷やしています。明日からが少々心配。まあ、そんなトコです。


(そうそう、ザックの肩のストラップ、酸っぱい臭いを放ってきた…鼻の近くだから、よくわかる。最後の最後、電車に乗る時は、ウエスト・ポーチ共々、洗濯しなくては)。


本日の歩行 38・07キロ

      49445歩

累   計 731・06キロ

      949925歩

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