最終話 こどもの心


 条件というのは仕掛ける側、巻き込まれた側……

 どちらも平等でなければならない。


 でないと仕掛ける側が圧倒的に有利になってしまう。

 それじゃあ一方的ないじめだ。暴力に訴える野蛮人と大差ない。


 ちょっとだけ仕掛ける側が不利になる、というバランスが一番いい。

 その方が、空間は壊れにくい。

 壊れにくいという事は、不具合が少ないってことになる。

 無差別に喰らってしまう暴走も、起こらないってわけだから。


 で、それがエゴイスタの基本的な前提なんだけど、無意識に展開してしまったベリーとショコナのエゴイスタにそれが備わっているとは思えない。

 今もまだ展開中なのが、その前提をクリアしているという証拠にはなるんだけど……。


「家の中に閉じ込めてるのは、条件に関係するのかな……?」


 部屋の中をうろうろしながら考える。

 ふと、目に止まる。

 キッチン、へはいきたくなかったけど、起きてからまだいっていないので、一度、顔を出す事にした。わたしがなんで死んだのか、その原因も謎のままだったし。


「うっ」

 キッチンに入って、わたしは鼻をつまむ。

「焦げくさい……」


 火はもう消えていて、あるのはだから匂いだけだ。

 木造だから、火にはめっぽう弱い。

 しかも周りは森だし、近くには巨木シャンドラがある。

 もしも火事にでもなって、被害が巨木にまで及んでしまえば、神様からの罰が下りそうだ。


 び、びびってるわけじゃないけど。

 やっぱり、ほら、神様は大事にしないといけないからね! 

 ……本当に神様に気を遣っているなら、しきたりとか、守るべきなんだろうけど。

 それを投げ出してここにいる以上、わたしは神様を裏切ってる。


 いつ罰が下ってもおかしくない。

 うん、だから今更な心配をしていた。

 なにをしたところで失うものがないわたしには、自由しかない。

 気にせず前へ進む事にした。


「火なんて、使ってないけど……」


 わたしは。使っていない。

 かと言って、あの二人が使うとも限らないけど。

 火を使うのは厳禁だったはず。

 十一歳は、そういうルールだった記憶があるけど、なにぶん、昔の事なので曖昧だった。

 二人には使う理由もないし、やっぱり火の原因は不明。


 原因がないのが、理由なのかも。

 あ、ちょっと分かりやすく言えば、エゴイスタの力なんだと思う。

 わたしを襲った小さな事故の数々……


 一つ一つを見れば大した事がないけど、積み重なれば大きな傷となる無慈悲なコンボ。

 実際、わたしはあれで心が折れかけた。

 それと一緒で、火が勝手に点いたのも、エゴイスタによるものだと思う。


 じゃあ、なにが理由で?

 テキトーな時間に突発的に点いた、ってわけじゃなさそうだ。

 わたしが条件を満たした、あるいは満たさなかった、ルール違反を起こした……

 そのせいで発火した、そう考えるのがエゴイスタ――らしい。


 火が勝手に点き、わたしはそれに気づかず、キッチンはいつの間にか閉め切られていた。

 単純な話で、えーと、一酸化炭素、中毒、だったかな……? 

 火事になった家に救助隊が入る時、マスクをして酸素ボンベで呼吸をするのは、新鮮な空気でないといけない理由があるからだ。

 わたしは酸素ボンベのない状態で、火事の家に飛び込んだようなものだった。


 そりゃあ死ぬわけだ。

 あちゃー、で済まないけど、エゴイスタのせいでどこか楽観的。

 エゴイスタに頼り切りっていうのも、危機感がなくなりそうだった。


 死んでも大丈夫。

 だけど死ぬほどの苦痛は伴うわけで、あれを繰り返すのは普通に嫌だ。

 そういう感覚がある内は、まだ大丈夫らしいんだけどね。

 中には、エゴイスタの中でわざと死ぬ――死亡快楽者と呼ばれる特殊性癖を持つ人がいるらしいけど、一生かかっても気持ちは分かりそうになかった。


 分かりたくもないし。

 ともかく、これまでの小さな事故の数々が、どうして起こったのかを考えてみる。

 そこが、このエゴイスタを解くためのカギになりそうだった。



 数分。

 たったの数分がすごく長く感じた。

 一時間くらいは、考えっぱなしだったような気がする……。

 全然、まだまだ数分だった。時計の針はきちんと進んでる。


「いやー、わかんないねー」


 お手上げ状態。ベッドに背中からダイヴする。

 ふかふかのベッドが、ぐわんぐわんと沈んで、わたしの体が最後に浮いた。

 その揺れを堪能しながら、思考を繰り返す。


 悪意のある事故は、どうして起きた? 

 事故の共通点は? タイミングは? 

 一貫性があったり、等間隔だったりしたのかな? 

 答えは特になし。これと言って、規則性を見つける事もできなかった。

 突発的で、いきなりで、理不尽なほどに避けられない。


 怒っているような。

 あの事故からその感情が読み取れた。


「規則性、一つくらいあってもいいのに……」


 ベリーとショコナは、すやすやと眠っている。

 わたしは仰向けなので、逆さまで二人を見る。

 不思議な気分。いつもの二人じゃないみたい。二人に手を伸ばしかけて、やめた。


 ……っ、気分転換、終わり! 

 逆さまになったように、思考もまた、視点を変えてみよう。


「事故自体じゃなくて、わたしはその時、なにをしてたんだっけ??」


 事故前後の行動を思い出す。

 うーん、引っかかるような事はしていなかったような……。

 他、物理的なこと以外。


 たとえば感情の動きはどうだった? 

 怒っていた、わけじゃない。拗ねてはいたのかな。

 だって、ベリーとショコナの二人が理由もなく怒っているんだもん――っ、て、あ。


「ベリーとショコナの不機嫌に反応して、事故が起こってた……?」


 だとしたら、しっくりくる。

 すとん、と、丸く開いた穴に、ぴったりと鉄球がすっぽりとはまったような――

 気持ち良さがあった。

 だけどまだ、これで半分だと思う。ここから先、さらに詰める必要がある。


 答えを見つける。二人が望む答え。

 勝利条件。エゴイスタ、解除のカギ。


「この線で考えてみる事にして……、どうして不機嫌だったんだろう……?」


 わたしが帰ってくるのが遅かったから? 

 でも、二人がわたしの家にくる事を、わたしは知らなかった。

 約束をしていたわけじゃないから、時間に遅れても仕方ない。

 時間なんて、指定されていないわけだから。


 サンドイッチに不満があった? 

 ううん、それは違う。サンドイッチを作っている最中に、事故が次々と起きた。

 時系列が前後、逆になっちゃってるから、原因はこれじゃない。


 あ、でも、サンドイッチ自体が嫌だった、とか……? 

 でも、嫌いな食べ物じゃないはずだし、もしそうなら二人なら言うはずだけど……。

 言えなかった? サンドイッチじゃなく、別の物が食べたかった?



『タルトー、お腹が空いたぞ、甘いものが食べたい気分だ』


『生クリームを所望するぞ』



 そう言えば、二人はそう注文を出していた。

 出せるものなら出したかったけど、冷蔵庫の中にはそれに当てはまるようなものはなかったし、ないものは出せない。そこに文句を言われたら、回避なんてできそうにもないよ。


「いつもなら言いたい事は率先して言うのに、なんで今日はがまんして、言わないようにしてたんだろう……?」


 言えない、こと。

 それもまたヒントな気がする。だけども全然、分からないーっ!


 背筋を伸ばすために体を起こす。

 ぐー、と背骨をばきばき鳴らして、立ち上がって――


 時計は針を進める。カレンダーは夏に近づいてきていた。

 観葉植物が水を欲しそうにこちらを見ていた。

 じょうろに水を入れて、土を湿らせてあげる。

 なんだか、様子が活発になったような気がする。


 窓を開けようとして、まだダメだった。

 密室のまま。このままずっと閉め切られたままだったら酸素とかどうなっちゃうんだろうと考えて、わたしはだらだらと流れる冷や汗を自覚した。


 …………あ、あ~。

 そ、っかあ。

 ……忘れてました、ごめんなさい、で、許してくれるのかな~……。


 引きつった表情を直そうとして失敗する。

 わたしってば、お気楽な性格と言われてるけど、本当にまずい時はわたしだってそういう態度を取る事もある。今みたいにね。


 二人がちょこちょこくれていたヒントとか、失敗からの原因究明、答えの推測とか。

 正直いらない手順だった。

 考えずとも『それ』を見てしまえば、一発で。

 わたしが今日の朝、きちんと確認しておけば、こんな事にはならずに済んだのだ。


 たらればなんだけども。

 二人を傷つけちゃった事を考えたら、時間が戻せたらな、と本気で考えちゃう。

 ――エゴイスタ。

 わたしを狙った、不機嫌からくる攻撃。


 納得した。そりゃあ、許せないよねえ……。

 わたしの瞳に映る、カレンダー。

 今日の日付に、赤い丸が書かれてあった。





「……ほんとにごめんね、二人とも」


 昼寝から起きた二人の前で、わたしはベッドの上で土下座をする。

 姉の威厳とかもうすぱっと捨てて、全力で謝った。

 威厳とか元々ないから捨てるというか、そもそも持っていないんだけど。


 ベッドだけを見て、二人の顔は見れなかった。

 怒ってるのかな、怒ってるよね。

 わたしからしたら、もうどうでもいいような事ではあるんだけど、まだ小さな二人にとってこれは、忘れて欲しくない事だと思う。


 わたしだって二人と同じ年齢の時は、毎年、楽しみにしてた。

 お姉ちゃんたちに、期待していた。その言葉がもらえると、嬉しい気持ちになれた。

 それを知っていながら、わたしは忘れてしまっていたのだ。


 謝るだけじゃ許されない。それだけの事を、わたしはしでかしてしまった。

 一回、死んだくらいじゃ、ぜんぜん足りないくらいに……。


「もういいよ」

「謝らなくていいって」

「で、でも……っ!」


 う、ちょっと涙が出てきた……、声も震えてる。

 そんなわたしの顔を見て、二人は互いに顔を合わせて、ぷっと笑った。

 な、なんで笑ってるの~っ!?


「謝られてもなー」

「そうだよ。聞きたいのはそんなことじゃないもん」


 ねー、ねー、と頷き合う二人。

 ……聞きたい言葉は、これじゃない……?

 あ。そっか。


「――うん。うっかりしてた、ごめん」


 って、また謝っちゃった。

 だめだなー。全然、わたしってばお姉ちゃんらしくない。

 ふっ、と、わたしまで噴き出してから、涙を人差し指で拭い、二人の頭を撫でる。



「ベリー、ショコナ――、誕生日、おめでとう」


 ――――えへへ、ありがとう! 



 その言葉と共に、がちゃん、と、密室が解放された。





 …おわり


 …Happy birthday!

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