第3話 地雷、踏んだ?


 サンドイッチの具は野菜抜きなので簡単だ。

 お肉のみ。冷蔵庫の中にある。

 ハムでもベーコンでもいいのだけど……、ええい、両方入れちゃえ。

 でも、丸ごと入れると贅沢過ぎなので、小さめにカットする。


 かぶりつくほど大きなサンドイッチにはしないで、パンも小さくして、多くの一口サンドイッチを作る。数で誤魔化し、たくさん食べられたっぽく演出するためだ。

 子供は質よりも量で喜ぶものだからね。

 十一歳の二人が誤魔化されてくれればいいけど。


 ――包丁でハムをカットしていく。

 途中、「いたっ」と、包丁の刃がわたしの指の先っちょを切ってしまった。

 切れ目は小さく、血もどばっと出たわけじゃない。だけどぴりぴりと気になる痛みが続く。


「んー、こんな失敗、ひさしぶりだなー」


 切った人差し指を口に入れ、ちゅーちゅーと出てきた血を吸う。

 鉄の味。鉄の味というか、血の味。

 美味しくはないので顔をしかめ、水を出して洗う。

 出血が止まってから、調理再開。


 切り終えたハムを、サンドイッチに挟むため、まな板に包丁を置く。

 カットしたハムを白いパンに乗せていく。

 わがままな二人のために、耳は取っておいた。

 これは後で、わたしが揚げておやつにでもしようと企んでいるのだった。


 一人暮らしをしているのに、わたしはよく料理ができないものだと誤解される。

 お屋敷にいた時の野生児のイメージが強いせいで、わたしの食事と言えば魔獣モンスターを狩って、その場で丸焼きにしてかぶりつく――という事になっているらしい。

 失礼な。そんなワイルドな女の子がいるもんか。

 それはわたしじゃなくて、やりそうなのはテュアお姉ちゃんか、リフィスお姉ちゃんだ。

 今はサンドイッチを作っているけど、もっと凝った料理だってできるんだから。


 ……成功するかは置いておいて。

 生きるためにも料理の学はないといけないので、色々と詳しかったりする。

 ただ、詳しいだけで、それが料理の上手さと美味しさに直結しているとは限らない。

 料理ができるとは言ったけど、あんまり期待しないでね、と主張したかった。


「あっ」


 だからこういうミスもする……、にしても、これは不注意過ぎた。

 まな板に置いてあった包丁が落下する。

 切っ先が地面に向く。その先には、わたしの足の甲があり……


 声にならない悲鳴が口の中で暴れ回った。

 指と指の間、その僅かな隙間に、包丁の先っぽが挟まっている。

 ゆっくりと指を離す。包丁は地面に深々と突き刺さっている。


 ……もしも、もしも、数ミリ、ずれていれば。

 わたしの足の甲にグサリと刺さっていたはずだ。

 痛みを想像して、体が震えた。

 不注意が、まさかこんな事態を招くなんて……。


 でも、包丁はまな板の真ん中よりも奥の方に置いていた。

 誰かが動かすか、地面自体が傾いていなければ、落下するはずがないのに。

 まるで見えない手で意図的に落としたみたいな、そんな悪意があるような気がする。


「たぶん、気のせいだとは思うけど」


 十中八九、わたしのせい。

 包丁を拾って、調理再開。



 そして、大怪我するほどじゃないけど、奇妙な事故がこのあと何回も起きた。

 わたしの不注意と言えばそれまでの、微妙なラインの事故ばかりだったから、原因がわたしなのかそれ以外のなにかなのか、判断ができなかった。

 だから答えを解き明かそうとせず、抗おうともせずにひたすらサンドイッチを作り続けた。



 包丁による切り傷が増えた。

 調味料の棚がはずれて、器が雪崩のように落ちてきた。

 途中で二回も右足がつったし、足首をひねったりして転んだりもした。

 あるはずのない画鋲がびょうを踏んづけちゃったし、家具と壁の隙間から、身の毛もよだつような不気味な虫が現れて半狂乱になって退治もした。


 たったサンドイッチ数十個を作るだけの調理に、三十分以上もかかってしまっていた。

 体の内と外に傷を残しながらも、なんとか完成させたサンドイッチを盛ったお皿を部屋に持っていく。テーブルに置き、二人に声をかけた。


「できたよー」


 二人は反応を示さなかった。

 こそこそと、寄り添いながら、一つの物を二人で見ていた。

 わたしも気になって後ろから覗く。


「あ、それ、昔のアルバム……」


 本の見開きページに写真が貼りつけられている。

 数年前の写真だ。

 ロワお姉ちゃん、テュアお姉ちゃん、他のお姉ちゃんも写っていて、お母さんも若い。

 今では考えられないけど、ロワお姉ちゃんとテュアお姉ちゃんはまるで今のベリーとショコナみたいに、手を繋ぎ合い、いつも一緒にべったりとくっついていた。


 写真の中の過去のお姉ちゃん二人は、ロワお姉ちゃんが幸せそうで、テュアお姉ちゃんの方がちょっと迷惑そうだった。

 うんうん、確か、ロワお姉ちゃんの片想いだったような記憶がある。

 甘えて、お姉ちゃんの背中にすぐ隠れて。

 それが、今は姉妹、全員の上に立っている。


 ――最高責任者、としての役柄が板についたような貫禄があるから、取っつきづらい。

 この過去もいじりづらいし。

 昔のお姉ちゃんの事も、いま、アルバムを見て思い出したんだけど。


「でも、どうしていきなりアルバムなんて」

「ん」

「タルト、これ見て」


 ベリーに顎で示され、ショコナに指を差された写真を見る。

 それは、ベリーとショコナ、二人が生まれたばかりの時の写真だった。

 生まれたばかりの赤ん坊でも、どっちがどっちだが、見た目で分かってしまう。

 だから、変わってないなあ、って思った。


 写真には黒字で、生まれた月日と名前、それが姉妹、全員分あった。

 全員、赤ん坊の頃から面影がある。

 わたしの写真にだけ『間抜け面(笑)』と書かれていたのが気になるところではあるけど。


 わたしの妹の魔女っ子サヘラの写真には『大物になる!』と太く書かれていた。

 まあ、確かに大物、なのかなあ、と愛想笑いしか返せない。

 まさか、あんなになるとは、誰も思わないだろうし。

 ――っと、いけないけない。

 掃除中に見つけた懐かしの物に没頭してしまう、あの状態になるところだった。


 ショコナが示した写真。

 なんの変哲もない普通の写真だったけど、懐かしいな、みたいな同意が欲しかったのかな。

 昔も今も可愛いよ、とテュアお姉ちゃんの真似をしてみた。

 反応が鈍かったので、求めているものをわたしは引き当てられなかった。仕方ない。


「ほらほら、サンドイッチ、できたよー」


 ばばーん、と手で示し、豪華に見せてみた。

 苦労がたくさんあった。わたしじゃなければもっと早かったし、美味しいと思う。

 途中でどれだけ頑張っても、結果に出ていなければ評価は星一つになってしまうのが辛いところだ。二人は結構、コメントが辛口なので、身構えて聞かなければならない。


「タルトは……」

 ベリーが思い詰めたような表情で言う。

 その続きを、ショコナが引き継いだ。

「ショコナたちを、愛してるの?」


 冗談のような質問に聞こえたけど、ショコナの目が真剣だった。

 だからわたしも、真剣に答えた。


「愛してるよ」


 面と向かって言うのは少し恥ずかしかった。

 けど、偽らない気持ちだった。


「そう、」

 とショコナは、なぜか悲しそうな目を向けて……、

「だったら、尚更……」

 言葉にはしなかったけど、口の動きは明らかに『許せない』……だった。


 訳が分からなかった。わたしがなにをしたの? 

 そ、そりゃ、余計な事をして場をかき乱し、変な方向へ事態を動かしてしまう事が多々あって、文句をたくさん言われた事はあるけど――いまは、わたし、なにもしてないよ?

 サンドイッチを作っただけ。

 心当たりがないと、わたしも反省のしようがない。


「もうっ、ベリーとショコナも、なんで怒ってるのか分からないよ!」





 その言葉が引き金だったのだと思う。


「タルト」

「タルト」


 順番に。そして同時に。


「「――大っ嫌いッ!」」


 二人は泣きながら、部屋の隅っこで丸くなってしまった。





 …つづく

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