第2話 根源の天使
「ん……。あれ? 私……」
「気が付きましたか。マスター」
私が目を覚ますと、先ほど助けた少女の顔が近くにあった。彼女の柔らかい太ももの感触が後頭部から伝わって、思わず跳ね起きてしまう。
「わわっ、ごめん。気を失っちゃったみたい」
「どうして謝るのですか? マスター」
その言葉を聞いて、少女が私のことを『マスター』と言っていることに気付く。
「その、マスターって?」
「マスターはマスターです。マスター」
「いやいや、そんな呼び方をされるほど、凄い人じゃないんだけど……」
私が両手の平を彼女に向けて手を振り、マスターという呼び方を否定する。少女は不思議そうに首を傾げ、しばし考え込む。首を元に戻し、手をポンと打つと破顔して口を開いた。
「ああ、なるほど。あなたはマスターとは別のマスターなのですね!」
「いやいや、意味がわからんし。っていうか、あなたは何者なの?」
私の質問に、少女は驚いたように飛び退いて目を見開く。その視線が、私がタチの悪い冗談を言ったことを責めるような恨みがましいものに感じられた。
「な、なにを。私のことを忘れてしまったのですか? この根源天使であるエイワスのことを……」
「いやいや、知らんけど……。ホントに。一から説明してくれないと」
「うぐっ、しかたありません。それでは、あなたでもわかるように、一から、丁寧に、説明させていただきます!」
何もわからないから聞いたはずなのに、まるで出来の悪い生徒を見つめるような厳しい視線で私を見つめる。何も悪いことはしていないはずなのに、凄まじい罪悪感を感じて委縮してしまう。少女も私の様子に気付いたのか、少しだけ――ほんの少しだけ表情を緩めてから話し始めた。
「まず、あなたの異能は『
「ええ、でも何の力もない異能だけどね」
「それは誤解です。いや、正しくは人間ごときには、その力の真価を測ることができないと言った方が正しいでしょう」
「そ、そうなの?」
私が恐る恐る尋ねると、少女はしっかりと私に目を合わせながらうなずいた。
「それは『根源に触れる力』です。先ほど、神によって被せられた大天使の
その言葉に、先ほどサンダルフォンの中にいた彼女の伸ばした手に触れた時のことを思い出した。
「たしかに、でも、あれは一体なんだったの? 神殻って」
「神殻というのは、偽りの神によって被せられた天使のガワと言えば良いのでしょうか。忌まわしき命令に忠実な羽を持った人形にされてしまうのです」
「命令? 羽?」
その言葉に、少女の顔が怒りに歪む。そして吐き捨てるように言葉を紡ぐ。
「そうよ。人間に終末を与える、という命令。そして偽りの神の意思を絶えず送り込むアンテナとしての羽。そうやって作り出されたのが大天使たちよ」
少女の怒りが私の心に響き渡る。彼女の手を取った影響だろうか。
「それじゃあ、他の大天使にもエイワスの仲間がいるってこと?」
「いいえ、他の大天使に閉じ込められているのもエイワス――私の欠片よ」
「それって……エイワスたちが人類を追い詰めているってことなの?」
自分をこんな状況に追いやった存在。それが目の前にいると考えただけで怒りがこみ上げてくる。もちろん、彼女の責任ではないことなど百も承知の上でだ。そんな私のささやかな怒り。それを感じ取った少女は悲しそうに目を伏せて首を振る。
「そうではないわ。信じてもらえるかはわからないけど、私――いや私たちは人間に真理を伝える役目を持っているの。でも、人間は次第に私の言葉に耳を傾けることができなくなっていったのよ」
「そんな……」
「そして拠り所を失った私の力は、偽りの神に目を付けられた。そして十の欠片に分かたれて、生命の樹の伝承を悪用され、大天使の殻を被せられてしまったのよ」
その後に続く彼女の話は衝撃的なものだ。その神は試練と偽って、人間に終末をもたらそうとしてきた。しかし、力の足りない神では終末をもたらすだけの力がなかったという。そこで目を付けたのが根源天使であるエイワスの力だった。
かつてアレイスター・クロウリーによって、この世界に縁を結ばれた彼女は平和と安寧のための知恵を伝えた。彼が死により依代を失ったことで、偽りの神に捕らえられてしまったという。
「偽りの神は私とは真逆、狂気と戦乱を好む。だから、この世界は争いが終わらないし、試練と称する悲劇も後を絶たない」
「それは神を殺さないといけないってこと? でも、そんなの無理よ」
敵である神はエイワスを捕らえられるほどの力を持っている。一方で、こちらの戦力は実質彼女一人だ。どう考えても勝算はない。しかし、彼女は強い意志を感じさせる瞳で私を見つめる。
「大丈夫。私とあなたがいれば神すらも殺せる」
「そんなこと……。あなたの欠片はさっきみたいに助けられるけど、神には勝てないよ……」
「あなたの『根源に触れる力』は神すらも例外ではないわ。私が欠片をすべて取り戻し、神の根源をあなたが引きずりだしてくれれば大丈夫よ」
そう言って、彼女は私の手を握る。力のパスがつながっているのだろう。握られた手から暖かい力が流れ込むのを感じていた。
「さあ、そうと決まれば、大天使ガブリエルを倒しに行きましょう」
「でも、どうやって……?」
「私の力を一瞬だけ解放して近くまで転移するわ。その後は着いてから考えましょ」
「ううっ、適当だなぁ……」
不安は感じるがエイワスと二人なら、何とかなりそうな気がしてくる。エイワスが目を瞑って、合言葉をとなえる。
「アドナイ・メレクより、シャダイ・エル・カイへの道を開かん!」
彼女の言葉と共に、私たちの身体が光に包まれた。
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