第14章 ジャコビ

次に現れたのは、ジャコビという男性だった。彼は非常に親切で思いやり深い性格をしており、常に周囲に対して優しく接する人物だ。しかし、その優しさが時に彼自身を傷つけることがある。助けを求められれば、誰かのために尽力するが、実際には自分から助けを求めることができない。自分の弱さを見せることに対して抵抗があり、他者に対して常に気を配るあまり、自分自身の感情やニーズを後回しにしてしまうことがある。

ジャコビが店に足を踏み入れたとき、彼の表情には少しの緊張と、何かしらの決意が見て取れた。彼はまっすぐに光一を見つめ、少し照れくさそうに声をかけた。

「こんにちは、光一さん。少しだけお願いがあるんです。」

その声には普段の落ち着きと優しさが感じられたが、どこか遠慮がちで、助けを求めることに対する躊躇いが滲んでいた。光一はその雰囲気に気づき、穏やかな声で答えた。

「もちろん、どうぞ。」

ジャコビは少しの間黙ってから、かばんからアイテムを取り出し、それを光一の前に置いた。それは、トレッドミルの小さな模型だった。精巧に作られたその模型は、まるで本物のように緻密で、動きのある部分もあり、驚くほどリアルに再現されている。木材や金属の質感が感じられ、時間をかけて作られたことが伝わってくる。

「これは、私が数年前に作ったものです。」ジャコビは少し照れくさそうに言った。「私はどうしても、誰かの役に立ちたいと思っているんです。これを作ったのは、父のためだったんです。父が病気になった時、リハビリが必要だと言われて、少しでも助けになればと思って。」

光一はその模型を手に取ると、その精巧さとともに、ジャコビがその中に込めた思いが伝わってきた。父親のために何かできることを考え、手作りでリハビリ用の器具を作るその姿勢に、彼の優しさと献身的な愛情を感じ取ることができた。

「でも、最近、父はもうあまりこのトレッドミルを使わなくなったんです。」ジャコビは少し顔を曇らせながら続けた。「家族がそれぞれ忙しくなって、結局この模型も、ただの記念品になってしまったんです。私はそれを見て、何だか…自分が無力な気がして。」

光一はその言葉に思わず心が痛んだ。ジャコビは、周囲の人々に尽力し、何かできることがあればと常に考えている人物だ。その優しさが時に彼を疲れさせ、他者に頼ることができないことが、彼自身の心の中に少しずつ負担をかけているのだろう。

「この模型を手放すことで、少しでも気持ちが楽になるんじゃないかと思うんです。」ジャコビはさらに続けた。「でも、どうしても手放せなくて。これを作ったとき、父が喜んでくれたことを思い出して、どうしても…。」

光一はその言葉をじっくりと受け止め、静かに答えた。「あなたがこの模型を作った時の気持ちや、父親への思いは、決して無駄にはなりません。手放すことで、あなたが前に進む力になるかもしれませんし、父親への思いが新しい形で生き続けることもあるはずです。」

ジャコビは少しの間、黙って光一の言葉を考え込んでいた。彼の表情には深い葛藤が見えたが、同時に少しずつその考えを受け入れようとしている様子も感じられた。

「ありがとうございます。」ジャコビは静かに言った。「少しだけ、楽になった気がします。少しずつ、父に頼ることもできるように、前に進んでいこうと思います。」

光一はその瞬間を写真に収めることに決めた。ジャコビの表情には、過去を乗り越えて新たな一歩を踏み出そうとする強い意志が感じられた。その優しさを持ちながらも、少しずつ自分の気持ちを大切にしていくことが、ジャコビにとっての成長につながるだろう。

シャッター音が響き、その瞬間が写真として残された。ジャコビは微笑みを浮かべながら、感謝の言葉を述べ、模型を大切に包んで店を後にした。その背中には、まだ小さな不安を抱えながらも、前向きに歩き出す力が感じられた。

光一はその後、ジャコビが持ち込んだトレッドミルの模型をじっと見つめながら、彼の優しさと成長を感じ取っていた。その一歩が、彼にとって大きな意味を持つことだろうと、光一は静かに思った。

第14章終


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