第7章 レイラ
レイラが店に足を踏み入れたとき、光一はその安定感にすぐに気づいた。彼女は他者との調和を大切にし、どんな状況でも冷静に対処できる能力を持っている。そのため、周囲の人々からは非常に信頼されているが、同時に自己の感情を押し殺すことが多く、そのバランスを保つことに対する強い意志を感じさせる人物だ。ストレス耐性が高く、どんな困難にも動じないように見えるが、内心ではそのストレスをどこかで受け止めているのだろう。
レイラは光一が働く店に入ると、まずは少しだけ周囲を見渡し、落ち着いた様子でカウンターに近づいた。その目には、やや考え込みながらも、どこか安心感を感じさせる光があった。彼女は静かに、しかし確固たる声で言った。
「こんにちは、光一さん。少しお願いしたいことがあります。」
その声には、何も大きな問題があるわけではないと感じさせる穏やかな空気が漂っていたが、光一はすぐにレイラが何を求めているのかを察した。
「もちろん、どうぞ。」光一は答えながら、彼女を見つめた。
レイラはかばんから慎重にアイテムを取り出し、それを光一の前に置いた。それは、手作りの石で彫られた像だった。その像は、非常に緻密で、細部まで精巧に彫られており、力強い表情を持っているが、同時にどこか優しさを感じさせる。素材は石でありながらも、温かみを感じるほどに人の手が込められているのがわかる。
「これ、私が数年前に作ったものです。」レイラは静かに説明を始めた。「この像は、私が自分を見失わないように、力強く生きるために作ったんです。」
光一はその像を手に取ると、その重みと共に、レイラがどれほど自分の力を信じ、強く生きようとしてきたかが伝わってきた。その像には、レイラの心の中で築き上げた強さと安定感が込められていることが感じられた。
「でも、最近、少し違うんです。」レイラの声は少しだけ低くなり、少しの間沈黙が続いた。「どんなに頑張っても、なんとなく空回りしている気がして…。以前のように、あの像が私に力を与えてくれなくなったように感じているんです。」
光一はその言葉に静かに耳を傾けた。レイラが持っている像は、彼女自身が自分を支えるために作ったものだ。しかし、それが今、レイラにとっては力を与えてくれないものになってしまった。それは、何かが変わってしまった証拠だろう。
「以前のように強くあろうとすることに、少し疲れたのかもしれません。」レイラは続けた。「私、こんなに強く見えるかもしれませんが、時々、どうしても自分を守るためにばかり考えてしまう。もっと素直に、弱さを見せてもいいんじゃないかと思うことがあるんです。」
その言葉には、レイラが自分の感情を無視してきたことへの反省と、弱さを見せることへの恐れが混じっているのが感じられた。彼女は、他者との調和を大切にしすぎて、自己表現を抑えてしまっていたのだろう。だからこそ、この像がもはや彼女に力を与えなくなってしまった。
「あなたが弱さを見せることができれば、それはきっと新たな強さに繋がりますよ。」光一は優しく言った。「この像も、もしかしたらあなたにとっては過去の強さを象徴するものかもしれません。でも、その強さが今、あなたに合っているのかを見つめ直すことも大切だと思います。」
レイラは静かにその言葉を受け入れるように見えた。彼女は少しだけ微笑み、目を閉じて深呼吸をした。
「ありがとう。」その言葉は、どこか肩の力が抜けたように、穏やかで柔らかなものだった。「少し、楽になった気がします。」
光一はその瞬間を写真に収めることに決めた。レイラの表情には、ほんの少しの解放感と、そして今後に対する希望が見えた。その像に込められた過去の強さを超えて、これからの自分を見つけようとする彼女の姿が、まさにその瞬間を象徴しているように感じられた。
シャッター音が響き、その瞬間が永遠に記録された。レイラは軽く頭を下げ、静かに店を後にした。その背中には、以前よりも少しだけ前向きな歩みが見えた。
光一はその後、手に取った石像を見つめながら、レイラがこれからどんな変化を迎えるのかを思い描いていた。彼女の心が少しでも軽くなったことで、これからの人生に新たな色が加わることを、光一は願っていた。
第7章終
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます