第四十二話 時を超えてやろう!

 気づけば、我が輩は地面の上に立っていた。

 視界を遮るものは何もなく、広大な大地が広がっている。


「ここは……」


 千年前か?

 我が輩は周囲を見渡す。

 破壊されて原型を留められていない建物と、枯れ果てた植物が点々とあるだけ。

 ここが千年前なのかを判断出来るようなものはなかった。


「何もないな……」


 何かないかと見上げれば、赤黒い空が広がっている。

 ……我が輩が暴れまくった世界はこんなものだったかもしれない。

 我が輩が【剿滅そうめつの魔王】と呼ばれることで、周りがどうなっていたのかなんて、気にしたことなどなかった。

 大陸が焦土になろうが、塩水に沈もうが、どうでも良かった。

 重要だったのは、我が輩の前に勇者が現れることだけ。


「なんだよ、ここ……。ここが千年前なのか……?」


 隣を見ると、コレールとグロルが見開いた目で空を見ていた。


「まるでこの世の終わりじゃねえか!」

「こ、こんなところが、千年前な訳がない……。魔法が、失敗したんじゃないか?」


 何故、二人もここに……?

 魔法陣の上に立っていたから、一緒に移動してきたのだろうか。

 まあ、ついてきてくれて助かった。

 あの城の中に置き去りにしたら、二人は城の者に拘束されたに違いない。

 討伐対象が城に不法侵入した挙げ句、国王を脅した者の仲間となれば、ただで済まなかっただろう。


「ちょっとちょっと~!」


 後ろから甲高い声が聞こえて来た。

 振り向くと、ラウネンが顔を真っ赤にしてこちらを睨みつけていた。


「なんだ。貴様も来たのか」

「近くにいたから巻き込まれたのっ! どうしてくれんのこれっ!?」

「不可抗力だ」


 だからと言って、直ぐに帰らせる訳にはいかない。

《千年時空間移動》を発動したとき、魔力を半分以上持っていかれた。

 今の我が輩には元の時代に帰るための魔力が残っていない。

 まさか、我が輩の魔力が足りなくなるとは思っていなかった。

《千年時空間移動》……労力と結果が見合っていない。

 また千年もの時を超える魔法を発動するには、同じくらいの魔力が必要になるだろう。

 コレールやグロルの魔力では全く賄えない魔力量だ。

 しかし、四天王の一角であるラウネンならば、かなりの魔力を有している。

 ラウネンの魔力と我が輩の魔力を合わせれば、現代に戻る魔法を使えるだろう。


「ついて来い。悪いようにはしない」

「う~っ。わかりましたよぅ……」


「この暴君め」とラウネンが小声で言ったのを、我が輩は聞き逃さなかった。

 だが、今はこいつに罰を与える時間はない。

 我が輩達の目的を果たそう。


「フラットリーを捜すぞ」


 空を見て呆けている二人に言う。

 二人はハッとして、我が輩を見た。


「捜すって……。ど、何処を捜すつもりなんだ?」

「世界中を飛び回っていれば見つかるだろう」

「飛び回るって……さっきの速度で?」


 さっき、というとラウネンの城に乗り込んだときのことだろう。

 グロルはあのとき目を回したことを思い出したようで、顔を青くしてウッと口を塞ぐ素振りをした。


「なあ、適当に飛び回るより、まずフラットリー教の聖地、ブジャルドに行ってみようぜ」

「ふむ。確かに、聖地と呼ばれる場所なら、フラットリーの居所の手がかりがあるかもしれぬな」


 運が良かったらそこにいる可能性もある。


「では、そこに──」


「向かおう」と言いかけたとき、四方から炎が我が輩達に向かって放射された。

 我が輩は皆の周りに防壁魔法を張り、炎を防ぐ。


「なんだ!?」


 コレールとグロルが周囲を見渡す。

 しかし、炎を放射してきた者は姿を現す気がないようだ。


「この我が輩に攻撃するとは良い度胸だ……」


 姿を現すつもりがないのなら、現さざるを得ない状況にしてやろう。

 我が輩は壊れた建物の残骸を爆発させる。

「また攻撃された!?」とコレールとグロルは慌てて構えた。

 今のは我が輩だ。

 爆煙の中、炎を放射してきた者がようやく姿を現す。


「ど、ドラゴンだ……」


 否、炎を司るトカゲ、サラマンダーだ。

 サラマンダーはその一匹だけではなく、五匹もいた。


「た、戦わないと!」

「止めておけ。貴様らに敵う相手ではない」


 立ち向かおうとするコレールを手で制する。

 この時代のトカゲは、ティムバーの森に封印されていたドラゴンより遥かに強い。


「で、でも、囲まれてるよ!」


 確かに、囲まれていて逃げ場がない。

 走り抜けようにもサラマンダーの真下を通らなければならず、踏みつけられる恐れがある。

《飛行》魔法で空へ抜けようにも、サラマンダーの炎の息吹の餌食になってしまうだろう。

 だが、今の我が輩にはこいつらを相手している時間も魔力も勿体ない。

 なれば……。


「このまま、ブジャルドへ《転移》する」


 一瞬で移動してしまえば良い。

「はあ?」と真っ先に反応したのはラウネンだった。


「《転移》ぃ? キミ、そんな魔力残ってないでしょっ?」

「馬鹿にするな。《転移》する魔力ぐらい残っている」


 我が輩はそう言って、《転移》を使う。

 次の瞬間には、我が輩を囲んでいたサラマンダーの姿は消え、別の場所に立っていた。


「あの巨大な魔法陣起動させたばっかだってのに、マジで魔力残ってるのかよ……」


 ラウネンは口の端を引きつらせていた。

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