第三部 決着をつけてやろう!

第四十話 フラットリーと話をしてやろう!

 フラットリー教の聖地・ブジャルド。

 村の中心には、フラットリー教の大教会が鎮座している。

 フラットリーがいるなら、その中だろう。

 我が輩は大教会内にフラットリーの魔力を確認すると、フラットリーのいる部屋の壁をぶち破った。


「何事だ!?」

「まっ……魔族だーっ! 魔族が出たーっ!」


 フラットリーのそばにいたらしい信者共が、やかましく騒ぎ立てる。

 我が輩は気にせず、フラットリーを探した。

 信者共の驚き顔が並ぶ中、静かに微笑むフラットリーを見つける。


「フラットリー様をお守りしろ!」


 信者達が無謀にも、我が輩に前に立ち塞がった。


「邪魔だ。退け」


 そう言って睨みつけると、信者共は一瞬たじろいだ。

 しかし、退く気配はない。

 我が輩はため息をついた、


「退かないのならば、実力行使だ」


 我が輩は信者達に手をかざす。

 そのとき、フラットリーが言った。


「下がって」


 信者共をかき分け、フラットリーが我が輩の前に立つ。

 慌てている信者共を尻目に、フラットリーは穏やかな笑みを浮かべている。


「いらっしゃい。待っていたよ」

「まるで、我が輩が来るのがわかっていたかのような口振りだな」

「わかっていたさ。ただ一つ、わからないことがあるけれど」

「ほう? わからないこととはなんだ? 聞いてやろう」

「何故、壁から来たんだい? 扉から入れば、こんな騒ぎにはならなかっただろう」


 我が輩はフン、と鼻を鳴らす。


「我が輩の通る道に扉がなかっただけだ」

「そう……」


 フラットリーは徐に我が輩が破壊した壁に近づくと、壁を魔法で修復した。

 おお、と信者共が歓声を上げる。

 すっかり元通りになった壁には、新たに扉が作られていた、


「次はこの扉から来ると良い」


 そう言って、ニコニコと笑う。

 全く、腹の立つ奴だ。

 フラットリーは信者共を見やった。


「席を外してくれるかい?」

「し、しかし、魔族と二人きりには出来ません」

「客人に戦意はない」


 そうフラットリーに断じられると、信者共は何も言えなくなった。


「ご用があれば申し付け下さい」


 そう言って、信者共は渋々と聖堂を出て行った。


「我が輩に戦意はないとどうして言い切れる? 貴様如きに破られる程甘い《思考防御》はしていないのだが」

「戦意があるならばこの扉と共に破壊されていた。違うかい?」


 ……こいつの言う通りだ。

 我が輩はこいつと戦いに来たのではなく、対話しに来た。

 我が輩はフラットリーと対峙するにあたって、《思考防御》で心を読めないようにしている。

 まさか心が読めないはずのフラットリーに、我が輩の思惑が読まれるとは……。


「座って話そう。紅茶を出すよ」


 フラットリーはそう言って、大教会の長椅子へ誘導する。

 ふん、こいつの思い通りにさせてたまるか。

 我が輩は何もないところにどかりと腰掛ける。

 所謂、空気椅子だ。

 フラットリーはそれに対して何も言わず、我が輩の前に魔法で丸テーブルを創った。


「前の僕について話しに来たのかい」

「前の貴様ではない。ボースハイトだ」

「ああ、そうだったね。君の大切な友人だ」


 テーブルの上にティーポットとティーカップ、シュガーポットを次から次へと創り出す。

 ボースハイトならば、こんなにぽんぽんと難易度の高い創造魔法は使えない。

 フラットリーはティーポットを持ち上げ、カップに紅茶を注いだ。


「何を言われても、君の友人が戻ることはない。君はわかっているはずだよ」


「どうぞ」と淹れ立ての紅茶を薦める。

 とても飲む気分にはなれなかった。

 フラットリーは紅茶に角砂糖をどぼどぼと入れていく。

 その様子にボースハイトの面影を見る。

 ボースハイトは気分が悪くなるくらい甘ったるいのが好きだった。


「転生魔法は千年前に発動したものだ。千年前からボースハイトが消えてしまうことは決まっていたんだよ」

「やはり、転生魔法を使っていたか」


 それが聞きたかった。

 転生魔法を使ってボースハイトを乗っ取ったのならば、ボースハイトを取り戻す方法はある。


「それにしても驚いたな。たった一人の人間に入れ揚げるなんて」

「……何故、貴様がそれを知っている?」

「倒すべき敵のことを知らない訳がないだろう」


 それは最もなのだが。


「貴様の文書には魔王ルザやら魔王メプリやらだと記していたはずだ」

「千年もの時が経ち、言語が変化したんだ。今の人間達が読み間違えても不思議ではない」


 理解出来なくはないが、何処か言いくるめられているように感じる。

 いや、文書のことはどうでも良いのだ。

 我が輩が魔王であると見抜かれたことが問題だ。

 我が輩の擬態魔法は完璧だ。

 フラットリーなぞに見抜かれる訳がない。

 となれば、魔王として我が輩を知っている……?

 我が輩はフラットリーと会ったことがあるのか?


「君に一つ忠告をしておこう。明日までに、ここを離れた方が良い」

「どういうことだ?」

「明日、僕達は魔族狩りを開始する」


 魔族狩り……。

 フラットリーの言う魔族には人間も含まれている。

 フラットリー教を信仰していない魔法使いも魔族だという教えだ。

 フラットリーが魔族狩りを始めたと知れば、各地の信者達も魔族狩りを始めるだろう。


「貴様は人間同士を争わせる気なのか」

「人間に擬態する魔族がいるのは事実だろう? 君のように」


 我が輩は押し黙る。


「残念ながら、ほとんどの人間は魔族の擬態を見抜けない。僕が止めたとて、人間達は攻撃を止めないだろう」

「……我が輩は貴様から逃げるつもりなど毛頭ないぞ」

「君に問題なくても、コレールとグロルはどうだろう? 彼らは人間達に襲われて、反撃出来るのかい?」


 そう言われて、考える。

 コレールとグロルは善良な人間だ。

 人間に手を下すことは出来ない。

 ただし、逆はない。

 信者達は魔族だと思う者に容赦しないだろう。

 例え人間だとわかっても、フラットリーの一声で……。

 大教会内に轟音が鳴り響く。

 フラットリーが肩を飛び上がらせ、振り向いた。

 後方の壁に人一人が通れる穴が空けられている。


「帰る」


 我が輩はそう言って立ち上がり、穴を開けた場所から外に出る。

 フラットリーはやれやれと首を振った。


「新しく扉を作ったというのに……」


 □


 ブジャルドの横にある森の中。

 我が輩は待機させていたグロル達と合流した。

 グロルが我が輩に駆け寄る。


「ウィナ。ボース、どうだった……? 元に戻りそうか……?」


 グロルが心配そうに聞いてきた。


「我が輩に考えがある」


 グロルにそう言った後、バレットを見やる。


「バレットはここに残れ。明日からフラットリーが魔族狩りを始める。それを食い止めろ」


 バレットはスッと姿勢を正した。


「承知しましたな」

「魔族狩り!? は、話が見えねー」

「今は説明している時間さえ惜しい」


「待ってくれ」とコレールが声を上げた。


「俺もボース……フラットリーと戦う。先生一人じゃ、危ない」

「貴様では足手まといになる。貴様は人間を殺せないだろう」


 そう言うと、コレールは下唇を噛み、拳をぎゅっと握った。

 力量の差も勿論、理由の一つだが、それ以上の理由がある。

 コレールがボースハイトと本気で戦えるとは思えぬ。

 ボースハイトは魔族と人間の見分けがつくはずだ。

 だが、ボースハイトがコレールを殺さずとも、信者が殺しかかるだろう。


「コレールとグロルは我が輩と来い」

「来いって……。何処行くんだよ?」


 我が輩は答えた。


「──ラウネンに会いに行く」

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