第50話 開催の判断
エレオノーレによる沈静化、さらに医務室での迅速な対応のおかげで、ヴィムは一命を取り留めた。
まだ意識は回復していないが、目が覚めるのも時間の問題だろうとのことだ。
俺が朝のホームルーム前の教室に入ると、クラスメイトたちの話題は今朝の事件のことで持ち切りだった。
「アルガくん!」
すでに登校していたマリウスは、俺の姿を見るとすたすた駆け寄ってくる。
そして安心した表情を浮かべながら口を開いた。
「良かった、無事だったんだね」
「無事も何も、俺は別に何もしていないからな。たまたま現場に居合わせただけだ。そもそも、あの程度のことで怪我をするはずもないがな」
「そうよ。アルガの強さは、あなただって分かってるでしょう、マリウス?」
隣にやってきたビアンカが、俺のことを指さしながらマリウスに言う。
彼女の隣にはエミーリアもいた。
考えてみれば、こうしてクラス内のメインキャラ四人が一か所に集まるのは初めてかもしれない。
「何があったのか、教えてもらえるかしら?」
エミーリアの問いかけに、俺は人差し指を立てるとくいっと自分の方へ動かす。
近くに寄れという合図だ。
それを見て、目の前の三人は俺に顔を近づける。
そして俺は、普段より声を低め、声量も落として話した。
「学校側がどう対応するかはまだ不明だが、お前たちには情報を共有しておく。ヴィムがおかしくなった原因は、魔国ブフードの開発した薬が原因だ」
魔国ブフードという言葉に、目の前のメインキャラたちは三者三様の反応を見せた。
マリウスは、驚きつつも少し不思議そうな顔をしている。
彼は魔国ブフードという名前くらいは知っているが、その組織についての詳しいことは知らない。
瞬間魔力増強ポーションが魔国ブフード産だというのもまだ教えていないし、とにかく悪い噂の多い組織くらいにしか思っていないだろう。
一応、君の最悪の敵のひとつになる予定の組織なんだけどね。
エミーリアはといえば、好奇心を隠せていないというか、もっと聞かせてほしいという雰囲気が滲みでている。
こういう非常事態を楽しめてしまうタイプだからね。
魔国ブフードについても、情報が日々行き交う王宮で暮らしていれば人並み以上には知っているだろうし。
そして一番反応が分かりやすく、一気に表情が曇ったのがビアンカだ。
魔国ブフードと手を組んだ父親と兄を相手取って戦ったばかりか、そのリーダーであるゲルトに殺されかけたのだから、そういう反応になるのも無理はない。
そんな三人の反応を見ながら、俺はさらに話を続けた。
「ヴィムの命に別状はない。ただ気になるのは、彼がその薬をひとつしか持っていなかったことだ」
「あら? ひとつだけ?」
「そうだ」
エミーリアの言葉に俺は頷く。
やはり彼女は頭脳明晰で、さらに察しがいい。
このわずかな時間で、今俺の頭を悩ませている疑問点までたどり着いた。
「その薬がどんなものか分からないけれど……きっとざっくり言えば“強くなるための薬”よね? それを対抗戦が始まるよりかなり前に飲んで、しかも予備はなかったってこと?」
「その通りだ。ヴィムの意図について、はっきりしたことはまだ分かっていない。まあ、奴の意識が戻れば全て分かることだがな」
「対抗戦は予定通りやるのかな……?」
「さあな」
少し不安そうなマリウスに、俺は淡々と答える。
「ヴィム以外に人的被害は出ておらず、学校内の設備がなにか壊れたわけでもない。対抗戦をやろうと思えばできる状況ではあるがな」
こればっかりは、学校側が判断することだ。
俺が対抗戦をやれ、もしくはやるなと口出しできるようなことでもない。
――それにしても良かったあああああ……。
問題が山積みではあるものの、俺は心の中で密かに安堵している部分もあった。
もしこれで対抗戦が中止とかなったとして、原作通りにマリウスとエミーリアを組ませていたら、彼が深淵魔法を使えるようになるイベントが潰れることになるところだった。
今になって、入学初日での不本意な原作改変がどんどん良い方向に転んでいる気がする。
人生、何があるか分からないね。
――まあでも、対抗戦はやるだろうな。
相変わらずざわざわした教室の中で、あーだこーだ話すマリウス、エミーリアとビアンカの言葉に耳を傾けながら、俺はそんなことを思った。
対抗戦は、ヴィムのコンビが参加できないことを除けば、予定通りに開催される。
今回の対抗戦は、新入生同士の交流を深めるレクリエーションという名目ではあるが、何よりも研究職を兼ねる教員たちにメリットがある。
Sクラスに属する生徒たちの能力、特に深淵魔法の実戦データを取る良い機会なのだ。
ましてや今年の新入生には、俺、エミーリア、ビアンカという位が高くこの先の国の中心となると思わしき人材がいて、さらには歴史的に見ても非常に貴重な深淵魔法を持つマリウスもいる。
彼らを一堂に集めて戦わせる、そんな機会を逃すはずがない、あの男が。
――そうだよな? 学校長バーデン。
俺は静かに、心の中で、この学校における最高権力者に問いかける。
そこへタイミングよくエレオノーレが入ってきて、教壇の踏み台に立つやいなや言った。
「席につけー。まあ、色々あったのはてめえらも知ってっと思うが……さっき学校長バーデンから話があった。対抗戦、予定通りやんぞ」
――やっぱりやるよな。
ヴィムの一件に起因する波乱を予感させながら。
本編開始以来初めての、大規模なイベントが始まろうとしていた。
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